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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第06話◆
36/73

星騎士に求められる資質 ⑤

 闇の中から勢いよく飛び出したレイスは両足に霊素(アストラ)を纏い、物凄い勢いのままシュラルド達の合間をするりと走り抜けてゆく。瞬く間にパトリシアの母親のもとへ辿り着くと、瞬時に大蛇を2匹も呼び出して母親の遺体を秒速で奪い去った。


 そして、再び闇の中へと姿を消す。


「──待て、レイス! クソッ……」


「どないなってんねん……これ異空間的なモノなのか、はたまたゲート的なモノなのか? 触れても、ええものか?」

「どちらにせよ、このままレイスとあのバケモノを野放しにはできねぇだろう! あの野郎、規律違反ならまだしも、叛逆行為に走るとはな。それも、最悪なのはあのバケモノだ。初期状態から覚醒してやがる上に恐らくはレイスの弱みに付け入ろうとしてやがる」


 漆黒の闇を目の前に立ち竦んでいた2人は、シュラルドの判断を待っていた。


「…………」


「何で隊長は何もせえへんの? レイスに思い入れでもあるん?」

「そういう人じゃないのはアビィ、お前が1番よく分かっているだろう? シュラルドさんを信じろ、きっと何か策があるんだよ」


 そして2人の不安は直ぐに現実のモノとなる。目の前に出現していた大きな漆黒は徐々に小さくなってゆき、やがてレイスとパトリシアの姿と共に消えてしまった。


 それは紛れもなく自分達が何の根拠もなくシュラルドの判断に頼り、指示を待っていたせいか……はたまた何も指示を出さなかったシュラルドを責めるべきかと、攻めあぐねていた時の事である。


「帰るぞ……」


 シュラルドは静かにそう告げた。


 2人は納得のいかない表情でシュラルドを見つめるが、その背中に何かを言う気は更々起きやしなかった。まるで裏切られたかのようなそんな男の背中である。期待していたのだろうか? それも今となっては聞く事すら出来そうにもない。


「俺達の試験も不合格だな……」

「そうね、レイスは一体……何がしたかったのかしら……」



* * * * *



 教団本部に帰還し、試験管のジェリスに報告をすると、大広間内部がざわざわと騒がしくなる。それは受験者達の間でも直ぐに広がり、丁度帰還していたユアとアレクの2人も、レイスの噂を耳にする。


「レイスが……そう。そうよね。レイスならやりかねないかも……私、少しレイスの気持ちが分かるな。結局この手で殺めてしまったけれどさ……レイスみたいに勇敢だったら……私も……」

「レイスみたいに誰もが勇敢ではいられないんだよ。俺達はそれでも進まなきゃいけなかったんだ。だから別に正当化する気もないし、間違っていたとも思わなくていい」

「ユア、ここに居る全員が同じ気持ちだよ。でも、それでも俺達は星騎士になる事を選んだんだ。その事に後悔を背負う必要ない。フロドも、アレクも、俺も……」

「悪い、俺は殺せなかった。だから、実はさ……不合格なんだよ……俺」


 突拍子もないアレクの発言にフロドが物凄い形相で歩み寄る。


「悪いな、俺……皆みたいに賢くないからさ。正直、自分のエゴの為に人を殺めるとか、秩序だとか、均衡だとかって、よく分からんのだ。俺はこの組織が正義じゃないって知った時から正直……」

「お前……今、よくこのタイミングでそんな事が言えるよな? ホントに英雄気取りかよ! ユアの気持ちも少しは考えろよ! 誰が好き好んで病気の子供を殺すんだ! 出来ませんでしたじゃねぇーぞ、馬鹿アレク!」


 アレクの発言にブチギレたフロドが突然胸ぐらを掴み、渾身の力で殴り掛かる。重い拳をアレクの頬に一発ぶち込むと、アレクは何も言わずに立ち去っていった。


 フロド自身もアレクやレイスの様に自分の気持ちに正直になれたらと常々、思っていたからこそユアの気持ちに一番、親身になって寄り添っていたのかも知れない。


 しかし、それすらも自分自身のエゴであると悟っていた。決してなれない憧れだからこそ、身近に居て目を背けたくなる程に輝かしい存在に自分を重ね、悲観的に見てしまう。ユアがアレクに冷たく当たる理由もフロドは何となく察していた。そんなアレクだからこそ、今は……今だけはユアの傍に居させるべきではないと思ってしまったのだった。


 それに、フロド自身もレイスの事が気になって、教団に残る意義を見失いつつあったのかも知れない。


「うっ……うぅ……私、受験なんてしなければ良かった……皆がバラバラになっていく様な気がして、もう私は耐えられそうにないよ」


 突然、泣き崩れる様に膝を着いたユアはレジナルドの腕の中で、まるで子供の様に小さく見えた。


「俺は──俺達の選択は間違っていないと本気で思っている。正論とか綺麗事かも知れないけれど、それでも俺達は失わなくてもいい命を今日……救ったんだと思う。もしかしたらなんて仮定で命を殺めた結果に目を背けるつもりはないけれど、俺は誇りを持って星騎士になるよ。レイスもアレクもまた皆で集まれる時が来るさ。それに俺はザックとナルバ、それにジュリアの消息を追う為にも教団には残るべきだと思っている」


 そう、レジナルドの真の目的は家族の消息を追う事なのだ。あの日、行方の分からなくなった3人と修道女(シスター)アマンダの事を何よりも気にかけていた。


「アイツら……そうかもな。けど悪い……俺はレイスを優先させてもらう。レジナルドの言っている事は多分、大方正しいよ。それにザック達が心配なのは俺も一緒だ。けどさ、レイスがバケモノと一緒に教団に叛逆したなんて聞かされたら、ほっとけないだろ? ユア、お前はレジナルドと一緒にいた方がいい。ザック達を一緒に探してやってくれよ。俺は俺で外部から情報を探るからさ、アレクの事もあるし、今回の試験は辞退させてもらう事にするよ」


 そして、フロドはジェリスの元へ事情を話に行くと、直ぐにアレクの後を追った。


 教団に残ったレジナルドとユアは再び全員が集まれる事を願い、星騎士としての道を歩み始める。



* * * * *



 時は遡り、レイスはというと──パトリシアと共に森の中で母親の遺体を埋めていた。丁寧に墓を掘り、花を添えるパトリシア。その姿はバケモノのままで、人目に付けば教団が直ぐにでも駆け付けてくるだろうと、レイスが自身のマントで頭からパトリシアを覆い隠す。


「パティ、僕のマントを貸してあげるよ。その姿じゃ、人に見られたら大変な騒ぎになってしまう。それに、君には色々と聞きたい事もあるしね。(マヴロ)の事とか、その身体の事とか色々……」

「レイスは何で呪いが身体に出てないの?」


 パトリシアが逆に質問をするとレイスは難しい表情を浮かべ、困り果ててしまった。


「どうしてだろうね? 本来なら堕天(シンラ)の影響はミアのモノで、僕が直接なった訳ではないんだよ。けど、パティみたいな堕天(シンラ)霊素(アストラ)は識別出来ているし、共鳴だってする時があるんだ。きっとその内、僕もパティみたいになるのかもね」

「そうなんだ……」


 少しつまらなさそうにするパトリシアはレイスの顔をマジマジと見つめ、ニッコリと微笑む。何を思ったのか不意にレイスの服をめくり上げて肌を露にさせた。


「えっ!? ちょっと!」


 絹の様に白くて柔らかい肌をジッと見つめるパトリシア。


「あれ? ホントに黒印もないや……」

「黒印?」


「鍵穴みたいな印の事だよ。(マヴロ)様が治療の際に付けてくれた護符なんだけど、それがある者はどんな姿形であろうとも仲間であり、家族の絆なんだっていってたの……でもレイスにはそれがないみたい。だからもしかしたらだけど、レイスは私みたいにはならないのかも知れないよ?」


 レイスはその言葉を聞き、隅々まで自分の身体を調べてみたが、何処にもその印は見当たらなかった。本当にパトリシアの言う事が事実ならば、堕天(シンラ)になる事はないのかも知れないと少し安堵する。


 そして、これから先の事を思い、パトリシアの母親に手を合わせ、その場を後にする2人。


 それから少しして、2人は大きな湖へとやってきた。畔には小さな水車小屋があり、近くには綺麗な花々が咲き乱れている。


「お姉ちゃん! 綺麗だよ! ほら!?」

「パティ、あんまりはしゃぐと転ぶよ!」


 花々に浮かれるパトリシアを見つめ、やはりまだ子供なんだとほほ笑むレイスは、少しの幸せを噛み締めていた。殺伐とした教団の雰囲気にも大分疲労していたのだろう。その無垢で愛らしい姿に心を癒される。


「レイスもおいでよ! ハハハッ、あっ!」

「パティ!?」


 不意に姿が消えたパトリシアに驚いて、駆け寄ったレイスは驚くモノと遭遇する。


 パトリシアが躓き転んだソレは、深緑色の皮膚に黄色い瞳をした見慣れぬ出で立ちの生き物であった。小さい姿のソレは偶に見掛けた事もあるけれど、ソレは見るからにレイスよりも大きく、ふてぶてしい表情でパトリシアを見つめている。


「痛たたぁ……」

「誰だ? 俺の上に乗っかってきた奴は?」

「しゃ、喋った……」


 その姿はまるで──蛙。貴族の様な衣服をまとい、右目には大きな傷跡がある。むくりと立ち上がると、パトリシアを片手で軽々と持ち上げて、物珍しそうに匂いを嗅いだ。


「下ろせぇ!」

「何なんだ? この生き物は……?」


(お前が何なんだ!?)


「んっ!? 人間? お前のペットか?」

「あ、あの……あなたは、だ、誰? な、何ですか?」


 もうソレが何なのかすら理解に苦しむレイスは自身の1.5倍はあるであろう蛙を見上げる。


「んっ!? 俺か? 俺はなぁ……俺にも分からん!」

「はぁ!?」

「あっ……蛙だ……」


 意味不明な蛙の発言にレイスの思考回路はパンクした。不可解な出来事に多少は慣れてきたつもりであったのだが、それでもこの突拍子もない出逢いに思わず困惑してしまう自分が正常であるのかすらも判断がつかない。


 蛙はパトリシアを掴んだまま、笑顔でレイスを見つめている。そして、この数奇な出逢いが後に、とんでもない運命の歯車へとレイスを導いて行くとは、この時のレイスには──まだ知る由もなかった。

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