星が導く夜明け ②
「危険ね。下層階級だからって甘く見ていると、足元をすくわれかねないわよ」
「5人共、潜在的な霊素の質が高いな。特にあの茶髪の動き、俺でも見切れないくらい速かったぞ。しかし、雷の性質ならお前の敵じゃないな」
「たかが愚民だ。貴族の面汚しめ、アイツが単に弱かっただけの話だろうが」
いかにも貴族といった3人がホールの座席に座り、5人を見つめて話している。3人それぞれが煌びやかな衣服を身に纏い、腰には高価な剣を差す。
他の貴族たちも同様に、奥の受付へと向かう5人の話題で盛り上がっていた。
「あの大扉を通過した時点で、受験資格は有しているんだ。大扉の前で腰を抜かしているアイツよりは、確実にマシだろう。大扉も通れない弱者が息巻くから、ああいう痛い目に遇うんだ」
「哀れだねぇ。あんな下層階級の連中に……実に哀れ」
大柄な男は大楯とランスを背負い、その隣で机に腰を掛けていた少女の手元には弓矢が立て掛けてある。
「現実は蜜よりも甘くはない。血筋などただの優位性に過ぎないのだから、弱者は虫けらの様に地べたを這いずり回っていればいいんだよ」
「相変わらず、口悪いわねアンタ」
見慣れない袴姿に太刀を持った少年は瞼を閉じて、外にいる連中を似非ら笑う。苦い顔で肘をつく少女は、クルクルとブーメランを回して遊んでいた。
ここに居る多くの受験者達が自身の愛用する武器を所持し、それぞれに当てられた座席に座っている。そして、試験開始の時を今か今かと待ちわびているのだった。
5人も大聖堂の奥で受付を済ませ、ホールに戻ると自分達の座席を確認する。
しかし、その様子に全員の視線が再び集まる。それは、先程の劣悪な視線とは違い、明らかな敵意であった。言うなればここに居る全員がライバル。先程のレジナルドが見せた動きに感化された受験者達が、その場の空気をピリつかせていた。
「入団試験ってこんなにもピリついているモノなのかな?」
「明らかにレジナルドのせいでしょ」
「確かに、目立ちくないとか言っておいて一番、目立ってたしねぇ」
「いや、あれは……」
レイスとユアとフロドが冷たい視線でレジナルドを見つめ、受験番号が記された紙を片手に座席を探す。
「俺らは元々、場違いみたいなモノなんだから偏見が敵意に変ったと思えば……」
「アレク、あまりフォローになっていないぞ」
アレクの助け舟も虚しくチクチクとした視線の中、大人しく座席に着く5人。レジナルドを左にフロド・レイス・ユア・アレクの順番で並ぶ。
絶妙に距離の空いた座席同士は受験者達を孤立させ、机にはカンニング防止の板が左右に設けられていた。
「この板、邪魔だなぁ」
アレクが机に設けられた板に文句を言っていると、教団の星騎士らしき人物がホールへとやって来た。白装の鎧に身を包み、整った黒髪ショートに灰色の瞳をしたきつそうな女性騎士。その胸には4つ星の勲章が輝く。
「──これより、星十字騎士教団・入団試験を執り行います。今回、試験管を務めさせて頂きます──ジェリス=ヴェチェットです。皆様にはまず初めに、筆記試験を受けてもらいます。あの“篩の扉”を通過されている時点で、おおよその実力がある事と思いますが……しかし、星騎士たる者、戦闘技術だけでは生き残れません。そこで、我々教団が第一試験に求めるモノ。それは、思考力!」
「…………知ってたか⁉」
アレクがこの世の終わりかの如く悲愴な表情を浮かべ、4人を見つめるが誰1人として目を合わそうとはしない。薄々はこうなる事を予期していた4人であったが、実際アレクの顔を見て現実を知る。
((( やはり、知らなかったか! )))と全員が視線を落とした。
「おい、筆記なんて聞いてねぇよ。どうするんだよ? カンニングでもするか? でもこの板が邪魔だ」
「ボソボソとうるさいわねアンタ。男ならシャキッと腹くくりなさいよ」
「よし! この板、ぶっ壊すか」
((( 落ちたなコイツ )))と誰もが思った。
「──それでは、試験用紙を配布します。号令がかかるまで表を向けないで下さい。試験の注意事項を予め伝えておきますが、如何なる不正行為であろうとそれが認められた時点で、その者は失格対象となります。くれぐれも教団の名に恥じぬ行動をお願い致します」
((( 終わった )))とアレクさえも匙を投げた。
そして、試験用紙が手元に来ると、アレクの瞳から生気が失われている事に隣のユアが驚愕する。まるで悟りを開いたかの様に聡明な表情をするアレクは、まさに後光が差していた。
「レイス、あ、アレクが……」
「はぁっ⁉ 見ちゃダメなヤツだよ。アレクの事は諦めて、今は自分の試験に集中しよう」
「そうね。それがいいわ」
「制限時間は3時間とします。それでは初めて下さい」
試験管のジェリスが号令をかけると一斉に試験用紙を裏返し、問題に目を向ける受験者達。しかし、アレクを含め、このホールにいる誰もがその手を止め、目の前の光景を疑った。
試験用紙に書かれていたのはたったの一言──そして、誰もがその内容に困惑する。無駄に設けられた3時間という長い制限に対して、問いはまさに難解。
『問.動くな』
まるで、剣先を喉元に突きつけられているかの様な不気味な問い。その答えが分かるはずもなくただ不確かな恐怖に硬直する受験者達。
(どういう事だ⁉ 動くなって事は言葉の通り、動いたら失格という事か? これは、筆記じゃないのか? 筆記試験だと敢えて思わせ、受験者の不意をつく精神力のテスト? いや、答えなんて分かるはずもない。分かるはずもないけれど、動くわけにもいかない。皆はどうしてる? 周囲の動きもないし、状況は恐らく同じだろう)
レイスの思考は堂々巡りを繰り返し、ただ静寂に包まれたホールの中で試験用紙を見つめている。すると、静寂を裂くように1人の受験者が手を上げた。
「すみません。問いについッ……」
そして、再び静寂が訪れる。ホールの中は試験管が用意した時計の音だけが刻々と響き、まるで1分・1秒が永遠に感じる程の長い時の牢獄と化していた。
(どれくらい経った? まだ3分程度か? 試験管はこの第一試験、3時間の制限だと言っていた。つまり、このまま動かず3時間。耐えられるか? 3時間も……さっきの受験者はどうなった? 動いたらどうなる? まさか、死ぬなんて事はないだろうけども……)
「ぐがっ……」
不意に聴こえる不可解な声。まるで、その声は受験者達の不安を煽るかの様に、度々そっと聞こえてくるのだった。
(3時間なんて経過する前に、精神が可笑しくなりそうだよ)
実際問題『動くな』という問いに対して、どの程度の制限を要求されているのか。そもそも、動かない事が合格基準なのか。動いたら一体、何が起きるのか。その全ての疑問はこの3時間という長い時間の中で永遠に脳裏を廻り続けるのだった。
受験者の多くは問題用紙を裏返した時点で、前のめりな姿勢をとってしまった為に周囲の情報が全くと言っていい程に分からず、ただ闇雲に動く事を耐え忍ぶのみ。
一部の受験者に関しては即座に理解を示し、瞼を閉じて瞑想に入る者もいた。
その違いは時間が進むごとに明白な結果へと繋がり、顕著に現れ出していた。思考の堂々巡りを繰り返していた受験者の数人が、狂ったかのように奇声を発したのだ。
しかし、どれも途中で声が消え、その状況に危機感を覚えるレイスは懸命に時間が過ぎ去るのを願っていた。
(ロブは? フロドは? ユアは? 皆、無事だろうか? アレクに関しては寧ろ筆記でなくて、安堵しているかもしれない。しかし、この状況に平常心を保っていられる受験者がどれ程いるのだろう? 既に平衡感覚が可笑しくなりつつある。自分の体が少しずづ揺れ始めている様な気さえしてしまう)
一種の幻覚症状にレイスを含め、多くの受験者達が陥っていた頃──試験は唐突に予期せぬ方向へと動き出す。




