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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第07話◆
40/73

微睡みに笑う黄昏 ②

 修道女(シスター)アマンダの寝室で見つけた謎の注射器。その中身には黒紫色の液体が僅かながら残っており、それが何の目的で使用されたモノなのか……レイスには嫌な想像しか思い浮かばなかった。


 あの優しかったアマンダが、子供達を裏切っていたとは考えたくもないけれど、目の前の事実だけが曖昧で──それが物語る真実は到底、良い意味であるとは思えなかったのだ。


 そして、食卓で寛いでいるランドールとアレクに報告をする為、レイスは神妙な面持ちでその木箱を握り締めた。この事がレイスの予想と一致しているのならば最悪の場合、ザック、ナルバ、ジュリアの3人の命も危ぶまれる可能性も大いにあり得る。


 アマンダという曖昧な存在に依存していた自分達も、その危うさに今更ながら気が付いた所で、既に3人の所在は不明である。そして、アマンダ本人の所在さえも知る術はない。


「──あ、アレク……ちょっと、話があるんだけど」


 意外にもランドールと打ち解けていたアレクにレイスは、小さな声で話しかけた。


「あ? レイス……どうした?」

「何かあったのか? 帽子を探してたんじゃ……」


 2人は深刻そうに木箱を両手で握り締めるレイスに目線を向けて、察する様にレイスへと歩み寄る。


「何だ? どうしたんだよ?」

「こ、これ……アマンダの寝室で見つけたの……これってどういう事だろ?」


 レイスは木箱の蓋を開け、中に仕舞われた空瓶と怪しげな注射器を2人に見せた。


「何の薬品か分かる?」

「レイス、これ……アマンダの部屋で見つけたのか?」


「うん……」


 レイスはコクリと頷き、不安げにアレクを見つめる。


「どう見ても普通の薬品じゃあないよな……使用済みって事は誰かに使ったのか……」

「パティ、その注射──打った事あるよ」


 レイスの袖を掴み、3人の会話を見上げていたパトリシアが、徐に自身の左腕の袖を捲って口を開いた。その左腕にはごく最近、打たれたであろう注射の跡があり、パトリシアは真顔でレイスの顔を見上げている。


(マヴロ)様が診てくれた時に、パティの身体が良くなるって打ってくれたの」

「…………」


 その言葉に全員が言葉を失った。


 (マヴロ)──堕天(シンラ)の始祖と謂われている男が、黒膚病(シリア)感染者であったパトリシアに注射したという黒紫色の薬品は、アマンダの手によって誰に打たれたのだろうか? もし仮にそれがメファリスだったとして……それが、あの惨劇を招いた原因だったとしたら、アマンダという修道女(シスター)(マヴロ)の使者だったという事なのだろうか?


 如何なる理由があろうともその事が真実ならば、レイス達を殺す為に彼女は自分達をこの孤児院へと招いていた事になる。生贄として成熟するまで自らが育て、時が来たら人知れず──屠る為に。


 その為に態々……生かしてきたのだろうか?


「ミアは……アマンダに……」

「レイス! 別にそうと決まった訳じゃねぇだろ!? 他にも可能性だってある。あのアマンダが俺達を利用してこの数年間、騙し続けていたって言うのかよ?」


 否──レイス達は己が為にレジナルドを筆頭として、勝手に集まったに過ぎない。


「でも……それ以外に何が……」



『どうなっている⁉ その子から微かに傲慢(プライド)の存在を感じるぞ! 貴様ら……メファリス・バーミリアをどうした! (マヴロ)様が直々に堕とした我が兄弟だぞ! 何をしたんだ? 我々、(ほむら)の罪人に手を出したのか? 答えろ貴様らぁ!』



 物凄い形相で怒号を吐いていた(ほむら)のメルティ・ロームが、レイスの脳裏を不意に過った。


「そもそも、それが本当にアマンダのモノかも……」

「違う……ミアは(マヴロ)が直接、手を下したって……なら、誰に?」


 謎は深まるばかりで、レイスは再びアマンダの寝室へと向かった。他に何か手掛かりとなるモノがないか、今更ながらアマンダをあまりよく知らなかった事実に驚愕すると同時に、絶望は真実への道しるべとして光を照らしだす。


「そもそも、(マヴロ)とは何者なんだ……パティ、(マヴロ)の事で他に知っている事はないの?」

「う~ん……パティもよく知らないから。会ったのは一度きりだし……」


 アマンダと(マヴロ)の接点は分からないけれど、この黒紫色の薬品が堕天(シンラ)化現象の鍵となる事は間違いない。だとすれば、メファリス以外にもその可能性を秘めていた者がこの孤児院にいたという事だろうか? レイスは疑問を払拭するようにアマンダの部屋を片っ端から探して回る。


 クローゼットの中から机の引き出しに至るまで、ありとあらゆる場所を探し、そして──1つ手掛かりを見つけ出した。アマンダがとても大切にしていた孤児院のアルバムの最後の見開き。そこに、挟まれていた2枚の手紙。


『親愛なる修道女(シスター)アマンダ。

 君にこの手紙を託すという事はこの世界の変革を望む我らとしても、実に不本意ではある。我々人間には寿命という縛りが存在し、その縛りを受けない君に──我々の革命が失敗した事実をここに書き記す。


 我らが先導者:ニコラス=ダグラビウスは、公の場にて昨夜──処刑された。


 しかし、いずれ訪れるであろう変革の時を待ち、革命の遺志を受け継ぐ者に我々の遺志を託してくれ……先導者の彼が、我々を導いたように運命の歯車は、今……君に託された。

 予言に従い〖白霧の国=アルビオン王国〗のマハルの森にて、その時を待たれよ。

 そこに集いし、運命に導かれた子供達を育て──守り、未来に繋げてくれ。

 君の役割は定められた運命の守護者である事をここに命ずる。


                革命軍黎明(れいめい)義勇:C・D・G・Fより』


 アマンダにあてられたその手紙の内容は、集いし孤児を守れとの内容であった。


 そして、もう1枚の紙にはアマンダ自身についての仕様書が記されてある。


全自動式(オートマティック)機械人形(アンドロイド):N65-7946284型 仕様書』


「機械……人形……? アマンダが……」


 仕様書の裏にはカタログが掲載されてあり、アマンダの内部構造や機能説明など、様々な説明が事細かく書き記されてある。その内容にレイスはただただ、茫然と立ち尽くすのみであった。そして、心配になったアレクもまた、レイスの持っていた仕様書に目を通し、かける言葉を見失う。


「その機械人形(アンドロイド)、どこかで見た気がするぞ」


 不意にランドールがそう呟いた。


「何処で!? アマンダか?」

「し、知らないけど……確か、この国で初めて目覚めた時だったかな……俺の顔を見ても驚きすらしなかったからよく覚えているよ。話した感じだと自分は使用人だからって……なんて言ったのか、どこかの会社の所有物なんだとか訳の分からない事を言っていたなぁ」

「それって製造会社の事かな?」


 パンフレットを見つめるレイスは△に♰を模した会社のロゴに指をさす。


 その社名はボールトン社。


 主に機械製造と蒸気技術を飛躍的に進歩させた白霧の国、随一の大手企業である。


 名の知れたこのボールトン社は街の至る所でそのロゴを見掛ける。


 更に言うならば、この孤児院の蒸気発電設備もボールトン社製である。しかし、機械人形(アンドロイド)技術が開発されている事など、レイス達は一度も耳にした事がない。ましてや、他の国で技術開発の進んだ先進国はあれど、この白霧の国に於いてそれ程の技術が発展していようとは、噂の1つも聞いた事がなかったのだ。


 アマンダ程の高性な機械技術があるとするならば、この国の技術発展規模はレイス達の想像を遥かに超えている。人間と区別のつかない程の表情を浮かべ、自己の判断によって選択する人工知能(AI)の存在が、この国には存在しているという事である。


「取り敢えず、このボールトン社について調べてみる事にしよう。僕らの知らない何かが、きっと見つかるはずだ! 明日、買い出しのついでに情報屋の所に寄ってみるよ。噂通りなら、何かしら分かるかもしれないし、あの人の()()を聞いてみるのも、悪くはないだろうからね」

「それなら、そっちはレイスとパティに任せるよ。俺とランドールは孤児院の片付けと変身術の特訓だな。その姿をどうにかしねぇと……ろくに街にも出掛けられない」


 4人は真実を追い求めて、遂に動き出す。


 そして、丁度その頃──情報屋の元を訪れていた1人の少年が、お店の扉をノックする。


 夜の闇間に顔を隠し、古びた小さなお店へと入ってゆく。


 眼鏡の下、左目には大きな古傷を負い、その身を黒いマントで覆う怪しげな少年。


 その裏地には黄色い単色が、チラリと顔を覗かせていた。

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