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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第05話◆
28/73

罪人、暴食の怪蟲 ③

 そして現在、シェルディが堕天(シンラ)の足止めをしている隙に5人は3Fのこの書庫に隠れたらしいのだが……話を考慮した上でも生き残っている可能性があるのは、シェルディただ1人だけである。俯く5人にフロドは少し陰った瞳で話を続ける。


「そうか、レイスは……その子をかばって……」

「アイツの爪を全身で受け止めて、心臓を一突きだった。リズベットをかばったから……あんな事に。とても優しい子だったよ……私、見ている事しか出来なくて……ごめんなさい」


(ハンナを見ていると、昔の泣き虫なレイスを思い出す。あの頃みたいに臆病なままだったら、こんな死に方をしなかっただろうに、勇気と信念の代償か……心臓を一突き……)


 フロドはハンナの頭に手をのせ、そっと眼鏡を外して涙を拭った。死んだ事を受け入れらず、フロドの中ではその事実を確かめる他に自身を納得させる事は出来ない。だからこそ、彼らの協力はフロドにとってもありがたかった。


 対面で堕天(シンラ)と殺り合う自信なんてない。そもそも、フロドは対象を殺す術を持っていないのだから、必然的に1人で倒す事は出来ないのだ。


「気にするな。レイスの最後が知れただけでも良かったよ。帰ったら、アイツも家族と一緒に埋葬してやらないといけないなぁ。遺体はどの辺にあるんだ? 出来る事なら、喰われない様にしたいんだが……」

「レイスの遺体は恐らく2Fの階段付近にある筈。けど、シェルディが堕天(シンラ)を倒していなかったら2Fにまだあのバケモノがいる可能性は高い。そして、シェルディもそこにいるか、既に逃げたか喰われているかのどちらかだ。まぁ、シェルディが他の奴らにそこまでする義理はないから、逃げていても責めやしないが、もしもまだ堕天(シンラ)もシェルディもいたとして、その時はシェルディを連れて逃げる事が最優先だ」


「あぁ、それで構わない。そこら辺はジョゼフに任せるよ」

「わかった。なら急ごう。中央貴族と言えど、シェルディは俺達を一度救ってくれている。マーシェルもリズベットもまだ生きているかもしれないしな」


 言葉の反面、フロドはシェルディの救出など微塵も考慮などしてはいない。常に冷静で冷酷な判断をする事が出来る。それがフロド=バーキンスという少年の本質。レイスの為なら、他人を容易に切り離せるのだ。利用し、搾取した上で切り捨てる。知り合ったばかりの見ず知らずの彼らなら尚の事。


「おう! 気合なら十分だぜ!」

「フリッツ、あんまり先走るなよ」


 リファネスがはしゃぐフリッツに注意している横でハンナが歩み寄る。


「リファネス、それちょっと頂戴」

「ハンナ……白籠の豆薬が欲しいのか? しょ、しょうがないな」


 食べ物に関して人に譲る事を嫌うリファネスが、珍しくハンナに白籠の豆薬を3粒も手渡した。その光景にジョゼフとフリッツとベンの3人が驚いた様に目を見開く。今まで一度もくれなかったあのリファネスが、女の子に対しては甘いと言う事実を目の当たりにしたのだ。


 そして、その行為に対して平然とベンの所へと歩み寄るハンナ。


「ベンこれ食べな、高エネルギー食らしいから! きっと、元気出るよ」

「ありがとうハンナ。貰うよ? リファネス……」


 白い豆粒をハンナがベンに手渡し、気を利かせたのか、皆の視線に耐えかねたのか、リファネスが全員に1粒ずつ豆薬を配った。ハンナが言うには高エネルギー食のこの白い豆粒には、1粒に3日分の栄養素と即効性の興奮作用が含まれているらしい。


 脳内からアドレナリンを分泌し、一時的に恐怖心を薄れさせる効果を持つという。全員がその豆粒を口に含み、ドアの前に威勢よく顔を連ねる。本棚で塞がれたドアを前に全員が口に含んだ豆粒を噛み砕き、飲み込んだ瞬間──表情がガラリと一変し、恐怖の色が微塵もなく闘気へと変わる。


 鼓動はドクンッドクンッと鼓膜を叩き、神経を通じて全身の感覚が研ぎ澄まされてゆく。


「行くぞ!」


 ジョゼフの掛け声と共に部屋を一斉に飛び出した一同は一目散に廊下を駆け抜け、階段を駆け下りるとレイスの元まで真っ直ぐに目指した。そこにレイスが倒れている筈だと信じて……しかし、実際にその場所へ来て見ると大量の血痕だけが床に広がっており、レイスの姿はなかった。


 そして、中央階段を引き摺る様に1Fへと続く血痕。


「もう、喰われちまったのか?」

「いや、分からないけど。異様に静か過ぎないか? 堕天(シンラ)もシェルディの気配もない。それにリズベットとマーシェルもいないぞ」


 フリッツとジョゼフが話している横でフロドが痕跡を探る。争った跡は目立たないけれど、そこら中に傷があり、引き摺られた血痕もあのバケモノにしては丁寧だった。孤児院でエミリアが引き摺られていた血痕はゆらゆらと浪打、所々に臓器が転がっていたのだ。


 その事を考えれば、レイスを喰わずに運び、深手に負担の掛からない様な慎重さ。まるで人が保護する様に運んだと考えた方が、この状況の全てに合点がいく。


「レイスは生きているかも知れない!」

「おい! フロド! 待てっ!」


 フロドは慌てて階段を駆け下り、血痕を辿って走ってゆく。他の5人もフロドを見失わない様にその背中を追いかけて、ピタリとフロドが立ち止まるのと同時、ベンの上半身が吹き飛んだ。


 ベンの後方を走っていたハンナが突然の出来事に悲鳴を上げ、フロドが振り返ると崩れ落ちるベンの下半身がその目に映る。震え泣き喚くハンナ。ジョゼフは咄嗟にベンの方へと駆け出し、茫然と立ち尽くすリファネスと必死に逃げ惑うフリッツ。


堕天(シンラ)だぁぁぁっぁあ!」

「…………えっ」

「嫌だぁ……わ、私、死にたくない! 死にたくないよ! 来るんじゃなかった! ああぁぁっぁあ、誰かっ……た、助けて! もう、家に帰りたいよぉ!」

「全員、落ち着けっ! 殺されるぞ!」


 フロドの想像を遥かに超える程、彼らの精神状態は非常に脆かったのだろう。ジョゼフはなんとか奮起している様だが、他の3人に関しては既に戦闘を放棄している。フロドの中で確かにあった彼らへの利用価値は、この瞬間に囮へと変わる。


「フロド! 堕天(シンラ)だっ……」


 ジョゼフがフロドの立っていた場所へ目線を向けると、そこには既にフロドの姿はなかった。自身が見捨てられ、見限られたのだと知りただ絶望するジョゼフ。この状況での裏切り、まさに己がレイス達にした行為の仕返しなのだろうか? そんな事を脳裏が過る間にジョゼフの首元へと堕天(シンラ)の鋭い爪が伸びる。


「グハッ……フ、フロ……ド」


 噴き出す血飛沫を左手で抑え、フロドの居た場所に手を伸ばす。声帯を潰され、とめどなくあふれ出る自身の血はとても温かい。


(フロド……なんで、俺達をあの書庫から連れ出した。レイスの事を聞いてから様子が可笑しいとは思っていたが、俺達を最初から囮にするつもりだったのか? くそ、こんな死に様なんて……嫌だ。俺は生きたい。何を失ってでも生きていたい!)


 フロドは5人を囮に1人、痕跡の先へと進んでいた。まるで、罪悪感の一切も迷いもない様に、然もその行いが当然であるかの様なレイスの事だけを想い、直走る。


「レイス!」


 痕跡が続く扉を開けて部屋の中に入るとそこは医務室だった。中にはベッドに横たわるレイスとあのイケ好かないシェルディがいて、近くには見知らぬ2人とあの談話室でシェルディと共にいた中央貴族の2人も合流している。白髪のセラがレイスの治癒を行っている最中であった。


「あ゛っ? 誰だテメェ?」

「お前、あの時の眼鏡! コイツと同じ孤児院育ちの奴だろ?」

「そういう言い方はよしなよ。これでも一応、現状では味方っていう位置付けなんだからさ。リズベットの命の恩人の仲間なんだから! 心配しなくてもこの子は生きてるわよ。彼女達の事は知ってる?」

「リズベットとマーシェルか?」

「そう! 俺はマーシェル」

「私が、リズベットよ。レイスにはこの命を2度も救われた。感謝してもしきれない程に恩があるの。絶対に死なせないから!」


 耳が聞こえないと聞いていたが、彼女も治癒してもらったのだろうと察し、フロドは黙ってセラの治癒術に目を向ける。繊細な霊素(アストラ)操作にレイスの肉体は徐々に再生をしてゆく。フロドでさえ、レイス程の深手を治癒するには丸1日は要する程の傷が綺麗に塞がってゆくのだ。


「ありがとう……でも何で、シェルディがここにいる? 堕天(シンラ)はどうした?」


 フロドはふと気になってシェルディを見つめ、堕天(シンラ)について問いただす。


「何でお前、俺の名前を知ってんだ? 誰かに聞いたか? いや、どうでもいいか。心配するな、堕天(シンラ)ならキッチリ殺したよ。俺を誰だと思っているんだ? バーロック家だぞ。堕天(シンラ)の第一形態なら過去にも何度か殺してる。その後直ぐにセラとオルギスと合流してリズベットの話を聞いた。そんで、今だ」

「私とリズベットは幼馴染なのよ。小さい頃はよく一緒に遊んでた親友なの。ここで再会するまでは気が付かなかったけど、そんな親友がこの子の事を助けてって言うからさ。事情を聞けば、助けずにはいられないでしょ。彼女の存在が無ければ私はこうしてリズベットと再会する事も出来なかった。本当に彼女には感謝しているのよ」


 治癒を終えたセラがレイスの顔を見て、優しく微笑む。それは談話室で見せた蔑む様な目ではなく、紛れもなく感謝と慈愛に溢れた表情であった。深く、フロドは感謝の意を述べ、レイスの手を握る。


「助けてくれて、ありがとうございます! でも、一つだけお願いがあります」

「お願い?」

「何だよ? 言ってみろっ!」


「レイスが女だと言う事実は、この先ずっと伏せていてもらいたい。事情は俺にもよく分からないんだけど、レイスの意思なんだ。拒むと言うなら、例え命の恩人であろうともここで俺が全員殺す!」


 全身から迸る冷気に部屋の中が徐々に凍ってゆく。監視カメラもなければ、失格になる事もないだろう。しかし、こんな狭い部屋の中で、5人を相手にしようと息巻くフロドにシェルディが鼻で笑った。


「フフッ……安心しろ、誰にも言わねぇよ。クソチビの事は気に入ってる。それにリズベットもセラも感謝しているんだ。どんな事情にせよ。コイツの秘密は守るよ」

「俺もシェルディに同意見だ。談話室では悪かったな。アンタ名前は?」

「フロド=バーキンスだ。それと、レイスはクソチビじゃない!」


「お前、コイツの事が好きなのか?」

「……あぁ」


 複雑そうな表情を浮かべるフロドは冷気を抑え、見捨ててきたジョゼフ達の話をする。もう死んでいるかも知れないけれど、レイスが生きていると知った今──フロドの中で彼らに対し、多少なりとも罪悪感が芽生えていたのだった。


 そして、フロドは中央貴族のシェルディ・セラ・オルギスの3人と共に再び堕天(シンラ)の元へと向かう。

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