星騎士に求められる資質 ④
最終試験を終えた受験者達は、一様に悲愴な表情を浮かべて項垂れていた。時折、吐き気を催す者もおり、その光景は殺伐とした生気のない地獄である。
試験官を務めるジェリス=ヴェチェットもその辛辣な空気に顔を歪ませて、口を閉ざしたまま帰還した受験者達を静かに見つめている。
「なぁ、フロド……大丈夫か?」
「俺は平気。それよりも、あの3人だ……ユアはなんだかんだ言っても精神的に弱い部分があるし、アレクは馬鹿正直過ぎるというか、アイツは自分の信念を絶対に曲げないからな。今回の最終試験は厳しいかもしれないぞ。何よりレイスにはこの試験まず、無理だろうな……」
不安を胸に試験を終わらせたレジナルドとフロドの2人が、教団の大広間にて待機していた。第1試験を行ったあの大広間には既に16人の合格者達が集まっている。
まだ帰還していない受験者はレイス達の孤児院組3人を含めて、ジョゼフただ1人であった。実質的に3人以外の合格が確定した上で、焦りを感じている2人は貴族達の浅ましい背徳感に苛立ちを覚える。
第2試験では仲間意識を尊重していた彼らも、最終試験に於いてはレジナルド達よりも早く戻ってきていた。そんな排他的思想の貴族と同じ様に、ここにいる自分自身が何よりも醜く──ただひたすらに嫌悪していた。
* * * * *
丁度その頃、レイスは納屋の中でシュラルド達に敵意を向けて武器を構えている。黄昏から取り出したトンファーを強く握り締め、激高するように睨みつける。
「僕は……人を殺す為に星騎士になりたいんじゃない! 人を助けられる様な……救える生命があるのなら、全ての人を救いたい!」
「綺麗事を言った所で現実は所詮、何も変わらん。我々教団が手を汚さねば、救えた生命も失うぞ!」
「そうだ! 隊長は無闇に殺戮を楽しむような快楽主義者じゃねぇーんだよ! お前も分かっているだろ?」
「どの道、その子は死ぬ運命にある。究極アンタが殺らんでも病気で死ぬか、堕天と成り果ててウチらに殺されるか、どっちかしか道はないんやで? なら、アンタの手で楽にしてやるんが優しさってもんやろ?」
どうしてそこまで人を殺す事に対して、彼らは理由をあれこれと並べ、正当化する事を良しと出来ているのだろう? レイスはただ疑問に思う。それが例え大事な人であっても、きっと彼らは瞬時に決断を下すだろう。
分かりきった選択肢を選ぶように……何の躊躇いもなく愛する者ですら簡単に斬り捨てられる。それが、秩序と均衡を保つ為に必要だと、彼らは知っているから。
恐らくはレイスにも理解出来なくはない判断だったが、それでも尚──少女とメファリスを比べてしまった。
『リア……私を殺して……』
喚き散らし「死にたくない!」と訴え続けている目の前の少女は、あの時のメファリスと同じ瞳をしていた。
「この子を殺すと言うのなら僕は……例えシュラルドさん達が規律違反で僕を殺そうとも、この子だけは助けます!」
そう言うと懐からスルリと大きな蛇が姿を現す。それはマハルの森で見せた蛇とは異なり、黒紫色の皮膚に覆われていた。まるで堕天の様に染まった大蛇はレイスの身体に巻き付き、シュラルド達に目線を向ける。
「星霊か……その蛇? 何故レイス、君が星霊を宿している? それに何だその堕天のような姿は……」
驚きを隠せずに質問をするシュラルドに目を見開き、口を噤んだまま固まるファングとアビィールの2人。
「答えろよレイス!」
「どないしたらそんな……」
「もういい……ファング、アビィ、殺るぞ! レイスは規律違反により拘束。未知の星霊所持により研究施設へと引き渡す」
(何だ……何で白蛇が黒くなっているんだ……ミアの影響かそれとも別の蛇──な訳はない。ミアだ。ヤマナラシの浄化も関係なく侵蝕が進んでいる? だとしたら、僕も危ういんじゃないか? ジョゼフみたいに……堕天化してもおかしくない状態なのだろうか?)
大蛇を呼び出したレイス自身も戸惑っていた。ミアの存在は確かに第2試験の時にも反応を示していたが、蛇が黒紫色に染まっていようとは思いもしなかった。
「ふふふっ……お姉ちゃんも私と同じで……呪われてた。お母さんを殺したアイツらに正当な報いを……悪意ある正義に報復しろよ。簡単だろ? アイツらがお母さんを殺したみたいに……それよりも、もっと残虐で構わない。殺せ……」
(この子……本当に4歳児なのか?)
不気味な表情へと変貌した少女は、悪意を露にレイスを唆す様に語りかける。憎しみを煽り、殺意を助長する。
「ダメだ、あの子……堕ちるぞ……」
シュラルドがそう呟いた次の瞬間、少女の内から漆黒に染まる禍々しい霊素が一気に溢れ出した。
止めどなく溢れ出る禍々しい霊素はレイスを飲み込み、辺り一帯を闇に覆い隠す。まるで巨大な怪物が納屋ごと喰ったかの様にレイスと世界を切り離した。
「ここは……?」
「お姉ちゃんは私の味方?」
声のする方へと目線を向けると小さな怪物が立っていた。まるで堕天の子供だ。
「僕は……分からない」
「そう。でも、ありがとう。お姉ちゃんが庇ってくれたから闇に抗わずに堕ちれたよ。闇に抗う者は自我を失うんだって黒様が言っての! 怖かったし抗いそうにもなったけど、お姉ちゃんが私を守ってくれたから……こうして身体も痛くなくなった」
「その黒様って人に君は会ったの?」
「うん。闇を受け入れれば、病気が良くなるって! お姉ちゃん達が来る数日前の事だよ? とっても優しい人だったんだ。私みたいな不治の病を治療して回っているって言ってたから、きっと正義の味方さんだよ!」
(黒……ミアにも会ったってあの蟲の奴が言っていたし、コーランドさんは始祖だとも言っていた。一体何者なんだ……確か、ジュリアが好きだった絵本にも同じ名前のキャラクターが登場していた様な気がしたが……)
「お姉ちゃんはどうする? 私はアイツらを殺すけど、お姉ちゃんはアイツらの生命も助けるの?」
「君の気持ちは分かるよ。僕も目の前で家族を殺された事があるから……でも、君を助けようとしたように彼らの事だって助けたいのは、そうだね。助けたい……」
レイスは怪物と化した少女を真っ直ぐに見つめる。願わくば、このまま逃げて欲しいと思いながらも、自身が少女の味方で在りたいと思っている事実に向き合うのが怖かった。
このまま逃げてさえくれれば、自分独りが犠牲になるだけで済むのだと、思わずにはいられなかった。
「逃げよう……お母さんの遺体は僕が回収する」
「何で? アイツらは正義気取りの悪魔だよ? このまま生かして於いたら、私みたいな病気の子をきっと沢山殺して回るんだ! 私が黒様の意思を……」
何も語らず、不意にレイスは少女を抱きしめる。
「お姉ちゃん?」
「いいの、君が殺らなくても……君がこれ以上傷つかなくても良いんだよ。僕と一緒に逃げて、何処か見つからない場所で……」
2人を包み癒すように大蛇は優しく寄り添う。そこにメファリスの意識があるのかは分からないけれど、レイスは頬を緩ませてそっと涙を流した。
「行こう……」
「うん……お姉ちゃんがそう言うなら。私、パトリシア=ディンプシー……パティでいいよ」
「僕はレイス。この子は……ミアって言うんだ」
少女は大蛇の頭を優しく撫でて、ニッコリと微笑んだ。
「ミア、宜しくね」
誰がこの子の死を望むのだろう? 誰が人の死を正当化したのだろう? レイスは教団の根幹に触れ、今は離れている孤児院の4人の事を思って意を決する。
いずれまた逢える事を願い──少女を黒蛇に預けて、闇の中を勢いよく飛び出した。シュラルド達が待ち構えているであろう闇の外へと一心不乱に走り出す。
「──シュラルドォぉぉおおおおっ!」




