鳥籠に囚われた傀儡 ②
「標的が何であれ、俺達は普段通りに行こう。アイラと俺の連携があれば王都の貴族連中にすら劣らないのだから、確実に標的を狩るだけだ」
「ワイルは真面目だねぇ。まっ、サポートでポイントが稼げるのはウチにとってもありがたい事なんだけどね。即席でグループを組んでいる様な連中にはウチらみたいな役割分担がない分、連携に粗がどうしても出来てしまうのよね。それは即ち、裏切りの引き金を自ら引きに行くようなもの」
大楯とランスを背負った大柄な少年ワイルと弓矢を腰に据えた少女アイラもまた、後方から行列を眺めている内の1組だ。地方貴族である彼らにとって顔見知りはそれ程に多くはないけれど、長年パートナーとして共に訓練を受けてきた2人にとって類稀なる連携を自負していた。
そんな過信が今後、何の役にも立たちはしない事すらも知り得ない2人は、有象無象に紛れる影に気が付く事は決してないであろう。バケモノの存在に気を取られ、内に潜む怪物は確実に2人の背後へと迫っていた。
そして、怪物は2人の肩をかすめ、ふらつきながら歩いて行く。
「ちょっと……」
「おいっ! 何だ、アイツ? 気味の悪い奴だな……」
「──すみません」
不意に2人の間を通り過ぎた小柄な少女。受験者達に肩をぶつけながら、フラフラと扉の方へと歩いていった。
藍色の髪に手足を包帯で巻いた幼気なその姿に、2人は思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
明らかな挙動不審でキョロキョロと見渡ている少女の手足には、どれ程の死線を潜り抜けてきたのか分からない程の傷が、包帯の隙間から垣間見える。
そして、2人を背にその表情は一切の綻びもなく、冷淡に口角だけがキュッと吊り上った。
「あぁ……早く、喰いたいなぁ」
虚な瞳で少女は──不敵に笑う。受験者の誰もが彼女の脅威性に気が付く事もなく、それぞれに割り振られた番号の扉の前へ向かっていた。各々の武器を整え、試験開始の合図を待ちわびている。
ある者は自信に溢れ、またある者は命のやり取りに恐怖し、レイスもまた不安と恐怖に押しつぶされそうになっていた。またあの惨劇が繰り返されるのかと想像するだけで足が竦み、視界がぼやけて吐き気がする。
「──受験者の皆さま目の前にあるモニター画面にご注目下さい。それではこれより、ルールの再確認と違反者に伴うペナルティについて説明します」
各々の扉に設けられた窓枠程のモニター画面。そこに映し出されたジェリスの姿は受験者達の視線を集め、淡々とした調子で話を続ける。モニターには先程のポイント表が表示されており、ジェリスの声はモニターから鮮明に聴こえてくるのだ。教団の設備はどれも街中では見られない様な高度な機器類ばかりで、他国からの貿易によって見慣れぬ文明が持ち込まれる事は多々あるのだと言う。
『【ポイント表】
1pt.仲間のサポート
2pt.仲間の殺害
3pt.標的の抹殺
4pt.特異点の捕縛
5pt.特異点の抹殺』
「今、皆様の画面に映し出されているポイント表を基準に、監視カメラの映像から教団側が独断と偏見でポイントを振ります。施設内にて無数の監視カメラ及び音声装置が備え付けられておりますが、これらの設備を壊すなどの行為は一度につき-1pt.の減点対象となりますのでご了承ください。また、各エリアごとに一ヵ所ずつポイントの確認をする専用モニターが設置されておりますので、現状の順位や取得ポイント数の確認には、そちらをご利用下さい。最後にもう一度──本試験では性質変換及び、固有能力の一切を使用禁止とし、その使用が確認された者に関しては即時失格。受験資格の剥奪に伴い、未来永劫──教団への受験資格を禁ずる。それでは、合図と共に開錠致しますので、合図があるまでその場にてお待ち下さい」
高鳴る鼓動はひしひしと受験者達の不安を煽り、眼前に重く閉ざされたその扉が、今か今かと開くのを待ちわびていた。
巨大な擬似都市の中に解き放たれたバケモノが無数の奇声を上げ、その雄叫びがこれから始まる命のやり取りを受験者達の脳裏に予感させる。信頼関係も築かれぬまま、互いに腹の内を読み合う。
この試験に於いて、殺し合いは必然──謂わば、弱肉強食の生存競争である。
ドーム状に擬似都市を取り囲んだ防壁は、受験者やバケモノを外へ出さない為に設けられた通称:鳥籠と呼ばれ、一度入った者は外から開錠がない限り、外へ出る事は許されないまさに隔離の籠。
「──ほほほっ、間に合ったわい。相変わらず、この巨大な鳥籠は迫力が違うの」
「ジジィが寄り道なんかするから、結局ギリギリになんだよ」
「アルフレッドも一緒になって楽しんでいたではないか」
コツンコツンと巨大な煙管を杖替わりに持った袴姿の老人。その両脇を若い男女が腰に立派な剣を据えて、ジェリスの背後から歩み寄る。ジェリスは声に振り向き、3人の姿を捉えるとキョトンとした表情で呆気にとられているのだった。
「──げ、元帥様! それに、御二方は“教団の二本劔”ではありませんか。どうして、こちらへ?」
ジェリスが驚きを隠せずにいるのも不思議ではない。白霧の教団に於いて国家最高権力を有する元帥とその側近にして、教団の最強戦力を有する精鋭騎士長の2人が連絡もなしに突然、目の前に現れたのだから。
「ジジィがどうしても孫の試験が見たいって言うからさ」
精鋭騎士長にして“教団の二本劔”と謳われているアルフレッド=フーパー。
金髪に青い瞳を輝かせた好青年で、史上最年少で熾天卿の称号を持つ天才。白霧の国始まって以来の逸材との評価は妥当であり、正義を猛進する──霹靂の剣星。
「我々はその付き添いです」
精鋭騎士長にして“教団の二本劔”と謳われているクロエ=ロッド。
銀髪に深緑の瞳が、澄ました顔立ちを更に涼し気に見せている。元帥、アルフレッドと同様に熾天卿の称号を持つ女騎士であり、白霧随一の策略家。教団理念を重んじる生真面目な性格で、秩序と均衡を保つ為なら悪行すらも厭わない──黒曜の剣星。
「元帥様の御子息は42番扉で待機されております」
「あ奴も、くじ運がないの。42番扉と言えば、南側じゃないか」
「南側だと不利なのかジジィ?」
アルフレッドが元帥の横顔を眺めながら、その渋そうな表情に疑問を抱く。すると、クロエが直ぐにかしこまった様子で涼しげな目元をキリッとさせた。
「シグロ坊ちゃんの実力なら何処の扉から入ったとて、大丈夫だと思われます。指南役であったこの私が言うのだから、ご安心下さい」
「そう言う話ではないわい。この鳥籠を試験運用として発案したのは誰じゃと思う?」
「鳥籠はジジィの発案だろ? だから何だってんだよ」
「私からご説明をさせて頂きます。この鳥籠は凡そ2k㎡の擬似都市を高さ10mの防壁と頭上を覆う格子によって完全に囲われた隔離施設。元々は捕獲した下級堕天の隔離用に設けられた実験場でしたが、今は扉を100個ほど増設した試験用としての運用がなされております。その為に過去数年に渡り、受験者の実力では倒しきれない中級クラスへと成長した個体が存在し、その縄張りが凡そ南側である事とその南側には下級クラスが近寄らないという点に於いて、ポイントの獲得が極めて困難なエリアと言われております。この試験に於いては特異点である中級を避け、いかに下級堕天を狩れるかが命運を別つのです」
「要するに標的がいないって事か。そりゃあ、災難だな」
「シグロ坊ちゃんなら大丈夫ですよ。ユファも付いておりますし、直ぐに合流して無事に合格しますよ。それにシグロ坊ちゃんの素性を知る者は少ないはずです。標的にされる事もまずないでしょう」
「まぁ、受からねばまず命はないがな。あ奴の実力でも特異点との接触だけは難儀だろうて」
不安を隠し切れないゼルテ元帥は不穏な表情を浮かべ、煙を静かに吹かした。まるで自身を押し沈めるかのようにそっと巨大な煙管に口を添える。




