小さな腕の代償 ⑥
【マハルの森】
「星騎士にはどう説明するつもりだ? 死体もない、行方も分からないじゃ話にならないぞ。ただ闇雲に混乱を招くだけだ。それとも、正直に話すか? バケモノは幼馴染のミアで、生かす為に白蛇に宿らせましたってか? 本当に通じるとでも思うのか?」
「それはしない。能力の事を話さなきゃならないし、星霊との契約はロブ意外には知られたくないんだ。突然消えた事にでもすれば……」
「消えた!? 正気か? コーランドさんが星騎士にしか殺せないって言ったんだろ? つまりは、教団の人間がこのバケモノの存在を知っているって事だ。恐らくは政府と一部の大人だけが知っている事実なんだよ。そんな嘘をついた所ですぐにバレる」
「なら、どうしろって言うんだよ?」
「はぁ……まったく、わかったよ。俺に任せろ」
数分後、レジナルドが1人の星騎士を連れて戻って来た。
腰に綺麗な装飾の剣を差した鎧姿の星騎士。その胸には3つの星が輝き、堕天を見るなり、その表情が引き攣る。
「君たちがコレを殺したのか?」
「いえ、恐らくは気絶しているだけです。俺達の力では首を刎ねる事も、傷1つ付ける事も出来なくて」
「それも、そうか……それにしても、たった2人だけで、とても驚いたよ。このバケモノは堕天と言って、古より伝わる悪しき化身。世界を混沌に染める悪魔として人に取り付くんだ。訓練を積んだ星騎士でも年に100人を超える数の死者が出る程なんだよ。入団したての新米星騎士は毎年、必ずと言っていい程にその半数以上が堕天に殺されている……」
驚いたようにレイスとレジナルドの顔を見つめる星騎士。この歳で堕天と対峙したというのに、動揺の色は伺えず、ましてや腕を失ったはずのレイスは、平然とした表情で堕天を見つめていた。
「止めを差したら、リアの手当をお願いします」
「あぁ、すまない。起きる前に始末しておこう」
「ありがとうございます」
実際問題、平静を装うレイスの体力は限界スレスレであった。そんな状態でのやり取りに思わず気負い、レイスの案を半ば強引に承諾してしまったレジナルド。
三等階級である3つ星の星騎士に堕天を任せ、思わずレイスに駆け寄った。
「本当に大丈夫か?」
「今の所、問題ないよ。白蛇にも安定して馴染んだし、ミアの杖が役に立ったね」
星騎士にバレぬように小声で話す2人は、星騎士を呼びに行く前にミアの霊素体をレジナルドの固有能力〖電達操作〗で肉体から強制的に引き離し、ヤマナラシの杖に一旦定着させてから、白蛇にその杖ごと転移させていた。
〖電達操作〗は主に雷の性質を持つレジナルドの霊素を電気信号に変化させ、対象の身体や霊素そのモノに半ば強制的な影響を与える能力であり、その効果と性能は孤児院の中でも群を抜いて優秀であった。
本来であれば肉体を丸ごと飲み込み、白蛇にその魂と姿を宿らせる特質的な術はレジナルドの起点により、その魂と杖だけを取り込ませ、堕天の肉体と分離させる事に成功していたのだ。しかし、浄化の力が宿るヤマナラシの杖は、白蛇と共鳴して繋ぎの役割を果たし、白蛇と同化してしまった。
現在、メファリスの意識はなく、白蛇はレイスの固有能力〖黄昏の方舟〗に眠る。ヤマナラシの浄化の力がどのように作用するのかは未だ不明のまま、2人は一先ず様子を伺う事に。現状でどのような結果になるのかは、誰にもわからないままだが、政府や教団組織には明かさないと決めていた。
「――汝に与えられし加護の下、死と再生と星霊のみ名において、今ここにその“魂”を解き放つ」
星騎士は剣を顔の前に掲げ、祈るようにその剣先を化け物の首に突き立てる。その黒皮の骸に魂など既に存在していないとも知らず。
溢れ出す霊素が星騎士の持つ剣をまとい、膜のように薄っすらと覆っている。洗練された霊素は刃をより鋭利に──そして、より強固にさせているのだろう。
レイス達が手足におおっていた霊素のそれとは別格の技術である。これが、星騎士の扱う加護の力。2人はまじかで見る星騎士の霊素技術に思わず、目を輝かせていた。
そして、静かに振り下ろされた剣先は、まるでケーキを切るかのように音もなく堕天の首をストンッと落とした。首が落ちると同時、堕天の骸は天に召されてゆくようにして、淡く光る霊素の粒子となり、幻想的に消えてゆく。
その全ての動きが消えゆく粒子のように美しく、2人は見惚れる様にただ星騎士を見つめていた。あれ程、攻撃を重ねても傷1つ付けられなかった彼らにとって、目の前の光景は眩くも遥か遠い先であるのだろうと感じていた。
「これで無事、堕天もかたずけられた事だし、君の手当が終わったら一度屋敷に戻ろうか」
「えぇ……そうですね」
「星騎士は皆、堕天を殺せる力があるのですか?」
唐突にレジナルドが質問をする。それは、自身との歴然の差に思わず口に出てしまったものの、レイスもその事については聞いてみたいと内心思っていた。
「星騎士になりたいのかい? こんな事があったのに?」
「どうでしょう? けれど、今のを見たら、到底受かる気はしませんね。その、入団希望者は……」
「1つ、君たちの実力なら入団試験に恐らくは合格できるだろう。しかし、それはあくまでも試験の話だ。先程も言ったように入団者の過半数はその年の内に死ぬ。生き残りたければ、相手を殺す術を学びなさい」
「殺す……術」
星騎士は器用にレイスの左腕の手当を行いながら、レジナルドの質問に答えていた。彼ほどの実力がありながら、未だ三等階級の3つ星。その事実はレジナルドの夢が思っていたよりも遥かに程遠い事を物語っている。
「先ずは入団試験を受けてみるといいさ。我々、星騎士が何と戦い、何の為に世界を統治しているのか。そもそも、星騎士とは何か? 堕天とは何か? 霊素とは何か? それら全ては教団を志す者にとって、切っても切り離せない関係なのだから。学び、勤め、世界を知りなさい」
「世界を……知る」
男はそっと立ち上がり、右手を差し出した。
「心から君たちの入団を待ちわびているよ。私の名はシュラルド・ホーン=ベック。もし、また逢う事があればその時は君たちの上官になるかもしれないね」
男は名を語り、2人の未来に胸を高鳴らせる。
「俺は――レジナルド・スコット=ジョーンズ。将来は元帥になってこの国の頂点になる!」
「元帥かっ! 面白い少年だな」
そして、レジナルドがシュラルドの手を取り、決意を新たに夢の先を見据えていた。
「僕は――レイス・J・ハーグリーブズ。夢は……大切な人を守りたい……」
「そうか。うん、いい夢だ! 強くなれよ!」
そして、レイスもまた名を語り、何かを見据えて笑みを浮かべるのだった。失った代償は計り知れないけれど、彼らは亡くしたモノを糧に前へ進む他ないのだ。それが例えかけがえのない家族であっても、振り返る事は許されていない。未だ行方の分かっていない家族がいる限り、足を止めている暇など在りはしないとそれぞれが自覚していた。
それが、背負う者の──成すべき務めなのだから……。




