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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第07話◆
39/73

微睡みに笑う黄昏 ①

【孤児院=MOTHER LODGE】


 日が暮れた森の中は異様な静けさに包まれ、孤児院の明かりだけがポツリと優しく揺れている。吹き抜ける風もなく、無風帯に近いこのマハルの森は、得体の知れない不気味さだけが──霧と共に恍惚と漂っていた。


 そして、霧にむせぶ夜は誰も、この森には近寄らない。


 例え……それが子供であろうとも。


 この森に何が住み着いているのかを……街の誰もが知っている。


 代々に渡って、言い伝えられてきた森の噂話。


『霧が濃い夜は、何人も森へ入るべからず……悪戯に死者を笑うべからず……』


 森の動物達ですら、今夜の様に霧の濃い日は脅え、巣穴から姿を見せない。神隠しと言い伝えられている怪奇現象が、多発するこのマハルの森では、そんな噂話が囁かれていた。


 それなのに1人……森を彷徨う虚ろな影が、ゆらりゆらりと揺れながら、孤児院の明かりに誘われてやって来た。


「誰かいる……」


 その影がゆっくりと孤児院へ向かい、歩み寄ってくる気配に気が付いたレイスとパトリシアは窓を眺め、徐に玄関へと走り出す。


 こんな霧の濃い日にマハルの森へと足を踏み入れる者など、他にはいないだろう。孤児院の子供以外に街の誰もがこの森へ、寄り付かないのだから……。


 それに、こんな森の奥深くにまでやって来るのは、十中八九──あの4人の誰かだろうとレイスは嬉しそうに笑みを溢して、意気揚々と扉の穴を覗く。


 すると、見慣れたコカルの衣服に赤い裏地のマントを羽織った、赤髪の少年が静かに歩み寄っていた。そのマントは少年の失くした右腕を隠し、暗闇の中を左手に灯した霊素(アストラ)の明かりだけが照らしている。


「アレクだ……」

「アレク? レイスの家族?」


 パトリシアはレイスの裾を掴み、ニッコリと笑みを浮かべて首を傾げた。その様子にレイスはハッとパトリシアを担ぎ上げ、そのまま食卓で寛いでいるランドールの元まで慌てた様に駆け寄ってゆく。


「ランドール! 孤児院の家族が帰ってきた! ど、どうしよ!?」


「おう! それは良かったじゃないか。俺にも紹介してくれよ」

「パティも! パティも!」


 呑気な2人はレイスの慌てた様子にキョトンとしたまま、まるで動こうとすらしない。自身が異形である事の自覚は、まるで皆無なのだろうか……レイス自身も慣れてしまっていた光景に思わず、笑顔が引き攣っていた。


「そうじゃないよ! 今すぐ隠れて! 今、アレクと2人が鉢合わせしたら……」


 その時、玄関の扉を開ける音が聞こえた。


 アレク=ヴァイジャンが孤児院へと帰ってきた事に焦り、慌てるレイスは半ば強引に2人をお風呂場へと連れてゆく。


 何故か、肌着以外を脱ぎ捨て、徐にシャワーを頭から浴びるレイスは、アレクのいる玄関へと急いで戻っていった。


「ただいま……って、誰もいる訳ねぇよな……」


「はぁ……はぁ……お、お帰り……はぁ……はぁ……」

「えっ!? れ、レイス! 何でお前……てか、何で……濡れてんだ?」


 息を切らした様子のレイスは、薄い肌着姿に全身びしょ濡れで現れる。咄嗟の出来事にレイス自身も慌てていたとはいえ、濡れた肌着は艶やかな肌にピッタリとくっ付き、滴り落ちる水滴がその慌ただしさを物語っていた。幼気な体のラインが露になっている様子に意味不明な行動への後悔と、羞恥心が芽生える。


「ちょっ……そんなに見るなっ! お、お風呂に入ってたんだよ! 悪いかっ!」

「てか、お前! 教団に叛逆したって聞いたぞ!? どういう事だよ? 後でちゃんと説明しろよな」


 詰め寄るアレクに思わず尻込みをするレイスは、お風呂場に押し込んだ2人を思い返す。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい! この状況どうすればいいんだ? 僕の事を説明するだけでも、この馬鹿には一苦労だって言うのに……あの2人の事を知られたら……ランドールは兎も角として、パティは堕天(シンラ)だしな……いや、そもそも何でアレクは孤児院に帰ってきたんだ?)


 ふと、疑問に思ったレイスは真剣に見つめるアレクの表情を伺った。どう考えても教団の試験に落ちたか、僕と同じく逃亡したかのどちらかだろうと少し、安堵するが状況は至って深刻である。


「アレクこそ……何で孤児院に?」

「あっ? 俺はその……あれだ、落ちた。そもそも堕天(シンラ)になる危険性があるからって、あんな病気の子供を一方的に殺せるかよ。正直、教団のやり方は真面な神経をしていたら務まらないだろ。だからって、別にお前のした事に共感している訳じゃねぇからな! 結局、目の前で殺された子供を救う事も出来なかった俺に……お前の事をとやかく言うつもりもねぇけどよ。態々、お前が犯罪者にならなくても良かったんじゃねぇのかな? とは、思っている。まぁ、でもお前が無事で良かったよ……それよりお前、そのままだと風邪ひくぞ?」


 アレクは濡れたレイスの頭に手をポンポンっと添えて、横を通り過ぎてゆくと何かが引っかかる部屋の違和感に気が付いた。食卓のテーブルに置かれた食べかけの料理。まだ飲みかけのコーヒーなど、それぞれがバラバラの席に配置されてあり、椅子も3つ──引いたままになっていた。


「レイス? 他に誰か居たのか?」

「えっ……そんな事ないよ!? 何言ってんの? 僕だけ、僕だけ……ちょっとタオル取ってくるね!」


 そう言うとレイスは平静を装い、お風呂場へと一直線に向かう。


(片付けるの忘れていた! ヤバい、バレたか? いや、アレクなら大丈夫だろ! 馬鹿だしなっ!)


 そして、風呂場へと戻って来ると何故か、聞こえる筈のない2人の歌声が、楽しそうに聞こえてくる。隠れている自覚もないのか、意気揚々と歌声が洗面所にまで響いていた。


「おい! 2人共、何してんの? ちゃんと隠れててよ!?」


 2人は楽しそうに湯舟に浸かり、水面から顔を出す蛙とその頭にしがみ付く黒紫色の幼女が、同時にレイスを見つめた。その背後に立つ少年を見るや否や悲愴な表情を浮かべ、ギョッとする2人にレイスは心がざわつく。


「はっ……!?」

「ぎゃっ!?」


 そして、2人はそのまま何も言わず、ブクブクと湯舟に沈んでゆくのだった。


「──おい……今、何かいたぞ?」


 不意に声を掛けたアレクにレイスはドキッと固まり、振り返ると湯舟を見つめる辛辣な表情のアレクが立っている。


「ハッ……あ、アレクさん……何か……見ましたか?」

「見たよ」


 その後、アレクと2人を交えて色々と話をした結果──かなり、もめたりもしたけれど結局、アレクが折れる形となって事なきを得た。


 堕天(シンラ)であるパトリシアや、人外である蛙に驚きはしていたものの、アレク自身も状況を理解した上で、今後の協力も厭わないと言う。アレク自身、黒膚病(シリア)の子供を見殺しにした負い目もあったのか、パトリシアの事は少なからず理解を示している様子であった。


 今までの見てきた堕天(シンラ)とは異質なパトリシアに複雑ながらも、不安を抱かざるを得ない経験で色々と質問をするアレク。


 そして、納得がいったのか、はたまた妥協したのかは分からないけれど、それなりに2人への態度も変わってゆく様子にレイスも安堵した。


 しかし、2人の見た目を気にして、外出の際には細心の注意を払うべきだろうと、提案するアレクにパトリシアが自慢げに立ち上がる。


「それなら、別に出来るよ」


 そう言うと、パトリシアは全身の黒紫色を額の小さな角に集約して、傍目──普通の女の子のような容姿へと変異する。牙も爪も無くなり、小さな角と紅蓮の瞳だけが残っているだけで、パトリシアが堕天(シンラ)である事は誰にも気付かれまい。


「これなら帽子か何かで、角を隠せば平気そうだね!」

「パティは器用なのだ!」


 腰に手を当てて可愛らしく笑みを浮かべるパトリシアに、アレクも優しく微笑んでいた。


「俺は……そういうのは出来ないぞ? ただの蛙だしな……」

「分かった。ランドールは明日から俺が稽古をつけてやるよ!」


 かなりの労力と時間をかけてアレクの誤解と、2人への認識を改めさせる事にこぎ着けたレイスは、パトリシアの角を隠す為に帽子を探そうと修道女(シスター)アマンダの部屋へと赴く。



* * * * *



 部屋の明かりをつけ、チビ達の私物を漁るレイス。亡くなったオルティスとニフロの双子にジュリアなんかはパトリシアと背丈も近しいだろうと、引き出しからいくつかの帽子を引っ張り出していた。


「これなんか似合うんじゃない?」

「可愛いなぁ! パティ、コレがいい!」


 バケットハットをかぶり、満面の笑みを浮かべて飛び跳ねるパトリシアはもう、ただの元気な女の子にしか見えやしない。空人族(ヒュバロ)である事を疑う者など、きっと誰もいないだろう。


 そう思って喜んでいた矢先──古めかしいボロボロの包装紙で包まれていたであろう、小さな木箱にレイスの視線が向く。机の上に無造作な状態で置かれている事に、異様な興味を惹き付けられたレイスは、徐に歩み寄った。


 ボロボロの包装紙は丁寧に広げられ、白い木箱の蓋には太陽を模した刻印が刻み込まれている。


「──()()だよな……確か、コーランドさんの幽霊屋敷にも似たようなマークが……」

「何それ?」


 すると、パトリシアも興味深々といった様子で近づいてきた。


「なんだろう……何故か、開けちゃいけない気がするんだ……」

「開けようよ! 中身はお菓子かもよ?」


 浮かれるパトリシアに言われ、恐る恐る蓋を開けたレイスはその中身にギョッと固まった。それが何の為に使われたのか、想像もしたくない──異様な代物。


 それが何故、アマンダの部屋にあるのか……そして、疑惑を抱かざるを得ない最悪の事実。その箱に入っていたものは既に使い終わった後の空瓶と、中に僅かながら黒紫色の液体が残っている医療用の注射器が仕舞われていた。


 安易に色々な想像が巡り、レイスはアマンダという不確かな存在を思い返して、あの優しかった彼女の笑顔に──思わず、背筋が凍る。


「……アマンダ……?」

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