鳥籠に囚われた傀儡 ⑤
一方、レジナルド達4人は無事中央で集まる事に成功しており、1番足の速いレイスの到着が遅れている事にただただ不安を抱いているのだった。古民家の様な建物に身を隠し、レイスの到着を待っていたのだがレイスが現れる訳もなく、時間だけが無情にも過ぎてゆく現状。
「レイスの事だから、逃げ回って中央に辿り着けないんじゃないかな?」
「あり得る。レイスの奴が真っ直ぐ向かうなんてありえないからね」
「俺は最初に着いてると思ったんだけどな……厄介事にでも巻き込まれたか? 取り敢えずリアを捜索するか、このまま4人で試験をこなすかだ。どうする?」
「俺はレイスを探した方がいいと思うけど、アレクとユアが嫌なら俺だけでも探しに行くよ。レジナルドは2人に付いてやってくれないか。レイスは俺に任せろよ」
フロドはこういう場合レイスを優先しがちなのだが、他もフロドと同じだとは限らない。況してや試験で個々の人生が掛かっているのだから、レイス1人に時間を割いている余裕もないだろうと考えるフロドが、悟った様に単独行動を申し出た。
「フロドがそれでいいなら、俺達は別に構わないぜ」
「そうね。私も異論はないわ」
「いつも損な役回りばかり、すまないな」
「レジナルドが気にする事じゃないよ。それに俺は別に星騎士にこだわっている訳じゃないからね。試験よりも仲間の安否の方が大事なだけさ」
心優しいフロドの思いを酌んで、レジナルドがフロドにレイスの捜索を託すと何とも言えない表情を浮かべるフロドに何処となく不安な気持ちが過った。このまま1人で行かせていいものか。その疑念は晴れる事もなく、フロドは古民家を後にする。
「じゃあな3人共、気を付けろよ!」
「おう。フロドも……」
颯爽とレイスの捜索へ向かったフロドを除いて、3人は試験へと挑む。バケモノが蠢く鳥籠で同じ志を抱く者達とのポイント争奪戦。
建物から一斉に飛び出し、標的の散策と襲撃を警戒して建物から建物へと素早く移動する3人。マントは風に揺らめきながらも、3人の霊素を覆い隠す。感知能力に長けている者は他者の霊素を感じ取り、その位置と相手の資質にまで干渉できるという。
孤児院の彼らを含め、受験者達が一様にマントを纏っているのには自身の霊素をある程度、隠す為でもあるのだ。それでも尚、レイスが微かな霊素に反応出来ているのは、メファリスが関与しているのだろうと推察される。
「高い建物へ移動した方がよくないか?」
「それだと、他の参加者との接触も可能性が上がるから、避けた方が逆にいいと思うのだけれど」
「そうだね。参加者同士の潰し合いに興味はないし、標的が被るのも出来れば避けたい。先ずは標的との接触が第一優先だけれど、基本的にヒット&アウェイでいく。怪我を負わされただけでも試験合格への道は絶たれるだろうし、直ぐに治療も出来ないとなると最悪の場合──死ぬ」
レジナルドの発言にピリつく2人。その事実は考えていなかった訳ではないけれど、改めて言われると深刻な状況下である事を悟らざるを得ない。常に死が付きまとい、多少の傷でさえ命を脅かしかねないのだ。試験終了までの凡そ3時間──性質変化も固有能力も使用不可なこの状況下で身体能力と格闘技術のみで生き残らなければならないのだから、効率的にポイントを稼ぐのは必須。
それにあの惨劇を起こした堕天との戦闘である事を考えれば、至極当然な話。3人はいつにも増して慎重に物陰を利用し、身を隠しながらゆっくりと移動してゆく。
そこに突然、大きな物音が聞こえてきた。
「しっ……物音だ。標的かもしれない」
「早速、遭遇できるとは運がいいな」
「バカね。運が良いかは状況次第でしょ?」
アレクのお気楽加減に怪訝な表情を浮かべたユア。
目の前には古びた屋敷。入り口は半壊しており、大きな庭は戦闘があったであろう爪痕がいくつも残っていた。物音のする建物へと入ってゆくレジナルドは入り口を確認し、異常がない事が分かると2人を手招きして更に奥へと進む3人。
既に戦闘が終結している事からも凡そ、その物音が全てを物語っている。ホールの先に続く廊下は血に塗れ、その激しさに身を震わせ、慎重に進むと廊下はやがて大広間へと繋がっていた。物音は大広間全体に響くような大きさでクチャクチャと肉を喰い千切る音や骨を削る様なガリガリとした音が3人の背筋を凍らせる。
3人の目の前には想像を遥かに超える地獄絵図が待っていた。血に染まる大広間。肉や骨が散乱し、惨たらしい死体がいくつも広がっている受験者達の墓場。
そして、その死体に群がる5匹の堕天。
もうそれは獣に喰い荒らされていると言うにはあまりにも酷く、黒い大きな何かが長い手足を伸ばし、肉を貪り、不気味な笑みを浮かべて奇声を上げている悍ましくも──現実味に溢れた残酷な光景。
「う゛ッ……」
ユアが吐き気と共に物陰へと身を寄せ、目線を逸らす。見ていられない程に気味が悪い。集団で行動するなどという発想は3人にはなかった。それはメファリスの一件があったからだろうか。そもそも、標的が1個体で行動するなどという安易な思考が必然的に甘かったのだ。
数で攻めれば何とかなるだろうなどという絵空事に対して現実は、心臓を抉るかの如く鋭利な真実を突きつけてくる。奴らは群れる。ただその事実だけが、その誤算が受験者達全ての計画を狂わせた。
手も足も出せず、蹂躙されるだけの補色対象の彼らには、なす術などありはしない。こちらが狩るのではなくただ一方的に狩られる側なのだと気づかされた真実。
「レジナルド……」
「しっ! 音を立てるな。いいな、リアが言っていた。奴らは音に反応して襲ってくる。視力も嗅覚も殆ど機能はしていない。その分、聴覚のみで空間を把握し、獲物を識別しているんだ。だから慎重に、奴らがまだ肉を貪っている間にこの場を離れるぞ」
「ちょっと待って……」
小声で話す2人の会話に物陰で身を隠していたユアが、奥にまだ人がいる事を示唆する。それは余りにも絶望的な事実であり、彼らを助けるには余りにも戦力が足らな過ぎる。堕天達が蠢く大広間の更に奥。
物陰に身を隠している放心状態の彼らを助ける術など、現状ではないに等しい。
「ユア、諦めろ。アレクもさっさと行くぞ」
「おい、良いのかよ?」
「助けられない? 私達でどうにか……」
「俺達に何が出来る? 試験終了まであそこで息を潜めていた方が助かる可能性は高い。無闇に助けて俺達まで死んじまったら本末転倒だろう」
「そうかもしんねぇけどよ……アイツらの顔、見たらよ……」
悲愴。絶望。仲間の死を目の当たりに自身の尊厳を失くした人間の末路。そんな顔をした連中がただ殺されるまでの時間をジッと待ち続けている。彼らに希望などありはしない。ただ蹂躙されるその時を自身の肉が喰い千切られるその時を家畜の様に待ち続けるだけ。
「私、やっぱり……」
「おい! ユア」
「マジかよっ! アイツ……」
後悔に背を引かれ、廊下を戻るユアは再び大広間までやってくると彼らが今、ちょうど喰い殺されている最中であった。喚くともなく、ただ静かに涙と血が入り混じり、少女は戻ってきたユアに気が付き、悲愴な表情を浮かべて目を見開く。
「あ゛……ぁ、だ、助けっ……」
必死に手を伸ばす少女は既に下半身がなく、臓物が全て床に広がり出ていた。その臓物をバケモノ達が食い荒らし、他の隠れていた受験者達も次々に喰い殺されてゆく。
これが現実。手を差し伸べる事も出来ず、蹂躙される弱者を目の当たりに己の弱さを知る。そして自身の安全を確保する為、弱者は現実から目を背ける事しか出来ないのだ。あんな死に方は嫌だと、むしろ安堵すらしてしまう。それが、心の弱い者の心理。抗えない事だと分かっていてもそれでも尚、思わずにはいられない。
(私じゃなくて、良かった……)
そっとユアは振り返り、廊下を戻ってゆく。その背後で起きた出来事など関係ない様な表情をして、薄れた感情の上をそっと涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「行こう、ユア」
「マジかよ……こんな事って……」
「うっ……ごめんなさい。私……」
「俺達は強い訳じゃないし、誰しもが劇的に死ねるとは限らない。世の中が喰うか喰われるかの二択なら、俺達は泥水啜ってでも捕食する側になるだけだ! どんなに残酷な決断であろうとも、俺達は喰う側の選択をし続けるんだよ。英雄になろうなんて考えは、いつかその身を亡ぼす」
「英雄……レジナルドは多分、正しいよ。俺には分かんねぇけど、俺はもっと強くなりてぇ。ただそれだけだ」
3人がそれぞれに違う現実を突きつけられたのだろう。思いは違い、信念が必ずしも一緒とは限らない。それぞれが違う思いをその胸に秘めて、その場を後にした。今はまだ弱者である事を胸に刻み、気を引き締める3人は戦力を増やす為、人の集まる中央へと再び向かう。




