星が導く夜明け ①
惨劇の夜が明け──教団付属病院に搬送されたレイス・フロド・アレクの3人はそれぞれ深い傷を負いながらも、無事にその一命を取り止める。3人に付き添っていたユアとは別に、レジナルドは家族の遺体を教会の傍に埋葬する為、再び現場へと足を運んでいた。
そして、駆けつけた星騎士のシュラルド達もまた事件の調査を終え、教団の中央第6支部へと帰ってゆく。
未だ行方不明のザック・ナルバ・ジュリアに加え、修道女アマンダまでもがその手掛かりを掴めず、何一つとして有益な情報を得られぬまま、事件の調査は打ち切られる事に。
行方の分からない家族に、負傷した3人。もう、誰も失いたくないというユアの心は不安を抱き、焦りからか教団に対して不信の芽を宿らせていた。
行方不明の捜索も行われず、ただ事件の痕跡だけを消して調査は無慈悲にも打ち切られてしまったのだから、至極当然の疑念である。
正義の象徴であると信じていた教団に「家族は諦めろ」と痛烈な言葉を吐き捨てられ、自身の胸にポッカリと空いた穴を鋭利なナイフで抉られた様に、遣る瀬無い気持ちだけが次第に膨れ上がってゆく。
そんなユアの気持ちとは裏腹に夕焼けに染まる王都の空は、不条理にも美しく──その空を朱色に彩っていた。
「──んっ、んぅーん」
「レイス、おはよう。体調はどう?」
静かな病室の窓辺に腰を掛けたユアを視界に捉え、レイスが目覚める。全身に広がる倦怠感と左腕に違和感を抱き、ユアの辛辣な表情から自身の左腕へと視線を落とす。
すると、確かにそこにあったはずの左腕は紛れもなく失われており、ただ包帯を巻かれた空虚な左肩が自身の無力さを物語っていた。
誰も救う事が出来ず、自身の左腕さえ失った。そんな無慈悲な現実がレイスの胸を締め付け、傷口よりも痛むのだ。
メファリスを白蛇に宿してからおよそ丸一日、今の所レイスの体に異常が出ている様子はない。
「ユア、みんなは?」
「レジナルドは教会でみんなの埋葬を。アレクは最初に目を覚まして、気分転換に散歩でもしてくるって出かけていったわ。フロドはついさっき目を覚まして、眼鏡が壊れていたから多分、孤児院に代わりの眼鏡を取りに行っているんだと思う」
「そう。2人共、無事だったんだ」
「レイスが機転を利かせてくれたお陰でね。メファリスの事はレジナルドから聞いたわ。辛い決断をレイス1人に押し付けてしまって……本当にごめん。能力で保護するなんてレイスの身体も心配だわ」
ユアは白蛇の事を知らない。だからこそ、すんなりとレジナルドの話を受け入れている事にレイスは疑念を抱かざる終えなかった。
「いいんだ。僕の身勝手でミアを苦しめる選択をしたんだから。その責任は僕が負うべき必然だよ。この事はなるべく内密にしといて欲しいんだ。こんな能力、他人に知られたら大変だからね」
「そうよね。生物は保護できないって言ってたもんね。それなのに今回、それが出来るってなったんだから、それってもう単純な荷物持ちとかそういう次元じゃないものね」
レイスは儚げに笑みを浮かべて、徐にベットから起き上がる。
黄昏に眠るメファリスとの約束を果たす為、立ち止まる事を許されないレイスは、朱色に輝くアルブム城を病室の窓辺から見据えていた。
「私達、これからどうすればいいんだろ……」
「教団を目指すさ。星騎士になってザック達を探す。僕らにそれ以外の選択肢はないよ。それに、事件の真相もまだ明らかになっていないんだ。有耶無耶にされたまま事件の隠蔽なんて許されるわけがない」
星騎士のシュラルドが言うには教団という組織は、正義を掲げている訳ではないらしい。主に世界の均衡と調和を保つ為、時には殺人さえも厭わないという。
それが星騎士の務めであり、世界を治める者達の義務なのだと教えられた。
謂わば、混乱を招きかねない堕天という不確定要素は、あくまで秘密裏にその存在を抹消する必要があり、その背景として事件関係者また被害者遺族も抹殺せざる終えない場合があるのだという。
事実、今回の一件によりレイス達5人もまた、執行対象となりえるという事だった。
* * * * *
レイスが目を覚ましてからおよそ2週間後。
アルブム大聖堂『別名:GRAND LODGE』と呼ばれる星十字騎士教団の中央本部へと足を運んだ5人は、目の前に聳える大聖堂を見据えていた。
そこは、国家の中枢を担う聖域として、聖職者以外の侵入を拒む巨大な世界政府機関。中へは王家と教団関係者または世界政府に属する星騎士のみが入る事を許され、一般に公開される事はない。
しかし、年に一度だけその重い扉が公に開かれる事があるのだ。
──それが、星十字騎士教団・入団試験である。
「さぁ、行こう!」
マントを纏い、レジナルドを先頭に大聖堂へと向かう5人。
まるで場違いな5人を周囲の貴族たちが嘲笑う。しかし、5人は全く動じる事もなく、颯爽とマントを翻し、正面の大扉の前までやって来た。
未だ傷も癒えぬ身体でアレクは右腕を──フロドは左目に大きな傷跡と左手を失くし、レイスもまた左腕を失くしていた。包帯が巻かれ、まだ安静にと医者からは止められていたのだが、それでも彼らは前へと突き進む。
それぞれに青・赤・橙・黄・緑とマントの裏地が映えている。しかし、その単色はあまりにも下層階級まる出しであった。周囲の貴族たちは、見るからに煌びやかな柄物ばかりを着飾っている。
そもそも、柄物の衣類は貴族にのみ保有が許され、身分を別つ為の代物なのだ。
「──おい! 誰が大聖堂に入る許可を出した? この薄汚い鼠共。俺達、貴族の聖域にタダで入れるとでも思ったのか? 下層階級の分際で星騎士になろうなんて、おこがましいと思わなかったのか?」
「誰だ、お前?」
アレクが絡んで来た貴族に威圧的な態度をとり、左腕に炎を纏わせる。
「よせ、アレク。試験前だぞ。目立つ様な事は避けたい」
「そうよ、馬鹿ねアンタ。すぐにそうやって暴力で解決しようとするんだから」
「でも俺達、完全に場違いだよね」
「僕もそれは思う。そもそも、孤児が入団試験を受けようなんて前代未聞だろうしね。おおよそここに集まっているのは名家の貴族ばかりだろうし、目を付けられるのも仕方がないよ」
そう言いながら、アレクを置いて素通りする4人。
その態度に絡んで来た貴族は逆上し、頭に血が上る。
「お前ら調子に乗るなよ!」
咄嗟に腰の剣に手を添えて、4人の後を追いかけようとした次の瞬間──まさに電流が空を走った。
「……その剣を抜くなら、殺されても文句は言えないぞ?」
一瞬で間合いに詰め寄ったレジナルドが貴族の肩に手を回し、耳元でボソッと囁くように呟く。まるで、冷徹なその言葉は貴族の戦意を失わせ、抜きかけた剣を鞘に納めさせる。
そして、肝を冷やした貴族はその場に腰を抜かし、しゃがみ込んでしまった。
「レジナルド、殺したらそもそも文句は言えないだろ?」
「…………」
アレクの的確な指摘に赤面するレジナルドは、恥ずかしそうにその場を立ち去り、5人は大聖堂の大扉を通過して中へと進むのだった。
その光景をまじまじと見つめていた大聖堂内の貴族たちも、5人の脅威性に視線を集めている。見るからに品格のない5人を蔑む様な冷たい視線。その忌むべき劣等種が同じ空間で自分たちの脅威となり得るかもしれないと言う苛立ち。
気にしていない様子の5人に集められているのは今後、彼らが向き合わなければならない格差という社会の縮図そのものでもあるのだった。




