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♰NICOLAS-DAGRAVIUS♰  作者: ❁花咲 雨❁
◆第02話◆
12/73

小さな腕の代償 ⑤

【マハルの森】


 ≪アッ……アア、ア゛ァ……ッ……アアアアアアア!≫


 受け入れられない現実にメファリスはただ泣き叫び、困惑する。そして、脳裏によみがえる鮮明なビジョン。


(バケモノだ。そうだ、私は……みんなを喰い殺した)


 心臓を切り裂くような罪悪感と悪夢に見たみんなの憎悪の表情が脳裏にこびりつき、絶望の刹那にメファリスは自身の体を何度も切り裂いた。鋭利な爪は強固であった黒い体表を傷つけて、青くなった血がとめどなく溢れ出す。


 しかし、傷口はすぐに塞がり、致命傷にすらなり得ない。


 メファリスは己の死を懇願し続けながら、幾度も自身を傷つけて、犯した罪の重圧に押しつぶされていた。鮮明によみがえる肉の感触。喰い殺したみんなの表情を思い出し、絶望に浸る。


 ≪ミンナ、リア……ワタシ、ワタシ、シニタイヨ……≫


 その時だ。レイスがそっと起き上がり、メファリスを見つめる。溢れ出る涙はメファリスを人の表情に戻し、その姿はもうほぼ元の姿に戻りつつあった。


「やっぱり、ミアだったんだね」

「リア……ワタ、わ、私……」


 メファリスの泣き叫ぶ姿に死んだ家族を重ね、レイスは不条理な世の中に苛立ちを覚えていた。それは、至極必然にレイスの中に宿る疑念。堕天(シンラ)というバケモノの得体の知れない生体。よみがえったメファリスの自我に、戻りつつあるその姿。


「何で……ミアが?」

「ごめんなさい」


「どうして……何で自我が戻ったんだ?」

「分からないけど、気がついたら色々と思い出して……私、もう死にたいよ。もう、誰も……殺したくない! 誰も食べたくないよ! リア! お願い、私を今すぐ殺して……」


 そんな不条理なお願い。いまさらメファリスを殺したところで、死んだ家族が戻ってくる訳でもないのに、それでもメファリスは己の死を懇願する。


 全身から消えない残酷な感覚が、脳裏にこびりついた憎悪が、口の中に残る肉質の感触が、メファリスの精神を蝕む。出来る事ならレイスも、メファリスを楽にしてあげたいと思っていたけれど、自我を取り戻した今のメファリスに、レイスは疑念の種を見据えた。


「死なせない。このまま死んでも、誰も救われないだろ!」

「救いなんていらない! 私は死にたいの! こんなバケモノにされて、大切な人たちを喰い殺したんだよ? 今でも全身にエミリアの……オルティスとニフロの……それに、カフラスとダンの感触が残っているのよ……」


「すまない、ミア」

「何で!? レイスの腕の味までハッキリと残っているの! 殺してくれてもいいじゃない!」


堕天(シンラ)の生体を知るには、ミアの存在が必要不可欠なんだ。僕にはミアを殺せないよ。それに、僕自身もミアには死んでほしくない」


 そう告げたレイスの瞳には底知れぬ闇が潜んでいた。得体の知れない何かを見据えて、確固たる信念を滾らせているような、そんな不気味な感覚。


「リア……」

「絶対に真相を突き止める。ミアに何が起きたのか、どんな手を使ってでも。だから、ミアは死なせない。僕が一緒にミアを連れて行く。だから、死にたいなんて言うなよ!」


「でも、私はまた……マ、マダ……」



* * * * *



 レイスとメファリスが話し込んでいる一方で、ユアとレジナルドの2人がようやく星騎士を連れて戻って来ていた。森に引火したランプの炎は、薄暗い霧の中を照らし、コーランド婦人の屋敷へと2人を誘う。


 正面入り口を開けて悲惨な現状に驚愕する2人は、思わず尻込みをしてしまったが、すぐにアレクとフロドの2人が息をしている事に気が付いて咄嗟に駆け寄る。


「──アレク、フロド!」

「一体、ここで何があった?」


「レイス……が、森へ。バケモノと一緒に……」

「バケモンが生きてるの?」


「分かった、そっちは俺が追う」


 フロドが微かな声でレジナルドにレイスの事を伝えると、ユアと星騎士たちに屋敷を任せ、レジナルドは森の奥へと走り出した。全身に電流をまとい、稲妻のごとく駆け抜けてゆく。


(リアの奴、1人で無茶しやがって……)


 バケモノの通った痕跡を追って、森の奥へと進む。木々は無造作に削られ、体をぶつけながら走っていたのだろうとすぐに理解した。すると、突然に鳴り響く奇怪な悲鳴。それは、明らかに常軌を逸した悲鳴であり、思わずレジナルドが身をすくませて立ち止まった。


 そして、視界にレイスとバケモノを捉えると、まさにレイスが襲われている最中ではないか。


「リア! 止まれぇ!」


 ・固有能力〖電達操作(クリック・ショック)


 咄嗟に飛び出したレジナルドは閃光のごとくバケモノを横切り、全身からバチバチと電流を放電させて振り返る。まさに、電光石火の早業はバケモノを捉え、その動きを完全に封じた。


 すぐさま腰の剣に手を添え、居合の構えをとるレジナルドであったが、何故か満身創痍のレイスが右手を広げて目の前に立ちふさがる。左腕からはポタポタと血が垂れ落ち、なくなったその左腕を見てそっと構えを解くレジナルド。


「リア、何してる? そいつは……」

「ミアだ。ミアなんだよ! ロブ……」


 電撃によって動きを制御されたバケモノが、レイスの後ろでもがき苦しんでいる。それは、到底メファリスだとは思えぬ形相で喚き、今にもレイスを喰い殺そうとしていた。


 ≪シニタイ……コロシテ。モウ……タベ、タベタイヨ≫


「頼む、僕に任せてくれないか? ミアを殺したくはない」


 真っ直ぐに見据えたレイスの瞳にレジナルドの戦意は喪失する。どことなく恐怖さえ感じたレイスの真意とは、レジナルドに到底計り知れるモノではなかった。


「本当にリアの言う通り、そのバケモノがミアだとして、殺さずにどうするんだ?」

「──僕が白蛇に宿す」


 そうレイスが発したその時、懐からするりと姿を見せた真っ白な大蛇。レイスの身長とさほど変わらぬその大きな白蛇は、赤い瞳をレジナルドに見据えてレイスの体に巻き付いていた。


「リア、それは……ダメだ! 白蛇と固有能力で共鳴しているリア自身にだって、影響が全くないとは言い切れないだろ? それに、ここで殺しておかないときっと後々に後悔するぞ!」

「僕らじゃそもそも、堕天(シンラ)は殺せないんだ。コーランドさんが言っていたように堕天(シンラ)は星騎士でないと殺せない……僕らにはそもそも、こうする他に道はないんだよ!」


「星騎士ならユアと屋敷にいる。呼びに行くから、考え直せ!」

「僕を信じてくれよ」


 覚悟を決めたレイスの表情は清々しくも、レジナルドとの間に僅かながら歪を感じていた。レジナルドには恐らく一生理解し得ない事なのだろうと、その誠実な正義信に苛立ちを抱くレイス。


「正しい事だけじゃ、解決できない事もある」

「リア、だけどな……その考え方は──」


「後悔はしないよ。もしもの場合は、ロブ……君に全てを託す」


 そう言って、レイスは笑った。


「クソッ……本当にいつも勝手だな。政府にバレでもしたら、どうなるか正直見当もつかないぞ。こんな何人も喰い殺したバケモノをその上、保護するなんてどうかしている」

「ミアは絶対に殺させない」


 意思を固めたレイスはレジナルドに何を言われようとも、その意思が揺らぐ事はなかった。お世辞にも強いとは言えぬレイスに、どうしてそこまでの自信があるのかすらも、レジナルドには理解できずにいるのだ。弱虫で泣き虫で……出会ったあの頃と何ら変わりない様にも見えるその小さな腕を大きく広げ、片腕を代償にしてまでかばい続ける価値は本当にあるのだろうか?


 レジナルドには理解できない()()をレイスは見据えていた……。

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