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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第05話◆
26/73

罪人、暴食の怪蟲 ①

 レイスの死を知らされたフロドは、異様な程に落ち着いていた。不気味に平静を保つその心境は誰にも計り知れないけれど、ハンナの手を握るその手には少なからず、動揺の色は見えていない。まるでレイスが死んだという事実を信じてすらいない様子だった。


 フロドにとってレイスという存在は計り知れない程に大きい。5人が思っている以上にフロドの中でその存在が全てであり、支えとなる主軸そのモノなのだ。その主軸を失うという事は即ち、生きる意味を失う事と同意である。


「助けるって言っていたが、この建物内に他の奴もまだ生きているのか?」

「あぁ、そうだ……元々、俺達は9人で行動していたんだ。人数は多いに越した事はないってジョゼフが言い出してな。出会った相手を説得し、団体行動で危険を分散させた方が互いに理があると。俺とリファネスが最初にジョゼフと出会った。その後すぐにレイスとリズベットって女に出会い、その後がハンナだ。そしてベンとマーシェル。最後がシェルディっていう橙髪の中央貴族だった。奴は強いだろうから、恐らくはまだ生きていると思うけど……他の連中は……どうだろうな」


 フリッツの話によれば、最後に合流したというあの特権階級の中央貴族。イケ好かない橙髪のシェルディに窮地を助けられ、何とかこの資料館まで逃げてきたのだという。それは、フロドが合流する30分前の出来事であり、この資料館に彼らが籠城せざるを得ない状況に至るまでの話である。



* * * * *



「あの建物まで逃げろぉー!」


 ジョゼフの掛け声に走り出す一同。無我夢中で駆けてゆくその背後には、堕天(シンラ)と対峙するシェルディとレイスの姿があった。


 禍々しい霊素(アストラ)を放つ堕天(シンラ)に対して、好戦的なシェルディは霊素(アストラ)を纏った剣で幾度も斬りかかる。その剣捌きは貴族特有の綺麗な無駄のない動きをしており、荒々しいレジナルドとは対照的であった。共に鍛錬をしてきたレイスからすれば、レジナルドと劣らない程の実力である事は瞬時に理解できた。


「おい、そこのチビ! お前もさっさと建物へ逃げろ!」

「なっ……誰がチビだ! 僕も戦うに決まっているだろ! 君1人に戦わせる訳にはいかないんだよ。僕には僕の通すべき信念がある」


 レイスは交戦するシェルディの後ろでトンファーを右手に取り出し、全身を霊素(アストラ)で纏う。その表情は実に落ち着き、肝が据わっているかのように深く息を吐いた。腰を落とし、下腹部から徐々に息を吐きだす事で、集中力を高めている。


(コイツ、印象とはまるで別人だな。貧弱でモヤシみたいな奴だと思っていたが、全身を覆う程の霊素(アストラ)量を永続的に放出してやがる。それに、面構えが急に変わったというか)


「合図をしたら、先に建物へ逃げて! 僕も後から直ぐに追うから」

「はっ⁉ ふざけんな! テメェみたいなモヤシが、1人で足止め出来ると思うなよ! このバケモンは生半可な霊素(アストラ)操作で傷付けられる程……」


 シェルディがなんとか持ちこたえている激しい攻防の合間に、レイスがトンファーに霊素(アストラ)を集約させてゆく。星騎士がそうしていた様に見様見真似で膨大な霊素(アストラ)を圧縮し、高密度で纏わせてゆく。薄いベールの様な淡い輝きに以前の様な猛々しさは感じられないけれど、静かなる威圧が黒龍(ヘイロン)のトンファーを包み込む。


「今だっ!」

「おい! 人の話を聞けっ……て……」


 それはまさに、刹那であった。残像は直線にレイスは一瞬で堕天(シンラ)の間合いに跳び込み、異常な瞬発力と超加速によって放たれたその一撃は──正に、堕天(シンラ)を穿つ。


 轟音は空気を揺らし、突き抜けたレイスの右腕はその青血に染まる。


「今度は吹き飛ばさずに貫けた! 質量を増やしたから……」


 ≪グッ……アア……ギギィ…… ≫


「直ぐに離れろ! 馬鹿が、死ぬぞっ!」


 トンファーによって穿たれた堕天(シンラ)はレイスを見下ろし、ニンマリと不気味な笑みを浮かべて立っていた。涎を垂らし、自身の腹部が吹き飛んだ事すら、気にも止めていない様子だ。


「えっ……嘘だろっ!」

「クソッ! トロトロしてんじゃねぇよ!」


 振り下ろされた堕天(シンラ)の両腕を瞬時に弾き、レイスを連れて建物へと走るシェルディ。呆気に取られていたレイスはふと我に返り、シェルディに抱えられている事よりも堕天(シンラ)が生きている事に驚きを隠せずにいた。


「何で生きてんだよ! 胴体を貫いたんだぞ!」

「アイツらの肉体は直ぐに再生するんだよ。これだから中央貴族じゃねぇ奴は引っ込んでろって言ったんだ! 無闇にアイツを刺激しやがって、殺すなら頭部を狙え! アイツらは基本的に強靭な皮膚と怪物並の筋力を持ってんだ。あの細長い手足の何処からそんな力が出るのかなんざ、俺も知ったこっちゃねぇけどよ。ちょっとやそっとの傷を与えた位で油断してたら、直ぐに殺されるぞ!」


 ≪キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!≫


 背筋を刺す様な奇声に建物へと向かう2人の視線が背後へと向く。


「もう、再生してやがる。クソッ……先に行けっ!」

「でも……」


「レイス! シェルディ! こっちだ!」


 いつの間にか積み上げられた入り口のバリケードの隙間から、ジョゼフが呼びかける。いくら堕天(シンラ)と言えども、あのバリケードを掻い潜り、建物へと侵入する事は容易ではないだろうとシェルディが咄嗟に走る方向を切り替える。レイスを抱え、有無を言わさずジョゼフの下へ放り投げた。


「バカぁっあああああっ!」

「よし! 捕まえた。レイス、早く入れ! シェルディも早くしろ!」

「仕方ねぇ。緊急事態だ」


 徐に腰から取り出した発煙弾を頭上に向かって発砲すると、シェルディはジョゼフのいる小さな隙間を掻い潜り、建物内へと非難する。直ぐに他の皆が隙間を塞ぎ、息を切らした様に寝転がるシェルディとジョゼフの2人は互いに目を合わせていた。レイスは人に投げられた事もあってか、些か不思議な気分で天井を見上げている。


(こいつ、談話室では鼻につく様な態度をしていたが、意外に良い奴なのかもしれないな。僕達を助ける義理なんてないだろうに、それでも自身が盾になって皆を守るとは本当に意外だ。リズベットと知り合いだって言っていたが、悪そうなのは面だけなのかも知れない……)


「おい、シェルディ。発煙弾なんか、何で撃った?」

「仲間に応援を頼む為だよ。この試験にはセラとオルギスって俺の同期が一緒に参加しているんだ。アイツらとは何かあればこの発煙弾を合図に集合する事になってる。他の連中も集まりかねないが、この状況下だ。戦力は多いに越した事はねぇだろ? テメェもそう言ってただろうが、ジョゼフ」

「流石、中央貴族様は違うね。俺達なんてあのバケモノを見たらビビっちまって……」

「しょうがないよ。私達地方なんだから」

「確かに……あんなバケモノ見た事もないな」

「シェルディはあのバケモノについて色々と知ってんのか?」


 マーシェルがシェルディに質問をしたその瞬間、物凄い音と共に目の前の壁が吹き飛び、砂塵の中から紅蓮の瞳がこちらを見据えて、全員の恐怖を煽る。怒号の雄叫びは耳を裂く様に全員の動きを鈍らせ、走り出すコンマ数秒を遅らせる。


「マジかよっ! 入ってきやがった!」

「全員! 上へ今すぐ逃げろぉ! ここは俺が足止めする!」


 威勢よく剣を構え全員にげきを飛ばすシェルディは、勇猛果敢に皆の盾となって堕天(シンラ)の目の前に立ち塞がる!

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