黄金色の昼下がり ②
【王都・貴族街:イーストゲート前広場】
「おい! 2人共、あっちに出店がいっぱい出てるぞ!」
「わぁ~! 美味しそうな匂い!」
「賑やかだね」
「俺、トカゲの尻尾アメが食べてみたいなぁ~」
「私は取り敢えず、うわさの確認ねっ!」
「僕は何でもいいよ……2人に任せる」
美味しそうな匂いに舞い上がるレジナルドとメファリスの2人につられて、レイスもいささか気分が舞い上がっていた。まるで空を舞う花びらのように、3人は街の中を駆けまわり、彩る綺麗な飾りと楽し気な音楽にその身を弾ませる。
ふわふわとしたアメ菓子に、トカゲの尻尾アメ、量り売りの粒々としたカラフルなモノから不気味な紫色の棒菓子まで、全てが見た事のない不思議なお菓子のめじろ押しであった。
食べ物の屋台も出店し、空魚のフライや肉巻き棒に、白鯨の目玉などが売られている。
そして、いろいろと買った3人は、その手にたくさんのお菓子とお土産を抱え、メファリスの念願であったアルブム城前の大広場へと赴く──そこには黄金色の昼下がりにキラキラと輝いた、豪華な装飾のいかにも高級そうな王家の椅子が、台座の上にドンッと神々しく置かれている。
アルブム城前の大広間にはその椅子を一目見ようと多くの民衆が集まり、誰も座っていないただの空席を一様に見つめ、中には手を合わせて祈りを捧げる者までいるのであった。
この祭の主役でもある第2王女が本来なら座っているはずのその空席は、一度も使われた事のない空虚な椅子として噂されている。
毎年開かれているこの生誕祭も、あらゆる式典にも、姿を現さない第2王女は──国民はおろか城の者でさえ、その姿を見た者はいないという。
故にいつしか第2王女は“幽閉の姫”と呼ばれるようになり、もう既に亡くなっているのだとか──城に囚われているのだとか──根も葉もない噂だけが独り歩きを始めていた。
「だから、言ったろ。誰も座っていない椅子になんて、何の価値もない」
レイスが呆れた様子でその場にしゃがみ込む。
「そんな事はないわよ。王女の椅子が見られたんだから、それだけでも私は十分よ」
「そうか? 僕にはただの椅子にしか見えないけどねぇ……」
「──2人共! これを見ろよ!」
そう言って駆け寄るレジナルドが、血相を変えて新聞を広げた。
『幽閉の姫、失踪の秘密。
黒蝶の鳳蝶が関与しているのか!? 世界政府に反旗を翻した盗賊団:鳳蝶は、不落の要塞『ロズベット刑務所』を脱獄。
鳳蝶の1人を捕らえた副看守長のジヴェルバ・ロッチによると「奴らはまたこの要塞に足を踏み入れる事となるだろう」と高らかに断言した。
脱獄からちょうど2日後、鳳蝶の飛空艇が王都近郊で目撃され、そのタイミングでの失踪事件である。彼らは王女を人質に仲間の救出をたくらんでいるのでは?』
──と新聞の一面に堂々と大きく取り上げられていた第2王女失踪の記事に2人は、目をまんまると見開いて驚愕の色を見せる。
「王女の失踪!?」
「すぐそこで号外が配られていたんだよ!」
「これが事実なら、とんだ一大事よ……」
「そもそも、はなから存在していないのに……何で今更、失踪って」
「でも失踪事件になるって事は、本当に彼女は城に居たって事でしょ?」
「鳳蝶が彼女を誘拐したって言うのか?」
「でも世界政府に追われている彼らが、何でそんな事をする必要があったのかしら? 実力だって星騎士以上だって噂よ?」
「どうせ新聞社のデマだよ……」
「リアは夢がないなぁ」
「しょうがないよ。リアだもん」
3人が大広間で新聞を広げて話していると突然、辺り一帯が陰りだす。一様に空を見上げる群衆のその頭上には、大きな飛空艇が轟音と共に蒸気を噴き出して、レイス達の真上を飛んでゆく。
国の主力戦艦が、王都へと帰還したのだった。
「飛空艇だ……」
「でけぇ……!」
貴族街を覆う程の巨大な影は、城の裏手へと向かって飛んでゆく。
城を挟んで大広間とは真逆に位置する教団の船着場が、その方角であった。度々、王都上空には飛空艇が飛び交うが、ここまで巨大な飛空艇は滅多に見ない。況してや霧の中で生活を送る彼らにとって、初めて間近で見る飛空艇である。
まるでドラゴンの様なその巨大さに、船体の至る所から噴き出す蒸気は、咆哮のように空気を揺らす。
「きっと、スゲェ星騎士が乗ってるんだろうな!」
「王女様の事件と関係あるのかな?」
「第2王女の失踪ね……」
目を輝かせるレジナルドとメファリスに相反して、レイスはその表情を陰らせていた。
その日のうちにうわさはやがて国中へと広がり、世界政府の耳にも届いていた頃──更に大きな事件が世界を揺るがす事となる。
それは、白霧の国・現王位“第13代 白の王”が何者かによって暗殺されたという大事件であった。
第2王女の失踪に続き、国王までもが不在となってしまった【アルビオン王国】は、次第に不穏な空気に包まれてゆく中で、大いなる時代の変革に巻き込まれてゆく。
そして、国王の暗殺を企てた犯人も分からぬまま──2年という歳月が過ぎ去った。
* * * * *
【2年後】
孤児院では、14歳となった年長組に加え、大きくなった子供達がいつもと変わらぬ日常を送っていた。
日も暮れ、些か空がどんよりとした雨模様に包まれている夕方の事。
パラパラと降り出した雨に反して孤児院の中では、とても賑やかに夕食の準備が進められている。修道女アマンダが調理した料理の数々がテーブルを彩り、食器やスプーンにフォークなどを並べている子供達。
料理は海老とオマール貝のパエリア。それに魚のムニエルや骨付き肉のカルパッチョ。シーザーサラダなどなど。
各国との貿易でいろいろな食材が手に入る王都近郊では、多国籍料理が食卓に並ぶ事もさほど珍しくはないのだ。色とりどりでどれも美味しそうな料理に、鼻をくすぐるいい匂いが部屋中を漂い──子供達のおなかを刺激するように“グゥー”と限界の合図を鳴らした。
「星霊の加護に感謝し、限りある命に祝福を──いただきます」
慌てて席に着いた子供達は、アマンダの声に両手を重ね、突き立てた親指を眉間に当てる。
そして、まぶたを静かに閉じて祈りを捧げ始めた。
この世界において“星教”の教えは広く根強いモノであり、世界人口の約8割が星霊なる神を信じている。そして、星の教えを信仰する星教徒は、星の導きによってその魂が守られていると言い伝えられてきた。
「いただきます!」
唐突に眼孔を見開く子供達。物凄い剣幕で皿の上に彩られた豪勢な料理を壮絶な勢いで奪い合う。食事の際に行う“星教”の祈りなど、古い習わしであるかの様にそそくさと済ませて暴れ回る。
そして、テーブルに身を乗り出し、我先にと奪い合うのだ。実に意地汚いと言うべきだろう……。
「取ったぞぉ!」
「コレは私のよっ!」
「離せぇー! 俺の肉ぅ!」
「コラッ! ザック、ナルバ、テーブルに乗らないのっ!」
エミリアがお調子者の2人に叫ぶも、その背後ではアレクとユアが肉の取り合いを始めている。
まるで群雄割拠の戦場へと赴く、ならず者たちだ。あっちでもこっちでも、海老に魚に肉に皿が宙を舞う。年も背丈もバラバラな子供達が血気盛んに食い散らかす様は一驚の情景と言えよう。
「アレク放しなさいよっ!」
「ユア! あんまり調子に乗んなよっ!」
「何よ! 早い者勝ちでしょ⁉︎」
喧嘩っ早いアレクが咄嗟に右手を前に突き出し、霊素をまとわせる。右手から溢れ出す、淡く小さな輝きは──碧色の蛍火となりて、急激に赤く染め上がると、一気にボウッと発火した。
『世界を廻る霊素は、この世の理を示し──万物にその燈を宿す』
この世界には『星霊の加護』なるモノが存在し、加護を与えられた“星の子供達”はその霊素を自在に操り、理の術を授けられるという。
「全員、いい加減にしろ!」
フロドが叫ぶのと同時、唐突に出現した氷塊はテーブルの上に咲き乱れ、アレクの右手諸とも氷漬けにしてしまう。花の結晶とでも言わんばかりの綺麗な氷塊はまるで、水面に浮かぶ睡蓮のように美しく咲き誇る。
掛けていた眼鏡もその霜で曇る程に、全身から冷気を発してフロドが怒っていると、シーンと静まり返った空気を裂くように、横暴なユアが全身に風をまとって反射的に叫んだ。
「フロド! 料理が冷めるじゃない!」
一瞬、静まり返ったかに思えた食卓は、ユアの放つ暴風によって再び始まってしまった。
テーブルに咲いた氷花を暴風の巻き上げる風が粉々に砕き、アレクの右手が再び燃え上がると、砕けた氷塊を一気に溶かす。そして、暖められた熱気に高揚する様に子供達は勢いを増して、再び元気に暴れ出す。
これが、ここ『MOTHER LODGE』という孤児院の日常である。