鳥籠に囚われた傀儡 ①
鼓膜を穿つ様な──狂気の雄叫び。
ソレを知る者は静かにそっと口を閉ざし、知らぬ者はざわざわと恐怖を噛み締めていた。無駄に騒ぎ立てては己の無知を露見し、滑稽にも無駄に権威を示そうとする愚かな貴族供。
それらはまるで、無知故の愚行。雄叫びの主が獣の類であったのなら、彼らの愚行も至極必然な行動であったのだろうけれども、ソレは言わずもがな──堕天の奇声に違いない。
目に余る光景を重ね、あの夜の惨劇を鮮明に思い返す5人。その脳裏には凍てつく悪寒と共に、あの不敵な笑みが忽然と甦る。
≪──ネェ、アソボウヨ≫
そして、ギュッと5人の心臓を握り締めたその手が、無知であった己自身に対しての自尊心を煽るのだった。
ここに集う受験者の多くが凡そ、数日前の自分達のように対象の力量を見誤っている事であろう。ポイントをいかに多く稼ぐのか、ただその一点にだけ思考を巡らせている。
そのような安易で短絡的思考が、標的を目の当たりにした時、ガラリと一変する様はまさに絶望と知る。友と呼ぶべき親しい者達が、目の前で次々と無惨にも喰い殺され、無力で無価値な自分に嫌悪する。
残酷で無慈悲なこの世界は──無知で無力な弱者から、大切なモノを簡単に奪い去るのだから。
そんな当たり前で、どうしようもない現実を5人は、身に染みて理解していた。
「ロブは、この試験をどう思う?」
レイスが陰った瞳でレジナルドに問う。その足は恐怖に震え、下を俯く。
「間違いなく言える事は、俺達に殺し合いを誘発しているという事だ。それに、標的かあるいは特異点のどちらかが、堕天であると言う事実。政府がひた隠しにしてきたその存在をこの試験に導入している時点でこの先、合格者以外に生存する可能性は極めて低いと考えられる」
「こいつらが堕天の存在を事前に知っていなければ最悪の場合、強制終了もあり得るって話か。下手に標的と接触するよりも安全に誰かしらのサポートに徹していた方が堅実的かもな。見る限り単独の受験者の方が多いみたいだし、機を狙って団体行動は避けるべきだろうか」
レジナルドの話を聞いてフロドが保身に走ろうと考えていたちょうどその時、ジェリスが抽選箱を取り出して和かに試験開始の準備を進め始めた。その表情は飄々と不敵に笑みを浮かべている。
それは死を身近に感じ、他者を慈しむ事すらも忘れてしまった──そんな顔なのだろう。
「これより、抽選を行いたいと思います。この第二試験では抽選による番号と同じ数字の扉から、それぞれスタートして頂きます。制限時間は先程の第一試験同様3時間。より多くのポイントを稼いで最終試験を目指して下さい。因みに本試験に於ける“仲間”の定義についてですが、ここに居らっしゃいます受験者の皆様方がその対象の全てとなります。つまり、皆様にはこれより強敵であるバケモノを仕留める為、集められた特別編制部隊として協力関係の下、本試験に挑んでもらうという解釈で構いません。常に裏切りを警戒し、信頼に足る仲間を見つけて標的を多く狩った20名だけが最終試験へと進む事が出来るのです。それではお好きな方からどうぞ、番号をお引き下さい」
ジェリスの説明と共にぞろぞろと抽選箱の前へ並び始める受験者達。その空気は重く、誰もが疑心暗鬼の中で自身の引いた番号を隠さざるを得なかった。そんな行列に相反し、後方から眺める数人の中にはあの3人の貴族達もその様子を伺って、嘲笑うかのように留まっている。
「何で、抽選なのに並ぶんだ?」
「さぁ~な。愚民の深層心理だろ」
黒髪のオルギスは不思議そうに行列を眺め、それに答える様に橙色の髪をかき上げたシェルディがイケ好かない表情を浮かべて、ほくそ笑むのだった。
「どの扉から入るのが一番良いのかすらも分からない上に、くじ運なんてそもそも関係ねぇよ。あのくじ引きは単にグループ化した連中をばらけさせる為に用意された公平性とやらに過ぎない。それに番号と扉が対になっている以上、スタート地点を他者に知られるのはあまり得策とは言えないだろう」
「どうして?」
豊満な胸を寄せて首を傾げた白髪のセラが、シェルディの耳元で囁く。
「この試験はそもそも受験者同士の殺し合いが基本だ。そんなルールに況してやそれぞれに割り振られた番号とくれば、中にはスタートと同時に奇襲を仕掛けるなんて考えだす奴らも必然的に現れる。だからこそ、協定はまず生まれない。それよりもあの糞ゴミ共だ。並ばずに話し込みやがって、集合地点でも決めてるのかねぇ」
「さっきの部屋で俺達の事をジロジロと見てきた奴らか。身なりからしてもド田舎の貧困育ちって感じだよな。アイツら自分達が場違いな事に気が付いてないんじゃないのか?」
「それは流石にないでしょ。一次の前にだってあんな目立つ様な事をしていたし、場違い覚悟で来ているのは明白でしょ。まぁ、少なからず茶髪の毬栗君は才能ありそうだけれども……その他諸々は、てんでダメね。ケガもろくに治っていなさそうだし、何よりも既にボロボロじゃない」
「片腕失くした状態でも、傷が完治せずとも、受かるだろうって考えが甘いんだよ。ホント糞庶民の凡人共はこれだから、胸糞が悪りぃだよ」
「私達以外にも並ばずに留まっている連中があの連中を含めて3組。第一試験の時にも気になってはいたんだけれど、この中で最も注意しなきゃならない存在が──あの袴の彼よ。恐らくは元帥様の御子息」
セラが目線を向けた先にオルギスが、チラリと目線を向けた。
「マジで? 確かにヤバそうな雰囲気はあるけど……確かか、セラ?」
「間違いないと思う。袴姿にあの優美な太刀、それに目を閉じている所を見ると聞いていた盲目って噂は本当らしいわね。隣にいる女も恐らくは彼の側近、竜人族とのハーフでブーメランの扱いに長けた武闘派らしいわ」
「んな事、関係ねぇ。どこの誰だろうと俺が握り潰す。オルギスとセラは心配し過ぎなんだよ。俺達3人がここに居る連中なんかに敗北するなんざ、まずあり得ねぇ」
自信満々にシェルディは語り、眉をしかめた。それは紛れもなく貴族の誇る優位性に他ならず、幼少の頃より星騎士の訓練を培ってきた3人にとって、他の誰であろうと負ける気がしないのも正に貴族の業である。
「シェルディ、それはあまりにも自信過剰だと思うわ。もっとも彼らにイラついているのは分かるけれども、私達には私達の成すべき事があるのだから」
その場に留まっていた4組はレイス達5人を含め、正にこの試験の本質について気がついている者達だと言えるだろう。
バケモノを捕縛あるいは抹殺する事で得られるポイントに対して、あまりにも優遇された仲間の殺害。まるで人間心理を嘲笑うかのような危険因子に裏切りは、心の弱い者から蝕んでゆく。況してや仲間と呼ぶには不確かな関係性に互いの一挙手一投足を警戒する他、現状での協力関係はまず不可能であろう。この中で既に複数人の者達はより絆を強め、見知らぬ他者を懐に招き入れる事などあり得ない。
しかし、堕天がいるのだとすれば、単独行動はまさに御法度。現状を把握する事で互いに協力関係を築こうと行動を起こす者達が、いずれ現れる事も至って不思議ではない事だろう。そう思うとジェリスの言葉の真意とやらも、自ずと理解ができる。
単独が不利である事は明白ながらも、裏切りを許容した上で協力関係に持ち込ませようとする教団側の心理はまさにジェリスの言っていた判断力に他ならない。
そもそも試験にバケモノを導入するという規格外の発想に誰もが困惑している中、彼らだけはその場の空気に呑まれる事もなく、冷静な立ち振る舞いを見せていた。




