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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第05話◆
29/73

罪人、暴食の怪蟲 ④

 ジョゼフが喉元を抑え、悶え苦しんでいると不意に堕天(シンラ)の動きが止まる。それは至極不自然に怯えた様子で、ジョゼフの傷口を徐に舐め始めたのだった。それはまるで、仔犬の様に捕食するでもなく、大事そうに傷を労っている様にも見える。


 フリッツ、リファネス、ハンナの3人はその光景を目の当たりにして、呆気に取られているとそこに丁度フロドが戻って来る。その背後にはシェルディ、セラ、オルギスの3人を連れて、異様なその光景に全員の足がピタリと止まった。


「な……何が起きてる?」


 オルギスが驚きを隠せずにボソリと呟くと、堕天(シンラ)がギョロリと4人の方へと目線を向けてニコリと笑った。背筋を翔ける悪寒が咄嗟に4人を身構えさせるが、堕天(シンラ)は一向に襲って来る気配がない。それどころかジョゼフに覆い被さり、ブツブツと何かを囁き始めた。


 ≪トラワレノ……カイライ……ボウショクノ……ヒメ……ガ……クル≫


 堕天(シンラ)は不気味に意味不明な言葉を繰り返し、ジョゼフを大事そうに抱えて蹲る。


 ≪ヤドヌシ……ケツゴウ……ホショク……ユウゴウ……≫


「はっ⁉︎ 何を言ってやがるんだコイツ……暴食の姫って何だよ! 結合? 融合?」


「きゃあああ!」


 その時──セラが突然、悲鳴を上げた。震える様に指差すオルギスの背中には、見た事もない奇怪な羽虫がうじゃうじゃと付いており、気がつくと資料館の中を覆い尽くす程の怪蟲が壁の隙間から次々と現れて全員を襲い始めた。身体中に纏わりついて叩いても叩いても、次々に飛び付いて来る無数の怪蟲。


「何なんだよこの蟲! どっから湧いてきた!」

「きゃあああ! 嫌っ! 来ないで!」

「クソッ! 散れッ! 糞蟲が散れッ! 俺に近寄るな!」


「全員、今すぐ外へ出ろッ!」


 直径10㎝程の怪蟲に襲われたシェルディ達はフロドの掛け声の下、ハンナ達3人を連れて外へと脱出する。堕天(シンラ)がブチ破った外壁から一目散に逃げ出す一同は、身体中に纏わり付いた怪蟲を互いに叩き合い、ふと資料館を見上げた。その光景はまさに、地獄絵図──悍ましいと言う他ないだろう。


 外壁を覆う数多の怪蟲が黒く蠢き、ザワザワと羽音を響かせている。白い筈の資料館の外壁は瞬く間に漆黒へと変貌し、この場所で今──何かが起きるのだと瞬時に理解した。


「何が始まるんだ……」


 不穏な空気の流れに身を震わせ、全員が資料館に群がる怪蟲をただ見上げている。それはまるで、群れが巣を造るように、獲物を群れで捕食するように、統率された軍隊そのモノである。


「あれ……フロドは?」


 ハンナが不意にフロドの姿が見当たらない事に気がついた。辺りを見渡しても、6人しかその場には居ないのだ。声を掛けた当の本人が未だあの中に居るのだとすれば、助けるべきか否か。6人はその疑問を抱きつつも誰ひとりとしてその事を口に出す者はいなかった。


「──あああああああああああぁぁぁッ!」


 すると、資料館の窓を雄叫びと共に突き破り、蠢く怪蟲の群れの中を勢い良く飛び出してきたのはレイス率いるフロド達であった。レイスの放った一撃の後に続き、フロド、リズベット、マーシェルの3人が外へと脱出する。窓を覆いつくしていた怪蟲達をレイスの一撃が粉砕しながらも、飛び出した4人の身体には沢山の怪蟲が纏わりついている。


「気持ち悪い、気持ち悪い!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ……離れろッ!」

「レイス、大丈夫か?」

「蟲、蟲、フロド! 蟲!」


 4人の元気な姿にシェルディ達もホッと胸をなでおろすと、不意に資料館の中から悍ましい程の殺気を感じた。全員が脱出してきた外壁の大穴に目線を咄嗟に向ける。何とは言えぬ得体の知れない殺気。


 ≪≪≪キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア≫≫≫


 そして、無数の奇声が四方八方から鳴り響き、全員の背筋を凍らせた。まるで悪夢の様な叫び声は共鳴し合い、更に仲間を呼んでいるかのような不気味さがその場の空気を恐怖に染め上げる。嵐の前の静けさに似た嫌な感じが肌に纏わりついて離れないのだ。


 ここに堕天(シンラ)が集まろうとしている。ただその事実と既に囲まれている逃げ場のない現実が、全員の思考を鈍らせ、否応なしに襲い来る殺気は次第に大きくなってゆくのだった。


 そして怪蟲の中から殺気と共に姿を現す不気味な少女。手には大鎌を持ち、親指の爪をカチカチと噛みながらレイス達を見据える。


「──ご機嫌よう……英雄候補の皆々様」


 身体中に怪蟲をうじゃうじゃと纏わせて、飄々と笑みを浮かべる包帯まみれの少女。藍色のボブカットに紅蓮の瞳が瞳孔を大きく開き、常軌を逸した殺意を放つ。その存在はまさに──怪物。


「ヤバい……アイツは、アイツだけは駄目だ! 今すぐ逃げなきゃ!」

「……ぁぁぁぁあああああっ! 殺される!」


 レイスとリズベットがその姿を見た途端、急に怯えだした。


「今宵は嫉妬(エンヴィー)の復活祭だ。宴は大いに賑やかな方がいい。迷える魂はこの場に導かれ、ついに宿主を見つけた様だ。今日は実におめでたい! 僕は弟の誕生に立ち会えて本当に嬉しく思っているよ」


 薄ら笑みを浮かべて淡々と話す少女は怪蟲を操り、資料館の奥から黒い塊を運び出す。ドロっとした液体で包まれたその物体に怪蟲達が群がり、キリキリと鳴き喚く。


 ──ピキピキッ……。


「おおぉ! 産まれるぞぉ!」


 少女が興奮した様子で黒い塊を見つめる。次第に外殻はヒビ割れ、中から堕天(シンラ)の様な黒い手が突き出てきた。そして全身が姿を見せると、その姿は異様な形を模していた。


 全身の皮膚はぬめり、背鰭と尾がある。他の堕天(シンラ)とは似ている様でまるで違う。そしてよく見てみるとその顔は、ジョゼフの面をしているのだ。堕天(シンラ)の見分けは難しいけれど、目の前のソレだけはハッキリとジョゼフであると誰もが確信できる。


 しかしその姿は以前とは異なり、例えるのなら人種が違う。


 この世界には数多の人種が存在するが、この白霧の国に於いて主に生活する人種は空人族(ヒュヴァロ)といわれている、最も(いにしえ)の形を残した──太古の人種なのだ。故に霊素(アストラ)の感覚に優れ、世界政府のその多くも空人族(ヒュヴァロ)だとされているが、未だかつて種族が後天的に変異するなど誰も聞いた事がなかった。


 しかし現に今、目の前に現れたジョゼフ・キールはまるで別人。堕天(シンラ)化をしているもののエラがあり、以前より長い首──その姿はまさに明鏡の国=アトラス帝国に住まうとされている魚鏡族(フィッツ)のそれであった。


「おいおいおいおい! あれ……ジョゼフだよな?」


 フリッツが驚愕の表情を浮かべてジョゼフに指をさす。あれがジョゼフなのは全員分かりきってはいたけれど、答えられる者などこの場に居る筈がない。それ処か、いかにこの状況を打開するかを模索する気力すらも、彼らには残されていなかった。ただ全員の脳裏に過った事は単純な『逃げる』という選択肢のみである。


「ほら、目を覚ましなよ嫉妬(エンヴィー)。君の獲物が逃げちゃうよ?」

「んぅ……あ、あれ……俺、確か死んだ様な」


 目を覚ましたジョゼフが朧げな記憶を辿るのだが、曖昧な記憶に残された感情は生きたいという欲望のみ。願わずにはいられなかった生への渇望。それが、恨みへと変わり、嫉妬に変わる。


「生きたかった……死にたくなかった……俺は……誰だ?」

「君の証は嫉妬(エンヴィー)。その罪を知る者だよ。そして、僕らの兄弟だ!」


 少女はジョゼフの頬を摩り、不敵にほほ笑む。


「さぁ! 食い漁れ! 今宵は我が暴食の宴よ! 暴れ狂え! 喰い踊れ! 暴食(グラトニー)


 少女が叫ぶと同時、資料館を覆っていた怪蟲達が一斉に羽を鳴らし、空高く飛び上がる。羽の擦れる音がチリチリと甲高く鼓膜を刺し、この試験会場を覆う鳥籠の結界壁にその身で全てを埋め尽くした。外界からの光を一切遮断し、鳥籠の中は暗黒の闇に包まれる。逃げ場などどこにも存在しないと、思い知らされる絶望の暗闇。


「はぁ……はぁ……ぐはぁッ……レ、レイス……誰か……く、首に……」


 隣にいたマーシェルが苦しそうに声をあげる。暗闇に目が慣れてきたレイスがそっと横を向くと、マーシェルの喉元に噛みついたジョゼフの頭が見えた。鋭い牙をその喉元に突き立てて、暗闇の中から不気味に伸びた首がマーシェルの喉元を一気に喰い千切る。


 肉の裂ける音が暗闇に響き、レイスは全身に血飛沫を浴びた。蘇る恐怖心。迫り来る絶望を想像し、ジョゼフの頭を見つめる。喰い千切った肉を咥え、スルリと伸びていた首を元に戻し、ジョゼフは美味しそうにゴクリと肉を飲み込む。


(あれが、ジョゼフ……どうなっているんだ? 嫉妬(エンヴィー)って何だ……ミアの時とは違うのか? 何でジョゼフが堕天(シンラ)に……? それにあの姿は何だ?)


「全員、この場から逃げろ! 誰にも構うな! 自分が助かる事だけを考えろ!」


 突然の暗闇にいち早く対応したシェルディが大声を上げた。すると、周囲を取り囲んでいた堕天(シンラ)の存在が直ぐそこにまで迫っている事実に気がつき、我に返るレイス。


 ≪キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア≫


「はぁ……はぁ……うっ……ああああああああああああああああああああああ!」


 しかし、徐々に迫りくる数多の奇声にレイスの身体がドクンッと悲鳴を上げた。突然、全身を襲う激痛。骨の髄まで火照る様な高熱に、奪われてゆく体力。額には尋常じゃない程の汗が噴き出し、全身が震え始めていた。

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