星騎士に求められる資質 ②
そして訪れる最終試験──当日。
「これよりここに居る19名それぞれに最終試験を個別に受けてもらう! ここにはジョゼフ=キールが居ないが、彼もまた個別で試験を受けてもらう事になっている」
第1・第2に引き続き、ジェリス=ヴェチェットが試験官を務める。ジェリスは元帥と熾天卿の2人の前に立ち、少し緊張した面持ちで話を続けるのだが、以前の様な気迫はあまり感じられなかった。
「さ、最終試験は星騎士の資質となり得る意識を見極める試験となる。つまりは与えられた課題を無事に遂行し、生きて戻ってこられた者が合格だ。だから、20人が全員不合格という事もあり得るし、全員が合格する事もあり得るという訳だ。それ程、難しい内容ではないし、ここまで来た君達ならば、無事合格するだろうと我々も願っている!」
「──ほほほっ、ジェリスや。わしからも1つえぇかの?」
「元帥様! どうぞ……。全員よく聞け! 元帥様より、一言あるそうだ。口を開いた者はその場で、私が殺す」
現・最高権力者──ゼルテ・ラウフェン元帥。その年齢を知る者は少なく、間の抜けた老人であるが故に威厳も迫力も感じられない。大きな煙管をコツコツと杖替わりに歩く姿は正に、お年寄りである。
「シグロ……合格したら、何食いたい?」
「ジジィ、遂にボケたかッ⁉ ククッ……」
「笑うな! アルフレッド、元帥様に聞こえるぞッ……」
元帥の背後でピクッピクッと笑いを堪えるアルフレッドとクロエの2人は、小さな声で話しながら誰ひとりとして笑わない受験者達の表情を伺う。全員が真っ直ぐ元帥を見つめ、一切の感情を押し殺している。
ジェリスですら隣で、2人がやり取りをしているのを聞き、笑いを必死に堪えているにも関わらず、あのアレクでさえ無心で元帥を見つめているのだ。
「わしは……やはり白鯨の鍋かのぉ?」
「ハハハッ! ジジィ、マジで勘弁してやれよ。全員、目が座っちまってんぞ!」
「やめないか、アルフレッド! 元帥様に失礼だぞッ!」
突然、煙管をドンッと床に打ち鳴らし、その場が凍るようにピリつく。
「静かにせぇ2人共、若き卵の前じゃ……諸君らに一言だけ、わしから言うておきたい。我ら教団は正義を重んじておる訳でも、民の味方でもありゃせん! えぇかのぉ……覚悟なき者は、この試験で必ず落ちる! 例外は認めん。どれだけ残酷な決断を迫られようとも、星騎士としての意義を忘れるな!」
「ふんっ……ジジィの割にはいい事言うな」
「当たり前だ……」
「──それではこれより課題を言い渡す。最終試験の課題はそれぞれに権天師の各補佐として任務に殉じし、その星騎士の指示に遵守する事を命ずる。また、本試験は教団の人間として動いてもらう為、規律違反を犯した者には相応の処罰と試験合格の資格剥奪及び、場合によっては死罪とする! 試験合格の判断はそれぞれの星騎士に一任しているので、くれぐれも粗相のないように! それでは各自追って連絡を言い渡す。自室で待機するように!」
ジェリスが試験内容を説明し終わると、それぞれが各自に割り当てられた自室へと戻ってゆく。その足取りは重く、想像していたよりも過酷であるだろうと誰もが予想していた。
レイスもまた最終試験の内容について不安を抱きつつも、誰ひとりとして口を開かない重い空気の中、自室へと向かった。それはほぼ初任務と言っても過言ではない最終試験に、吐き気を催すほどの緊張が受験者達全員を襲う。
* * * * *
『──訓練を積んだ星騎士でも年に100人を超える数の死者が出る程なんだ。入団したての新米星騎士は毎年、必ずと言っていい程にその半数以上が堕天に殺されている……』
ふとシュラルドの言っていた事を思い返すレイス。あの日、助けにきた彼もまた、今もまだ生きているという保証は何処にもない……ましてや、この最終試験に至っても無事に帰ってこられる保証など何処にもアリはしないのだと悟る。
──コンコン。
自室のベッドの上でシーツに包まり、不安を押し殺していたレイスの部屋に誰かが訪れた。それは試験を共にする星騎士の人であろうと察し、慌てて扉を開けたレイスは──その顔に少しの安堵を覚える。
「やあ! 久しぶりだね。レイス……」
「シュラルドさん⁉ どうしてここへ?」
驚きと安心でレイスの顔が緩む。見知った顔に緊張は解れ、自然と笑みが零れていたのだ。
「私の階級は副中隊長だからね。最終試験の同行を依頼される星騎士は皆、権天師の称号を持つ者の中でも、現在補佐に殉ずる者と定められているんだ。私は君達が受験し、最終試験にその名があるのを見て、とても嬉しく思ったよ。レジナルドは成績も優秀だったし、私はレイス……君の試験官を自ら志願したんだ。補佐役、よろしく頼むよ」
「は、はい!」
「今回の任務は一応、隊として私が編成した2人に君を加えた4人で試験に挑んでもらう。他の2人は先輩とは言え、まだ大天師の称号の分隊長クラスだ。2つ星の彼らも今回の君の試験結果次第で副小隊長に昇進するかが懸かっている。君を守り、無事帰還させる事が彼らの試験でもあるから、時に君に強く当たるかも知れないが覚悟はしといてくれよ。」
「隊を組むんですか?」
「そうだ。大丈夫だよ。私が選んだ優秀な部下達だ。安心したまえ。──入ってきていいぞ!」
シュラルドの声に呼ばれ、部屋の中に入ってきた2人の星騎士がレイスをジッと見つめる。1人は長身の赤髪に鉾を携えた優しそうな青年。もう1人はレイスを興味津々に見つめる朱色のお下げをした、眼鏡に黄色い瞳の可愛らしい少女だ。
「君ぃ~男の子? 綺麗な顔してんねぇ?」
「アビィ……あんまり人の顔をジロジロ見るなッ!」
「紹介するよ。彼はファング=ディゴラス。鉾を使い、武術に長けた私の優秀な部下だ。君の個人資料に目を通させてもらったが、君はトンファーを扱うと書いてあったので彼に武術的指南を受けるといい。そして、彼女はアビィール・クルッグ。私の部下の中で最も霊素操作に長けている秀才だ。少し変り者ではあるのだが……まぁ、互いに仲良くやってくれ」
「ねぇねぇ、君の資料読んだけど堕天を倒したって本当? 凄いよね! ウチらでも堕天を殺すのに数年は学んだのに、初めて見た堕天を倒しちゃったの⁉」
「すまんな。コイツは興味が沸くとお構いなしだから、話したくない事については特に答えなくていいぞ」
「は、はあ……ファングさんとアビィ―ルさんは……」
「アビィでいいわよ! ファングもアビィって呼んでるし、互いに背中を預ける仲間なんだから! 先輩だとかそういう堅苦しいのはなしで!」
「あ、はい。アビィ達は……その、僕が合格しないと昇進出来ないんですか?」
「厳密に言えば、アンタを死なせなきゃ問題ない。アンタの合否はウチらにはそこまで重要ではないし、なんなら任務に行ってウチらが任務を遂行する間、アンタは後ろで見ているだけでも構わない。要はアンタの合否はシュラルド副中隊長の独断と偏見で決まるのさ。ウチらはアンタっていう保護対象者を守りながら、任務を無事に遂行する事が目的な訳!」
「それに今回の任務は黒膚病感染者の抹殺及び、情報隠蔽が主だ。特別戦闘になる様な危険な事は稀だと思ってもらっていい。あんまり心配しなくても大丈夫だ」
2人の優しさに安心したレイスはふと、シュラルドの方を見る。少し陰ったその表情は何を思っているのか、この試験に何を求められているのかレイスにはまだよく分からなかった。
「支度が済んだら、直ぐに出発だ。今回の任務の目的地は西南、ズーラムという小さな農村だ。そこに黒膚病感染者が隔離されているという情報なんだ。一刻も早く現場に到着するぞ」
「そう言えば、さっきから黒膚病って何ですか?」
「取り敢えず、移動をしながら説明しよう」
シュラルドがそう言うとレイス達4人は装備を整え、中央本部を後にした。




