星が導く夜明け ⑥
暖炉の前で涙ぐみながらシチューを食べている少女を見つめ、レジナルドが歩み寄る。
「──大丈夫かい? そんなに不味かったかな?」
戻って来たレジナルドが不安そうに、少女の泣きっ面を見つめて言った。その後ろには、知らない女の子が不思議そうに少女を見つめている。恐らくさっき言っていたミアという女の子なのだろう。
「その子がそう? ボロボロじゃない。手足も傷だらけだし」
そう言うと女の子は救急箱を片手に少女へと歩み寄る。その女の子の手は不思議と冷たく、でも瞳はどことなく温かみを感じた。レジナルドとはまた違う、不思議な優しさ。
「レイス、彼女がメファリス・バーミリア。お婆さんと2人暮らしをしているご近所さんだよ」
「メファリス……あれ、ミア?」
「何? ミアって呼んでくれるの? それなら、君にも愛称を付けてあげなきゃね。そうだなぁ……レイ、り、リア。そうね、リアがいいわ! 今日から君の名前はリア!」
「おいおい、そんな勝手に……レイスも嫌なら嫌って言わないと、ミアの傲慢に付き合っているとキリがないぞ」
「リア……」
少女はほんのりと綻び、幸せを噛み締める。
「気に入ったみたいよ。それにしても、リアは何処から来たの?」
「…………」
不意にメファリスが質問すると、その瞳に影が差した。まるで、触れてはいけない部分に触れてしまったかの様な、不穏に満ちた雰囲気が少女の周りに漂う。
「まぁ、過去の事はさておき、問題はこれからどうするか──だろ? レイス……」
「リア」
すかさず訂正を挟むメファリス。
「……リアは、どうしたい?」
「ひっそりと身を隠して、誰にも知られず……」
少し間を置いて、少女は2人の瞳を見つめた。
「……ただ……生きたい」
その答えに2人は戸惑いを隠せずに互いの目を合わせる。見るからに奴隷であったのだろうとその身なりから、恐らくは逃げ出してきた事を察して口をつぐむ2人。
死に物狂いでここまで逃げてきたのだとすれば、街へ行く事さえも危険である。
「誰かに追われているのかい?」
「…………」
「リアには新しく名前があった方が良いかも。ここを孤児院にして、戸籍も取得すればこれから先、全くの別人として暮らしていける。おばあちゃんに頼んで役所に孤児院の登録と戸籍とか諸々、頼んでみようよ」
「それなら俺も孤児院創設の記念にリアと戸籍登録しようかな」
「ロブも戸籍、無いの?」
「あぁ、俺も一応のところ孤児だからね。ハーグリーブズってのは育ての親から貰った名なんだ。その人も既に亡くなったんだけれど……。そうだ! リア、君にこの名前を譲るよ。大した名家でもなかったけれど、中流階級ではそこそこ名の知れた家柄だったらしいからきっと、この先で役に立つ」
「そういう事ならロブには私の父の旧姓をあげるわ。私とは血の繋がりはないけれど、まぁ──その方がおばあちゃんも色々と手続きがしやすいだろうし、それに……」
「ミアのお父さんの旧姓って?」
「スコット=ジョーンズよ」
「レジナルド・スコット=ジョーンズか。いいか、有難く頂いておくよ。リア、お互いに今日からは別人として生きて行く事になる。俺達は強く生きていかなきゃならない。服装も男っぽくした方が、より身を隠すには良いだろう」
レジナルドの提案は正にレイスを救うモノとなった。この日以来、レイスは怯え隠れる事もなく、平穏無事に過ごし続ける事となるのだった。神が与えた訳でも、金で成し得たモノでもなく。
ただ──ありきたりな日常の中で子供達は幸せを噛み締める。
「それなら私に任せて、後で男の子っぽくしてあげる」
「ありがとう……ミア……」
突然、訪れた展開に困惑しながらも、少女は少しずつその環境に馴染んでいった。名を改め、身なりを直し、増えてゆく家族に囲まれながら──少女は平穏な暮らしの中で、やがて少年と同じ夢を志す。
* * * * *
そして、現在──少女は受験者達が集う、談話室にて煌びやかな貴族達を見つめていた。あの日と同じ様に蔑まれた眼差しを向けられ、心無い言葉を浴びせられる。
しかし、もうそこにあの日の孤独な少女は居ない。強く成長した少女は共に笑い、切磋琢磨する仲間と共に教団の第一試験を通過した。
『ただいまを持ちまして、第一試験の終了をお知らせします。この部屋に居られる皆様は無事、第一試験を通過したものとみなされ、引き続き第二試験に進んで頂きます。担当の者が別室へとご案内致しますので、指示に従って速やかに移動をお願い致します』
案内放送が終わると直ぐにジェリス=ヴェチェットが現れて、有無も言わさず本部の地下施設へと移動する。
すると、そこは明から様に模擬訓練を想定して作られた試験会場であった。民家が建ち並び、無数の血の匂いが微かに香る。改めて間近にいるジェリスへと目を向けてみると、流石は星騎士と言わんばかりの気迫が、受験者達に質問の一切も与えてはくれない。
「ここが第二試験会場です。ここでの試験では主に基礎的な身体能力と判断力を基準とし、ポイント制のランキング方式で最終的に上位20名が最終試験に進める事となります──が、本試験では性質変換及び、固有能力の一切を使用禁止としておりますので悪しからず」
──ガシャーン! ガシャンッ!
「あっ、それと本試験はより実践的な方式に則り、ポイントの取得方法は以下の様になっております」
背後で鳴り響く、獣の暴れる様な音に、さも思い出したかの様な様子で取り出したポイント表には、受験者達の度胆を抜く内容が列ねられていた。
『【ポイント表】
1pt.仲間のサポート
2pt.仲間の殺害
3pt.標的の抹殺
4pt.特異点の捕縛
5pt.特異点の抹殺』
「仲間の殺害って……」
「まさか、殺し合いをする訳ではないですよね?」
ユアが凍り付いたその場の空気を察して質問をすると、ジェリスは不敵に笑みを浮かべて鼻で笑った。
「別に構いませんよ。したければ……それもポイントです。標的を知れば尚更、この2pt.が喉から手が出る程に欲しくなります。先ほどから暴れているアレと対峙して、どちらを選択しても構いません。因みに標的及び特異点にもそれぞれ個体数が限られておりますので、次の最終試験に進みたければ判断を誤らない事です。一次試験同様、不正行為の確認が認めらた時点でその者の受験資格を剥奪。即時、失格となりますのでお気をつけ下さい。その為、暫定人数が20人になった時点で、本試験は強制終了となります」
遂に迎えた第二次試験は実技とは名ばかり、血に染まるサバイバルの予感が受験者達の脳裏を巡る。そして、不快な騒音と共に聞こえてくる不気味なその声に──5人は蒼白の表情を浮かべるのだった。
≪キャァァァッアアアアアアアアアアアアアアア──≫
全身を駆け巡る悪寒が5人に惨劇の夜を思い出させる。




