罪人、暴食の怪蟲 ⑤
「レイス! どうした? 大丈夫か?」
「痛い! 全身が爛れる様に痛いんだ! 胸が……裂けそうだよ……ふ、フロド」
皆が慌てふためき逃げ惑う中でレイスの元へと一目散に駆け寄っていたフロドが、レイスの異変にいち早く気が付いた。暗闇、そして異様な少女とジョゼフの変異。周囲には無数の堕天と飛び回っている怪蟲達の羽音が受験者達の恐怖を煽る。
既に他の連中がこの場から逃げ出しているという事実にフロドは正直、焦っていた。今すぐにでもレイスを連れて逃げ出したい所ではあったのだが、レイスがこの状況ではそれも難しい。
(どうする? レイスは見捨てないが、流石にこの状況はマズすぎる! 周囲は余り見えないけど、もう殆どの連中がここにはいない。どんどん堕天が近づいてきているのは明白で、ここに居れば確実に2人共殺されるぞ! ジョゼフとあの少女も直ぐ近くに居るんだ)
「うぅ……フロド……フロドだけでも、逃げて……」
「はっ⁉ ふざけるな! レイスは何があっても見捨てないよ。俺のこの命が尽き果てようとも、お前だけは必ず守り通す! そもそも、この状況で助けに来ない教団はどうなってやがる⁉ 俺達は見殺しか? どう考えてもこの状況は試験外だろ!」
──ピチャ……。
フロドが周囲を見渡しながら状況を把握しようとしたその時だ。足元に何か当たり、違和感を覚える。咄嗟に足元へと目線を向けたフロドの視界にはマーシェルの頭部が転がっていた。さっきまで一緒にいたマーシェルの頭が今、自分の足元に転がっているんだ。
死を軽視していた訳じゃない。けれど、余りにも呆気なく、恐らくは誰にも気付かれないままマーシェルは死んだんだとフロドは悟った様に見つめ、その瞬間──背後に物凄い殺気を感じる。
「おや? 君達は逃げなかったのかい? んっ⁉ 何だ? その子、共鳴……しているのか?」
フロドの背後に暗闇から姿を現す少女とジョゼフ。マーシェルの肉を喰いに来たのだろうが、予想外の展開に困惑の表情を浮かべている。少女はフロドに一切の関心も見せず、ジッとレイスを見つめていた。
「どうなっている⁉ その子から微かに傲慢の存在を感じるぞ! 貴様ら……メファリス・バーミリアをどうした! 黒様が直々に堕とした我が兄弟だぞ! 何をしたんだ? 我々、焔の罪人に手を出したのか? 答えろ貴様らぁ!」
物凄い形相で怒号を吐く少女はレイスに近付き、大鎌の刃先を喉元へと突き立てた。
「やめろ!」
「あぁっ⁉︎」
咄嗟に大鎌の刃を手で抑え、氷結させてゆくフロドが怒りを露わに少女の前に立ちはだかる。その表情は少女の殺気にも似た威圧を放ち、2人は対立する。
「レイスに触れるな!」
「何だお前? 用があるのはソイツ何だよ! 邪魔をするなよウジ虫が! 嫉妬コイツを殺せ! まだ喰い足りないだろ? 僕はこの子に大事な用があるんだ……」
「お前は……フロド。俺を見殺しにしたフロド=バーキンス! お前が生きている事が憎い! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い! ウオォオオオオオオ!」
雄叫びを上げるジョゼフはフロドへ向かって鋭い爪を突き立てる。咄嗟に氷でガードしたフロドだったが、その筋力差に吹き飛ばされてしまう。ジョゼフはすぐさまフロドを追いかけ、2人は暗闇の中へと姿を消した。ただ激しい攻防の音だけが鳴り響き、その音は鳴り止む事はない。
「それで……君は一体、何者なんだい?」
「うっ……僕は、レイスだ!」
痛みで身体を動かす事も出来ないレイスが、自身の頰を鷲掴む少女を睨み答える。
「そうかレイス。それじゃあ、質問を変えよう。メファリス・バーミリアとはどういう関係だ?」
「ミアは僕の大切な家族だ……貴様らがジョゼフをあんな怪物にした様にミアにも……同じ事をしたのか⁉︎」
「質問をしているのは、こっちなんだよ!」
気を害した少女はレイスの頰を蹴り飛ばし、頭の上に足を乗せ、ジリジリと踏み潰す。そして吐血を吐いたレイスの髪を強引に持ち上げ、下腹部を蹴り上げた。
「ほら、答えろ! どうして貴様から傲慢の霊素を感じる?」
「生きているからだろ……へへっ」
レイスはボロボロになりながらも笑って見せた。メファリスが本当は生きていないんじゃないかと不安になっていた事もあって、レイスの中で少女の言葉は少し安堵するものであった。メファリスを感じる。
(ミアが生きている……確証のなかった事実に可能性が見えた。白蛇に宿し、黄昏に眠らせた事は間違いじゃなかったんだ。死なせてない。まだ、ミアは生きている!)
「貴様、ふざけているのか? 僕が貴様如き、殺せないとでも? ふざけるのも大概にしろよ! このウジ虫が! メファリスの事で隠している秘密を吐け!」
少女は幾度もレイスの頭を、腹を、肩を、足を痛めつけた。蹴って殴って、終いには大鎌の柄で何度も殴り飛ばした。それでもレイスは口を割らない。
「はぁ……はぁ……くそ、殺すか。仕方ない……黒様には申し訳ないが、次の転生に期待するしかない。せっかくの嫉妬の生誕祭が台無しだ。そう言えば、嫉妬の奴、どこまで行ったんだ?」
「──戻っては来ないよ」
不意に耳元で囁かれた声に振り返った少女は瞬く間に視界が宙を舞う。
(えっ⁉︎ 何だこれ? 斬られた? 何の気配もなく、この僕が……誰だ⁉︎ この僕の首を斬った奴は!)
そして、視界に捉えたその姿はヒラリとマントを揺るがし、雷の刃を振るう茶髪の少年だった。レジナルド・スコット=ジョーンズ、それが少女の首を撥ねた少年の名だ。
レジナルドはレイスに駆け寄り、ボロボロに傷付いたその体をそっと抱きしめる。
「ろ、ロブ……何で……ここに?」
「中央で堕天達を狩っていたグループがいてね。彼らと共に行動をしていたんだが、突然奴ら堕天が一斉に移動をしだしたから、全員で後を追ったんだ。そしたら、あの談話室にいた貴族の彼らがそっちの方角から逃げて来て、話を聞いていたらレイスとフロドの話を聞いた。アレクとユアはフロドの応援に向かったよ。他の連中も堕天を狩っているだろうから、もう大丈夫だよ。突然、暗くなったから焦って来たけれど、レイスが無事でよかったよ」
「何を呑気に喋ってんだ? あんなんで僕を殺したつもりか?」
レイスの生存に安堵していたレジナルドが背後の殺気に気がつく。振り返ると、少女は斬られた首を片手に歩み寄っていた。首元に頭を抑え、徐々に治ってゆく傷口。
「あぁ〜、痛かった。首を斬り落とされたのは何年振りだろうね? あっ……リベル以来かも……あぁ糞。しかもこんなガキかよ……治癒すると腹が減るんだよなぁ。ガキ2人なら、まぁまぁ……オヤツ程度にはなるか」
「生きてやがったか、レイス……俺が担いでやるから、さっさと逃げるぞ!」
「う、うん……」
レジナルドが慌てたようにレイスの腕を肩に回し、逃げ去ろうと体勢を整える。どう考えても絶体絶命のこの状況で他の助けが来る事など期待してはいられない。
「あれ? 逃げられると思ってる? 無理だよ? 僕の蟲からは逃げられない。それにこの場所に君達の逃げ場なんてどこにも存在しないだろ? どこに逃げようってんだ! 大人しく僕の糧となれ! 暴食」
少女が叫ぶと同時に無数の怪蟲達がレイス達に襲いかかり、少女が大鎌を持って迫り来る。
──ヴウウウウウウゥ。
「雷鳴よ……唸れ!」
突然、鳴り響くサイレン。それと同時に暗闇の世界に光が差し込んだ。怪蟲は閃光が走ると共に一瞬で地へと落ちてゆき、室内だというのにも関わらず、雷鳴が轟く。
「螺旋響角……砕け!」
そして、地面が揺れ始めると至る所で土が盛り上がり、螺旋状に突き出した角が怪蟲と少女を襲う。
「な、何だ?」
「ほほほっ、試験とは言え、教団の中に潜入するとはあまり賢く無いのぉ。お主、わしならもうちっと賢くやるがね。鳥籠で暴れたのはミスじゃったな。それにお主、殺気を出し過ぎじゃよ。複眼の墓守:メルティ・ローム=ヴァクデウス」
「貴様は……何故、貴様らがここにいる?」




