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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第01話◆
2/73

黄金色の昼下がり ①

<天合暦:660年>

 人類は暗黒の地上を離れ、厚く覆われた雲海の遥か彼方。

 天空にいくつもの浮遊する国家を築いていた。

【白霧の国=アルビオン王国】


 薄暗い霧に覆われた郊外の先、そこには“マハルの森”が広がっている。


 まるでおとぎ話に出てくるような、不思議で不気味な雰囲気の漂うその森は、奥へと足を踏み入れると更に、不安を煽るかの様な気味の悪い静けさだけが──恍惚と満ちていた。


 ──ホホゥ、ホゥ。


 森への侵入を警戒していたのか、近くに止まっていたフクロウが唐突に翼を広げ、勢いよく飛び去ってゆく。フクロウは深緑の大きな樹々の間を抜けて更に霧の深い、森の奥へと姿を消した。


 すると、森の奥から歯車の回る音や、蒸気が噴き出しているポンプの稼働音に導かれ、更に奥へと入って行く。


 その奥には機械仕掛けの小さな孤児院が、ポツリと樹々に囲われて佇んでいた。隣には古びた教会の跡地が廃墟と化しており、孤児院もかなりの老朽化が進んだ──オンボロ屋敷であった。



* * * * *



 ここに集う13人の子供達は、戦争で親を亡くした孤児の子が多く住んでいる。そして、美しい修道女(シスター)アマンダと共に慎ましくも、平穏な日々を送っていた。


 何度も蒸気を噴き上げながら、動き続けている中庭に設備された大きな発電機。その大窯に修道女(シスター)アマンダは、新たな薪を焚べながら、子守唄を優しく口ずさんでいる。その腕には、まだ年端もいかぬ銀髪の赤子を抱いて、薪割り機の横に積み上げられた新薪をそっと、その手に取った。


 ジュリアはその綺麗な歌声にウトウトと何度も首を落とし、重た気な瞼を小さな手で擦る。そして、大きなあくびを堪えきれずに「ふはぁ……」と、実に幸せそうな表情でうたた寝をしていた。その愛らしさに修道女(シスター)アマンダも思わず、自然と笑みが溢れる。


「ふふふっ」


 霧に覆われた視界の片隅で、玄関に明かりが灯った事に気がつく修道女(シスター)アマンダは、玄関の方へと目線を向けた。すると、3人の子供達が何やら浮かれた様子で孤児院を飛び出してきたではないか。


 一様に真っ黒いマントをその身にまとい、裏地にはそれぞれに違う色が染まっている。青に紫に緑と大きな羽根の様にふわりと風に靡かせて、揺らぐマントは子供達を優しく包み込んでいた。


「行ってきます!」


「遅くならない内に戻りなさい」

「はーい!」


 先陣を切るレジナルドは、茶髪でツンツンとした髪形。その瞳はマントの裏地と同じく青色に輝かせ、いかにも利口そうな顔立ちの少年だ。誰よりも好奇心に満ち溢れ、昔から人のために行動する正義感の強い性格をしている。


「皆のお土産、何がいいかな?」

「私はエミリアとお揃いの髪飾りが欲しいなぁー」


 レジナルドの後を追うメファリスは、紫色の瞳に長い黒髪。その儚げな瞳と同じ色のマントをバサッと大きく広げて、その綺麗な黒髪が風に揺らぎ艶めている。うわさ好きで陰謀論を愛好する彼女は、どことなく不思議な色気を漂わせながら、不敵な笑みを浮かべる。


「初めての王都なんだし、みんなの分も買うんだぞ」

「わかってるわよ。それよりも王女様のう・わ・さ!」


「ミアはまったく……」


 慣れた様子で颯爽と森の中を駆け抜けてゆく3人の視界は、霧に遮られているにも関わらず、お喋りをしながら実に楽しそうな様子で風に舞う。


 子供とは思えぬ程のその脚力は、たくましくもゴツゴツとした道なき森の中を駆けているのだ。不思議なくらいに卓越した身体能力は日々の修練を物語り、大人顔負けの機動力を誇る。


 そして、浮かない表情のレイスはと言うと──緑色のマントにいかにも面倒くさそうな足取りで、2人の背中を追っていた。


 金色の長い髪を1つに束ねながら、2人の背中を見つめて項垂れている。左目の下のホクロがその白い肌を際立たせ、緑色の瞳に端正な顔立ちのレイスは、その表情をおもむろにキュッと歪ませて呟いた。


()2()()()()()()()なんて何の意味もないだろ?」

「またリアはそんな事ばかり言って──」

「リアは、俺やミアとは違って合理主義だからな。オカルトとか宗教理念にも興味がないし、見えているはずの幽霊でさえ、信じちゃいないんだから。存在しない姫の生誕祭なんて、もっての他だろうよ」


「お祭りなんだから、リアもロブも楽しまないと!」


 2人は足取りの遅いレイスに目をくばり、メファリスが急かす様に手招きをする。


「ミアは楽観的というか……僕にはあまり理解できないかな」

「何よそれ!? そもそも、国がお祭りにしてるんだから!」

「ハハハッ──それもそうだな。王政が決めた祭り事に異論を唱えても、それこそ意味がないと言うものだぞ。リアは観念して楽しむべきだ!」


 言い返す言葉を失ったレイスは「はぁ……」とため息をついて、唐突に2人を追い越した。孤児院の中でもダントツに足の速いレイスは、先頭に立つとマントを翻し、ニコリと笑った。


「わかったよ。なら急ごうロブ! ミアはモタモタしていると、すぐに置いてっちゃうぞ」

「ちょっと、待ってよ!」


 3人には共通して、互いを呼び合う為の愛称が存在する。


 それぞれ──レジナルドが()()、メファリスが()()、そしてレイスが()()と3人の中でのみ定着していた。孤児院の中でもこの愛称で呼び合うのは、この3人だけである。


 孤児院創設時より共に過ごしてきた最年長の彼らは今年、12歳の誕生日を迎え、王都への入場がようやく許可された。


 親のいない孤児にとって12歳は、身分証が発行される年でもある為に、一般的にも成人として扱われているのだ。


 そして、王都壁内への入場すら許可されていなかった彼らにとって、この日が生まれて初めてのお祭りでもある。


 そんなはやる思いが呼応するように、3人の駆ける足は次第に速くなってゆく。


 森を抜けて薄暗い霧の中をチカチカと輝く、ネオンの街並みを視界に捉えた3人は、喧騒な街の中をまるで風に乗っているかのように駆けてゆくのだった。


 街は孤児院と同様に機械仕掛けで、至る所から蒸気を噴き出し、霧の中はにぎやかな程に機械と街を行く人々の活気で溢れている。


 そして、唐突に現れた巨大な城壁を目の前に、3人の足がピタリと止まった。


 国中を覆う霧を突き抜けて、空に高く伸びた強固な城壁。その壁は戦乱の爪痕をいくつも残し、いつの時代も内側の都を守り続けてきた歴史ある要塞。


 通行のために設けられた関所には鎧姿の衛兵が立っており、多くの人々が身分証を片手に並んでいる。


 そして3人もまた、届いたばかりの真新しい身分証を片手にその行列へと並んだ。それぞれに名前と番号が刻まれている銀色のプレート。階級すらも分かるこの身分証は世界共通で発行され、世界政府によって管理されている。


 謂わば、渡航証明書のようなモノであり、別名『個人識別コード(ID)』とも呼ばれていた。


 この身分証は、飛空艇に乗船する時や他国への入国審査などにも用いられている為、この身分証を持たない12歳以下は必然的に他国への亡命すら危ういのである。


 3人は怯えた様子で衛兵に真新しい身分証を提示すると、意外にもあっさりと関所の通行を許可された。呆気にとられながらも、その大きな門を潜る3人は──突然、霧の晴れた綺麗な街並みが、グワッと広がって視界を奪われる。


 いつも森から眺めているだけのこの城壁を抜けて、3人は陽気に賑わう貴族街に心が躍った。


 白い小鳥達がバサッと飛び立ち、耳には陽気で賑やかな音楽と人々の楽し気な声が聞こえてくる。そして、どこからともなく美味しそうな匂いが3人の鼻をつつくと、彩られた出店がズラリと立ち並び、たくさんの子供達が群がっている様子に目を向けた。


 その手には見た事もないお菓子やおもちゃがキラキラと輝き、想像を遥かに超えていた光景が、そこには広がっている。流石の貴族街というだけあってか、その身なりも皆──色艶やかな色彩に豪華な装飾が施され、街の誰もが気品に溢れていた。


 場違いな3人は自身の身なりも気にせず、高鳴る胸に走り出す……。

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