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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第06話◆
34/73

星騎士に求められる資質 ③

 向かった先は農村:ズーラム。郊外の西南に位置する小さな村で小型飛空艇に乗り込み、目的地へと向かうレイスは初めての飛空艇に感動していた。本当に小規模な機体ではあるものの、初めての飛行に瞳をキラキラと輝かせ、下に広がる中央の街並みに手を振る。


 そして、大きな城壁を越えた先──そこはもはや霧の森であった。


「この先は視界が悪くなる。全員周囲を警戒! 霧に入るぞ!」

「うわぁああああ!」


 感動で身を乗り出し、両手広げるレイスは霧に入っていく感覚を肌で感じていた。ふわっとベールに包まれてゆく様な優しい感覚。


「レイス! あんまり身体を乗り出すな! 危ないだろ!」

「す、すみません……」

「あれ? もしかしてアンタ……飛空艇初めて?」


 咄嗟にファングがレイスの首根っこを掴み、身体を引き寄せた。少しばかり浮かれ過ぎたと反省の色を見せるレイスにアビィ―ルが嬉しそうに話しかける。


「ええ……凄いですね! こんな造船技術が当たり前にあって、人が平然と空を飛んでいるなんてまるで、おとぎ話に出てくる小雲族(ネネロ)みたいです!」

「彼らは実在するぞ……それに、アイツら堕天(シンラ)も空を飛ぶんだ。我々教団も空を制しなければ彼らには勝てないだろう?」


 シュラルドが舵を握りながら後ろを振り向く。事実、堕天(シンラ)に対抗する術など限られているというのに彼らに空に逃げられては星騎士に勝ち目はない。だからこそ造船技術は発展し、巨大な飛空戦艦などというモノが実在するのだ。


「そうだ……レイス、さっきの話の続きをしよう。黒膚病(シリア)感染者とその歴史について説明するから前にきたまえ」

「……は、はい」


 言われるがまま、レイスはシュラルドの隣に立つ。目の前に広がる霧の世界を見据え、教団がすべき残虐な仕事の経緯をシュラルドは話し始めた。その様子をファングとアビィ―ルの2人も静かに見つめ、彼らは不気味に静まり返った霧の中を目的地に向かってゆっくりと進んでゆく。


黒膚病(シリア)は、シリア菌に感染する事で起きる伝染病だと言われている。その致死率は非常に高く60〜90%に達し、全身の皮膚が徐々に黒紫色へと蝕まれてゆく事からその名が付けられた。主にめまい・嘔吐・発熱などの症状に始まり、黒紫色の侵食が全身へと広がるに連れて、呼吸困難・意識不全・幻覚などの症状が多く見受けられる。特に幻覚症状は麻薬中毒の症状と酷似しており、世間に知れていない現状では、多くの人々が中毒患者と見間違えやすいのも特徴だ。


 そして、頭部にまで侵食が広がると感染者は自我を完全に失い、人肉だけを欲する奇形へと変異する。その為に血液感染による被害が懸念され、我々教団が秘密裏に処理する事となっている。その姿はまるで彷徨う亡霊の如く、不気味な姿へと変貌してゆくんだ。見開いた瞳孔は紅蓮に染まり、視覚や嗅覚さえもやがては失ってしまう。我々が良く知る──堕天(シンラ)だよ。


 別名:解離性堕天症候群とも謂われているその症状は、シリア菌に感染した黒膚病(シリア)感染者の突然変異によって起きた──人類の悲劇でもある。黒紫色の皮膚が強靭な性質へと変異し、これまでであれば腐敗し始めていたはずの期間を経ても尚、活動を続ける個体が現れ始めた。人を喰らう事で変異は加速し、生前の記憶が蘇る頃には意識もハッキリとしている事が多い。そして教団のやり方に意を唱える存在が“(ほむら)”と呼ばれている堕天(シンラ)組織の罪人なんだ。始祖である“(マヴロ)”の復活と人類解放を掲げる異教徒の集団。彼らは第3形態と呼ばれている謂わば人ならざる者達で、姿かたちは人であってもまるで怪物だ」


「僕……その内の1人と会いました。それに同期のジョゼフって人もその人と兄弟だって……」

「ああ、噂になっていた彼の事か……彼はいずれ殺されるだろうな。教団の理念を思えばこそ、彼はこの世界の異分子でしかない。生かされているのだって人体実験のモルモットとしての利用価値による所が大きいだろう。それに彼の両親は試験以前に既に殺されていたって話だ。それも、恐らくは君が会ったと言っている(ほむら)の罪人によって……それはもう、酷いモノだったらしい。蟲に喰い荒らされた様で全身がスポンジみたいに穴だらけになって腐っていたんだよ」


「副中隊長! 村が見えました!」


 ファングが下を向いてシュラルドに報告する。レイスはシュラルドの話に何を思うのか、ただ茫然と目的地に着くまで黙りこくっていた。言えるはずがない──自身の中にもその異分子がいる事を……。


「ここがズーラムか……随分と寂れた村だな」

「人が住んでいる様には見えないね」

「…………」


「こっちだ、全員ついて来い! 霧が濃いからはぐれるなよ。ファング、アビィ、レイスを頼むぞ!」

「はっ!」

「了解!」


 3人はシュラルドの後を追い、霧の中に佇む小さな納屋へと辿り着く。そこには痩せこけた女性が待ちわびた様にシュラルドを出迎え、縋る様に頭を下げている。


「あぁ~……星騎士様。ありがとうございます。娘をどうか……お助け下さい。未知の病に苦しんでいるのです。大事な娘なんです! どうかお願い致します!」

「レイス! 良いか? ここからが君の試験だ。やる事は分かっているだろ?」

「えっ……⁉」


 シュラルドは縋り寄る女性の事など気にせず、レイスの顔を真っ直ぐに見つめる。船上で話していた事を踏まえれば取るべき行動は、明白に理解していた。しかし、レイスの中でそれは正直──正しい事なのかと疑念が交差する。


 ゆっくりと納屋の中に入ってゆくと、そこには手足を拘束された少女がぐったりと眠っていた。藁の匂いに混じり肉の腐った様な匂いと血の香りがレイスの鼻孔を刺激する。少女の身体には黒紫色の波紋が広がり、所々に腐敗の後が見受けられる。変異している様子はないし、暴れるというよりはもう既に死にそうであった。


「……ぁ……助けて……し、死にたくない……よ」


 少女のか細い声に大きく目を見開くレイス。こんな小さな子供を教団は殺して回っているのかと背後で見つめる3人に憎悪を抱く。仕方ない事だと、世界の均衡と秩序を保つ為に犠牲となる者の数を理解した。


「レイス、殺せ……楽にしてやれ……」


 シュラルドがレイスに命令を下すと、近くに居た母親が悲愴な表情を浮かべて騒ぎ出した。


「娘を殺すんですか! 助けてくれるんじゃないんですか⁉ 星騎士様! お願いします、娘はまだ4つなんですよ! 未来があるんです。お金ならいくらでも払います! 奴隷になってでも私が払い続けます! だからどうかご慈悲を……どうか……娘にっ、ぐはっ……」


 レイスは咄嗟に振り返ると、ファングが母親の首を鉾で貫いていた。至極当然に任務だからと一般市民を殺していた。それも娘の目の前で、どうせ口封じで殺すのは理解できてもレイスの心は締め付けられるように息が出来なくなっていた。


「……ま、ママぁ? い、いぃや嫌ぁああああああああ!」

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「レイス! さっさと殺せ! 仲間を危険にさらすつもりか! その子が変異したらどうするんだ⁉」

「レイス、頼む! 簡単だろ⁉ その子も苦しんでんだよ!」

「アンタが殺るしかないいだよ! アンタが殺らなきゃ、ウチらも危険にさらされるし、その子も人ではなくなってしまうんだ! 人として星職者のウチらが殺してやるんが優しさやろ⁉」


「はぁ……はぁ……はぁ……う、うるさい! 殺せ、殺せってそんな簡単に言うなよ! アンタらにこの子を救う術はないのか! 何で母親まで殺したんだ! 僕は……僕は……うぉおおおっえぇぇ……」


 そしてレイスは吐いた。ぶちまける様に……。


「ふふっ……」


 納屋の中では殺伐とした空気が淀み、レイスの背後で少女が不敵に笑った。目の前で母親を殺され、病気は進行してゆく。全身を覆う黒紫色の波紋は少女の内に秘める悪意を増殖させて、人はただ闇に呑み込まれてゆく様に絶望と共に堕ちてゆくモノだから。


「すみません……僕には……出来ません」

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