星騎士に求められる資質 ①
最終試験──前夜。
星十字騎士教団、白霧の国:アルブム大聖堂『別名:GRAND LODGE』
国と王政を守護する中央本部にて、それぞれが明日の最終試験に向けて思いを募らせていた頃──
宿泊施設以外の別棟、集中治療室にて精密検査を終えたレイスは、フロド=バーキンス付き添いのもと精鋭騎士長:熾天卿であるクロエ=ロッドと共に事件の詳細について話し込んでいた。
「それで、彼が堕天に堕ちた経緯と暴食の情報は以上ですか?」
「ええ……それより、ジョゼフは無事なんですか?」
「俺達と一緒にこの病棟に運び込まれていましたよね? 取り押さえるのにも相当、強引なやり方だった様に見えましたが……」
第2試験終了後、負傷した者は宿泊施設とは別に治療病棟へと運び込まれていた。しかし、その中でもジョゼフ=キールは例外であった事だろう。運び込まれてゆく姿を目撃していた2人だったが、その姿はもう彼ではなかった。皮膚は黒く硬質化しており、瞳も紅蓮に染まっていた。自我があるのか定かではないが、到底最終試験に挑めるような状態ではないだろうと推察される。
「彼は一先ず、教団の監視下に置かれます。事が重大なだけに、またいつ焔が襲撃してくるやもしれませんし、世界的状況から鑑みても彼の存在は忌むべき存在です。我々としてもこのまま最終試験に彼を参加させるというのは余り、得策とは思えませんしね。ただ、元帥様がどうお考えになっているのか……先程、意識は戻ったと聞きましたし、堕天の痕跡も一時的ではありますが、消えたとの報告も受けています。人種が変異してしまった事例など、前代未聞ですから教団としては、研究対象として確保しておきたいのでしょうけれど……非人道的行為である事は避け難い事実で、彼を人として保護する気は教団にはないでしょうね」
「堕天の痕跡が消えた⁉」
その事が事実ならば、メファリスの堕天化も消せるかもしれないと、レイスはクロエの瞳を真っ直ぐに見つめて、その真意を伺う。
「ええ、特殊な呪術星約と言われる刻印術式によって、一時的に抑え込んでいると言った方が正しいでしょうか。霊星術も各国々で多種多様に文化が異なり、あらゆる技術が開発されています。その中でも霜月……和火の国:イズモ皇国は呪術と呼ばれる特殊な技能を取り入れた霊星術を得意としています。この国にも和火の国の出身者は多く、四大天の1人も和火の国の獣擬族の方ですよ。それに、元帥様はあちらの皇族の方々とも友好関係を結んでおられますし、どうもあの方はあちらの文化がお好きなようですからね」
「確かに……見慣れない恰好をしていたな」
「そう言えば、受験者の中にも同じような服装の人がいたよね?」
レイスは不意に袴姿の少年を思い出す。
「ああ、彼は元帥様:ロズウェル卿の御子息に当たるジグロ坊ちゃんですね」
「元帥様の御子息⁉」
「同期にそんな奴もいたのかよ……ランキングを見た限り、相当強者揃いだとは思ったけれど正直、レジナルドが1位だと思っていたよ。が、結果を見てみれば3位。その元帥の御子息って奴も4位だったしな。予想以上に最終試験は過酷になるかも知れないな?」
大きくため息を吐いて、フロドがレイスの肩にそっと手をおく。
「その点は御心配なく、最終試験は競争ではありませんので……って、あまり喋り過ぎても良くないですね。明日は大事な最終日ですから、今日は早めに休まれた方がいいですよ。私はこの辺で失礼します」
「色々、ありがとうございました」
「レイスがお世話になりました」
ニッコリと微笑み、病室を後にするクロエを2人は深々と頭を下げて見送った。自分達が予想以上に何もできなかった事実を受け止め、明日の最終試験に不安をただ募らせている。検査的には問題もなく無事、体調も良くなっていたレイスだったが、試験中のあの激痛を思い出してフロドの顔を徐に見つめた。
「僕もジョゼフみたいに堕天へ変異しちゃうのかな?」
「……まぁ、あんまり気にするなよ! どこも異常はなかったんだし、うじうじ考えたってしょうがないだろ? それにメファリスがレイスの中で生きているのなら、呪術星約だっけか? そういう技術もあるみたいだし、教団にさえ知られなければきっと大丈夫だよ。そのうちにひょっこりメファリスも目を覚まして、また前みたいに……家族で……」
急に家族を思い返して暗くなる2人。そこへ空気も読まずにアレクが現れた。
「──よっ! レイス元気か? 体調どうだ?」
その後ろには怪訝そうなユアと呆れ顔のレジナルドも一緒だ。その騒々しさに迷惑そうな表情を浮かべるフロドも、アレクに背中をドンドンと強く叩かれて怪訝な顔をする。そして、アレクはレイスの顔色を見て、ニッコリと笑った。
「元気そうじゃねぇか! 良かったな! 明日の最終試験に参加できねぇのかと思ったぜ!」
「アレク、うるさい……病室なんだから、ちょっとは静かにしなさいよね」
アレクのお気楽さ加減にも慣れた様子で、ユアがいつものように注意をすると、レイスの陰っていた表情が明るく笑みに染まる。
「3人はケガとかしてなくて本当に良かったよ。フロドも……検査に付き合ってくれてありがとね。やっぱり僕が一番ダメダメなんだろうなぁ……」
「順位は俺の方が下だったんだから、ダメじゃないよ」
「そう言えば、フロド……審議の方はどうなったんだ?」
不意に思い出したレジナルドが、フロドの審議結果について疑問を抱く。そもそも3人には何故フロドが審議をかけられる事になったのか、その経緯すらも知らなかった。
「あぁ……大丈夫だったよ。試験中に性質変化を使ったんだけど、あの状況での出来事だったから教団側も監視カメラで状況は把握していたみたいだし、なんのペナルティもなしだってさ。それ処か覚醒しかけていたジョゼフと対等にやり合えていた事の方を褒められたよ。俺的には見ていたんだったら、もっと早く助けて欲しかったんだけれどね……教団は教団で、闇が深いよ。ある意味……」
「そっか……まぁ、監視はするってジェリス試験官も言っていたからな」
「それにしても一体、焔って連中は何なんだろう? 僕らはこの世界の現状も、教団がどういう組織なのかも、具体的にはまだ何も理解しきれていないんじゃないかとさえ思わされる。この星霊の加護だって何で存在するのかすら知らない」
「あんまり、考え込んでも分かんねぇモノは、分かんねぇだろ?」
「アンタねぇ……ちょっとは頭、使いなさいよ。本当よくアンタ第1・第2と試験合格出来たわね? 私はアンタが私らより上位にいた事の方が理解に苦しむわ」
軽口をたたきながらユアが病室の窓辺に肘を掛けて、そよぐ風に髪を靡かせた。ユア自身も実力の無さを実感し、助けられなかった多くの命を思い返す。非力で脆弱な自分を恨み、アレクの様に楽観的になれたらとどれだけ願った事か……それでもユアは強くあろうと弱みを見せる事は少ない。
そっと涙を拭い外を眺めながら、悔しさを噛み締める。街の中心から眺める景色は、自分達が住まうマハルの森まで一望できる程の絶景であった。霧の晴れたこの街でユアは月明かりの下、お店や家々の灯りに心をざわつかせ、幼少の頃を思い出す。捨て子だったあの頃を……あの人の温もりを……。




