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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第07話◆
41/73

微睡みに笑う黄昏 ③

 壁外での買い出しを終えたレイスとパトリシアは、情報屋のある薄汚い路地裏へと手を繋ぎ、神妙な面持ちで口を噤んだまま歩いて行く。道端に横たわっている大人達を無心で横切り、自然とその足取りは早くなる。


 霧と蒸気に包まれた怪しげな街並みが、更に拍車をかけた様にその危うさが際立ち、薬に酔いしれた大人達が虚ろな瞳で、横切る2人を見つめていた。


 肌に纏わりつく気持ち悪い視線を抜けて、目的のお店まで辿り着くとそこは、古びた外観にレンガ調の小さいレトロな酒場であった。


 ネオン管の看板がチカチカと輝き、訪れる者を歓迎している。


『BAR221』


「ここ?」

「パティは僕から離れないでね。壁外とは言っても、何処に誰がいるか分からないし、この時間帯はお店も準備中だから、他のお客さんはまずいないとは思うけれど……」


 2人は扉をノックして、酒場の中へと入ってゆく。


 中はシーンと静まり返り、お客どころかお店の人間すらも見当たらない。


 木目の床が低く軋む音を奏で、お洒落なBARカウンターに一匹の黒猫が寝ている。


「すみません……」

「大人な雰囲気だね! 楽器も置いてあるよレイス!」


 嬉しそうに目をまん丸く見開き、キラキラと輝かせながらパトリシアが、ステージの上に並べられたチェロやバイオリンなどの弦楽器を指さした。ジャズBARなのか、その雰囲気は正に──時代錯誤もいい所だろう。


「──お二人さん、お店はまだですよ」


 不意に何処からか声がした。


 2人は驚いた様に辺りを見渡すが、どこにも人の気配はしない。


「あの……すみません! どちらにいらっしゃいますか? あの、情報屋の噂を聞いて来たんですが……」

「れ、レイス……」


 パトリシアが驚いた様にレイスの手をギュッと握った。


 そして、レイスもパトリシアが驚愕の表情を浮かべて見つめている方へと視線をやると、そこには先程の黒猫が二足歩行で立っていた。それも黒のチョッキをお洒落に羽織り、ステッキを携えながらニッコリと笑っているのだ。


「これはどうも、失礼いたしました。私のお客様でしたか……私が噂の情報屋でございます」


「ね、猫が喋った……」


 レイスも驚きを隠せずに一歩、後退る。


「驚かせてしまいましたかな? すみません。こんな形でして、不用意に人と話すなと店主のアウロラにはよく言われてはいるのですが、どうもお喋りな性分でして。仕事の御依頼でしたら、この酒場の2階が私の事務所ですので、こちらからどうぞ」


 そういうと黒猫は何食わぬ顔でスタスタとお店の裏手へ歩いて行く。レイス達も半信半疑で黒猫の後をゆっくりと追い、螺旋階段を上ってゆくと、綺麗に整頓されたシックな書斎へと案内された。


 黒猫はステッキを脇に挟み、ぷりぷりとお尻を揺らしながら、尻尾が上機嫌そうに踊っている。そして、書斎のデスクにまで行くと、ひょいッと飛び乗りステッキを着く。


「それで? 御依頼内容はどのような情報をお求めですかな?」


 至極当たり前にレイス達を見つめる黒猫は、飄々と笑みを浮かべて話を続ける。


(家にも喋る蛙はいるが……ランドールは自身が人間だったと言っていたし、でもこの黒猫……どう見てもただの猫だよな!? 何で喋ってんだ? それに……わ、笑ってる)


「どうされましたか?」

「い、いや……そのボールトン社について、色々と知りたいんですが、その前に……猫ですよね?」


「猫ですよ。紳士な猫だと巷では謂われています! 情報屋の黒猫と聞けば、この国のお偉いさん方にも顔は広いですし、なにせ女性の方々には大変人気があります! 君の様な男の子にだって平等に接しますし、小さなお子様にも丁寧な対応を心がけているつもりです。それに! 私の様な形をしていると情報屋としては大変、便利と言いますか……とても都合がいいのです。だれも猫が情報屋だとは思いませんからね。私的には退屈なこの世界で生きてゆく為の趣味のようなモノですが、情報屋としての腕は保証しますよ。世界中に私の顧客がいますし、その信用性は実績が物語っています。あちらに飾られているのが、各国の王政・世界政府諸々から頂いた感謝状及び、功績と表彰状の数々です。あれなんかはこの国の王室から頂いたモノなんですよ。まぁ、見ていただけたらお分かりの通り、猫ではございますがご心配はいりません。この情報屋が必ず、貴方の欲する情報を提供いたしますよ!」


 長々と自慢話を交え話す黒猫は終始、笑みを絶やさない。


 その表情からも彼が猫である以上にとても、お喋りなのだとレイスは理解する。


「それで、ボールトン社について何を知りたいのですか?」

全自動式(オートマティック)機械人形(アンドロイド)ってご存じですか?」


 レイスがそういうと、黒猫はピクッと尻尾を立てて、不敵に笑う。


「ボールトン社の全自動式(オートマティック)機械人形(アンドロイド)は秘密裏に開発された、この国でも数少ない極秘情報ですよ! そんな事を君達は何故、知っているのですかな? 事と内容によっては今回の案件、無料で請け負いましょう!」


 満面の笑みを浮かべて猫は両手を広げた。


「僕らが住んでいる孤児院の修道女(シスター)……今はその行方も分かりませんが、恐らくはその機械人形(アンドロイド)であった可能性がとても高いんです。失踪したのは凡そ2週間程前の事ですが、その時に孤児院の家族である3人の子供も同時に行方不明に……」


 黒猫はコツコツとステッキで机に打ち鳴らし、少し考え込むと再びお喋りな口を開く。


「孤児院とはMOTHER LODGEの事ですかな? つい最近──その期間に丁度、事件があったと情報があるんですよね。堕天(シンラ)が出たとか、コーランド婦人の孫娘が堕ちたとか、確証的な証拠はありませんが教団も何かしらを必死に隠している様子でしたからね。興味本位で色々と調べてみたんですよ。あの一件の裏で糸を引いている何者かが必ずいると、私は推察しているんですがね……黒双か、はたまた教団内部の人間か……」

「教団の人間が裏で糸を引いていたと?」


「いえいえ、ただの仮説ですよ。そうでしたか、あの孤児院の修道女(シスター)が……これは面白い展開ですよ! それに、あのボールトン社が絡んでいるとなれば、彼が亡くなった事にも繋がって来るのやも知れません」

「彼って?」


「ご存じないんですか? ボールトン社の代表取締役であり、教団の現・四大天にその顔を連ねていたフレデリック=マシュー・ボールトン伯爵はその事件の数日前に行方不明届が出されているんですよ。その行方は未だ分からないまま、現在はその御子息であられるシェルディ=バーロック・ボールトンが会社の利権を有しているとか。まだ14歳の息子に会社の全てを残して失踪した大企業社長の記事は有名ですよ! それに、御子息のシェルディ=バーロック・ボールトンは今期の星十字騎士教団(クロス・シエス)の入団試験に合格したとか。これで晴れて貴族としての汚名返上は果たされたかに思われていますが、実状──ボールトン社の株価は暴落していました。それなのに、先日の合格が決定した途端にその株価は高水準を取り戻しました。貴族階級からのあわや転落を無事、防いだ次期社長とでも言った所でしょうかね。父親の行方も知れず、家業を守る為にいい大人達が14歳の少年をまるで傀儡の如く操り、搾取する。これだから人間という生き物は……」

「…………」


(シェルディが……そう言えば姓はボールトンか!? しかし、四大天の1人が行方不明なんて知らなかったな。事件前に王都に四大天が招集されていた時には生きていたのに……皆で見に行ったあれから数日の事だろ? シェルディも色々と背負っていたんだな……)


 共に第2試験を乗り越えたシェルディに複雑な感情を抱くレイスは、家族を失う辛さを思い出して胸が締め付けられる。想像も出来ないプレッシャーを抱え、試験に挑んでいたシェルディを思い返し、少し懐かしいような、切ない様にも感じていた。


「それで、その行方不明になった修道女(シスター)と子供達の所在を探して欲しいんだよ」

「そういう事ですか! ボールトン社絡みのネタなら喜んでご協力させて頂きますよ! 私自身も興味がありますしね。貴方方の情報提供に見合う情報は、こちらも無償で提供致します」


 黒猫はレイスを見つめ、チラリと不思議そうに見つめるパトリシアに目を向けた。


 そこで、ハッと自身が未だ名乗っていない事に気が付く。


「そうそう、申し遅れました──私、情報屋を営む黒猫:チェスター・C=ベイカー・クロロホルムと申します。以後、お見知りおきを……」


 チェスターは丁寧にお辞儀をすると、陰ったその顔に不気味な笑みを含ませた。

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