罪人、暴食の怪蟲 ⑥
驚愕の表情を浮かべたメルティは自身の敗北を悟る。この国の最高権力者である元帥と最強戦力を誇る精鋭騎士長の2人が目の前にいるのだから至極必然の判断であろう。咄嗟に逃げようとするメルティは怪蟲達を自身の身体に集めて臨戦態勢を取りつつ、逃げ出せる機会を伺う。
「おいおいジジィ。年なんだから、あまり出しゃばんなよ。相手は焔の幹部だぞ。甥っ子の方にでも様子を見て来てやれよ」
「おい、アルフレッド! 貴様、元帥様に向かってなんて事を言う!」
「何なんだ……元帥? それに精鋭騎士長の……熾天卿の称号……」
呆気にとられているレジナルドは3人の胸に輝く9つの星に目がいっていた。神々しく輝く十字架に刻まれた9つの星は世界政府直轄部隊にも選抜される程の実力を持ち、世界最高峰の技術と戦闘能力を有する証。精鋭の中の精鋭、それが9つ星の星騎士──熾天卿なのだ。
レジナルドが幼少の頃より憧れ続けている“英雄”の称号。
「そうかそうか、ジジィは孫の所でも行こうかね。後は任せたぞい!」
そう言うと元帥は煙管を片手にその場を立ち去ってゆく。
「いいのか? 元帥様を御一人で行かせて!」
「構わねぇよ。あのジジィが第1級堕天如きに殺られる玉かよ。それよか、問題はこっちだろ? 何で幹部様がこんな試験に紛れ込んでんのか知らねぇけどよ、逃げられると思うなよ?」
「くそっ……散れ暴食!」
メルティが両手を前に翳し、一斉に飛散する怪蟲達が2人の視界を遮る。咄嗟に雷撃を放つアルフレッドだったが、既にメルティの姿はなく、消えていた。
「で……逃げられましたけど。アルフレッドさん! なんかカッコつけてましたよね? 逃げられると思うなよ? とか言ってませんでしたっけ? 元帥様にあんな事言っておいて、まんまと逃げられてんじゃないですか!」
「お前だって一緒に居たんだから同罪だろ、クロエ! てか、何でお前は何もしねぇんだ!」
「先輩が後輩の前でカッコついていたので邪魔しちゃ悪いのかなぁ〜とお察したまでですが、間違ってますか?」
「いちいちお前は……」
「あのぉ……ありがとうございました。お陰で助かりました。俺達、御2人が来て下さらなかったら今頃、絶対に死んでました。自分の不甲斐なさに……」
「気を落とすな少年! 相手は精鋭騎士長の俺達ですら苦戦する相手だ。それに最終試験でそんな気持ちでいると落とされるぞ! 直に救護班がやってくる。自分の力不足を知る事は悪い事ではないが、それを卑下する者は愚か者だ」
「何を言っているのやら……元帥様に報告しますよ。アルフレッドが逃がしましたって!」
「おい! クロエ、その言い方だと語弊があるだろ!」
2人はささくさと元帥の元へと向かい、レジナルドとレイスは救護班が来るのを待っていた。暗闇は消え、天井の眩い照明が世界を照らす。そして倒れこむようにして地面に横たわり、遥か遠い明かりに手を伸ばしていた。
「あれが、9つ星の精鋭騎士長と元帥か……体は大丈夫かレイス?」
「うん。ロブもありがとね。助けに来てくれて、今回は本当にもうダメかと思ったよ」
2人は互いの顔を見合わせてニッコリと笑った。生きている事に感謝し、互いの第2試験通過を喜んだ。
* * * * *
試験終了の少し前。戦績を確認するモニターの前に現れた少年が1人。
灰色の煤けた髪にくすんだ瞳。包帯を巻いた傷だらけの身体。あまりにも貴族らしからぬその形に、異様な雰囲気を纏いながらも腰に納めた刀は黒くも、怪しく輝いている。
──ピ、ピッ、ピッ。
モニターを操作して戦績を確認するもう片方の手には、今にも死にそうな少女の姿があった。無造作に髪を掴まれて、血だらけになったその姿は既に四肢が斬り落とされている。
「う……くそ、お前なんかを……信用した私達が馬鹿だった……くそ、みんなを殺しやがって! この人殺し! 卑怯者! お前なんか死んじまえ!」
「黙れ雑魚が! 今、人数を確認してんだろうがっ! 20人になったらこの下らねぇ試験も終わるんだろ? そしたらお前だけでも助けてやるよ! ハハハハハッ……あ、残念。君も運がないね。君を殺したら丁度20人になるみたいだ」
スルリと腰の黒真刀を抜き、髪を搔き上げる。
「修羅よ……泣け」
静かなる斬撃は音もなく、少女の首を斬り落とした。その途端にモニターが赤く点滅し、街中にブザーが鳴り響く。試験終了を告げる合図と共に暗闇に包まれていた世界が、雷鳴と共に開けてゆく。
「あ〜あぁ、下らねぇ……雑魚共が……血が付いちまったじゃねぇかっ!」
少年は足元に転がる死体の腹部を蹴り飛ばし、明るくなったその場所に10人程の死体が転がっているのを見て、唾を吐き付ける。刃に付いた血を振り払い、鞘にそっと黒真刀を納めると死体の顔を徐に持ち上げて、憂さ晴らしを始めた。
どう見ても自身より高価な衣服に身を包む死体達を何度も、何度も、蹴りながら、少年は暴れ続ける。
『──只今を持ちまして、第2試験は終了となります。その場から動かずに、救護班がお迎えにあがるまでお待ち下さい。現在、生存されている20名の方達には明日、最終試験へと進んで頂きます。本日は治療と休息の為、本部の宿泊施設へとご案内いたします』
それぞれが思いを胸に、生き残った20名が明日──最終試験へと挑む。
『それでは、生存者の各自pt.を発表して参ります。尚、今回は定員規定に基づき、pt.の有無や優劣に関しましては最終試験に於いて、審査項目の参考程度にしかならない事をご了承下さい。
同率第20位【ハンナ・ダイア】0pt.
同率第20位【リファネス・ヴェンゲル】0pt.
同率第20位【フリッツ・ファルナス】0pt.
第17位【ジョゼフ・ダミアン・ド=キール】1pt.(審議)
第16位【リズベット・モルド】2pt.
第15位【フロド・マチルセット=バーキンス】3pt.(審議)
同率第14位【オルギス・モンド=ワイズ】4pt.
同率第14位【ドドル・ダンギス】4pt.
第12位【レイス・J・ハーグリーブズ】5pt.
第11位【アイラ=ロッツ・ポルド】6pt.
第10位【ワイル・クォン・レーベン】7pt.
第09位【ユア・ディール=ジェンセン】9pt.
第08位【セラ・ベック=コーフィンデル】10pt.
第07位【シェルディ=バーロック・ボールトン】12pt.
第06位【アレク・フォン=ヴァイジャン】14pt.
第05位【ユファ・アージェス】15pt.
第04位【シグロ・ラウフェン・ド=ロズウェル】20pt.
第03位【レジナルド・スコット=ジョーンズ】23pt.
第02位【クロウ・クゥレイバス・フォン=メドラス】32pt.
第01位【コーデリヴァス・ジグザール・L=ヴァルバティス】87pt.
以上が第2試験のランキング結果となります』
少年は試験結果を聞いて、更に不服そうな表情を浮かべた。黒真刀を徐に抜き、死体を無造作に切り刻む。憂さ晴らしにもなっていない程に荒れ狂った──狂人。
「俺が、2位だと……クソがぁ! 試験を終わらせたのはこの俺だぞ! 87pt.って何だ……コイツ何をしたらそんなポイントになるんだよっ! ああああああああっ……クソがっ! 必ず、ブッ殺す!」
クロウは驚異の87pt.をたたき出した、謎の存在に苛立ちを覚え、最終試験へと殺意を滾らせるのだった。




