小さな腕の代償 ④
【数ヵ月前】
新調した武具をレイスとレジナルドの2人に見せびらかす一同。
「俺はコカルにしたぜ」
アレクは自身の赤髪に合わせ、赤く装飾された耐火服を新調している。燃える腕に対して一切、燃え移る事のないコカルの糸で造られた耐火装備の衣類だ。星騎士の中でもその愛用者は多く、幅広く人気を得ているのがこのコカルの装備品である。
「俺はこのブーツ。これが結構高くてさ」
「アダマンタイト!」
銀髪で高身長のダンはアダマンタイト製の反重力ブーツを購入していた。能力をサポートする為に、自身を容易に浮かせる事の出来る装備品の一種であり、主に飛空艇や教団の戦艦にも用いられているような、古代浮遊技術の叡智でもある。
その硬度はダイアモンドにも匹敵すると言われ、反重力装置の応用技術には必ずといっていい程に、アダマンタイト鉱石が多く使用されていた。その為にその価値は高く、子供がそう安々と購入できる様な代物ではない。
「よくそんな金があったよな」
「カフラスとフロドに借りたんだ」
「そんな技術に頼るより先ずは、基礎的な能力の向上が最優先だろ? あっ、金はキッチリ返せよ。なっ、ダン」
「分かってるよ」
そういうカフラスは霊素操作を補助する指輪を購入したらしい。実際、性質変換のみで言えばかなりの戦闘力を有するカフラスではあるが、繊細な技術を要する操作能力に関して、いささかの粗が目立つ。その弱みを少しでも補う為に“ソウフの指輪”にしたのだという。
ツーブロックで短い茶髪にソウフの指輪は、カフラスを更に厳つく見せていた。普段からアレクと2人で街の悪ガキ共とつるんでいる為か、本質的な真面目さに相反し、大人達から忌み嫌われていた。
「ユアが欲しがってた刀は?」
「私は結局、短刀にしたわ。流石に持ち金で買えるような代物は置いてないって」
「そっか。まぁ、そうだよね」
霜月の星騎士が持つと言われているその刀は、強靭な刃で万物をも切り裂くとうわさされている一級品。まさに喉から手が出る程の代物で、最低でも億を超えると言われているのだ。まがい物ならまだしも、名刀と呼ばれている名のある刀には、数十億の値がつけられている。
また、ブルーアッシュにウェーブショートの髪型には、ユアの理想像を物語っていた。幼き頃に見た霜月の星騎士に憧れ、紺色の瞳を輝かせていた思い出が、今も彼女の中で色濃く残っているのだろう。
「それで、フロドは? ダンにお金、貸したんでしょ? ちゃんと自分の分は、買ったの?」
「俺はピアスにしたから……これ一応セットだったから、片方レイスにやるよ」
そう言ってフロドは、白金で出来た“霊奏のピアス”をレイスに手渡した。アレクとダンとカフラスがつるむように、レイスとフロドの2人もよく一緒にいる事が多い。特別、年長組のように仲良しという訳ではないが、フロド自身が信頼を寄せている唯一の存在がレイスなのだ。
黒髪パーマに縁の黒い眼鏡をかけた物静かな少年──それがフロドであり、誰とでも打ち解けるようなタイプではない。時折、メファリスとレジナルドが2人で行動する時にフロドは、レイスの隣にいつもいる。
そんな曖昧で、親密的な関係性が、この2人を不思議と繋いでいた。
「ありがとう」
「特に欲しいモノがなくて……」
「大事にするよ」
少し照れ臭そうにレイスが、左耳にそのピアスを付けた。フロドとお揃いでいささか気恥ずかしさにその頬を赤らめ、フロドも同じように左耳にピアスを付けると、レイスは優しく微笑む。
「そろそろ時間だ」
レジナルドが時計を見て移動するように促すと、一斉にマントを広げて本屋を後にした。
今日は各方面から教団の星騎士たちが集い、新国王をお披露目する戴冠式である。
白霧の国“第13代 白の王”の暗殺以来、空の玉座に王家が就任するのは、およそ2年ぶりの事であり、ましてや王位継承の儀を行わず、王が即位する事自体──この国始まって以来の異例事であった。
その為か、各地方に点在する支部の長達が一堂に会し、戴冠式の警護に務める為、異例の大招集が行われた。
孤児院の彼らもまた教団を志すと決めた今、先に見据えた星騎士たちの勇姿をその目に焼き付ける為、王都を訪れていたのだ。その胸を高鳴らせ、見据えるはアルブム城前に鎮座する四大天の4人。
そして、多くの星騎士長とその全てを統括する国儀最高権力:元帥の姿であった。
「もっと近くで見ようぜっ!」
「ミア、置いていくぞ! 早く!」
* * * * *
「待って……おいてかないで……」
メファリスは微かに聴こえるレイスの声を追って、暗闇の中を走っていた。永遠に続く暗闇の先をレイスとレジナルドが歩いている。その後を必死に追いかけて、すがりつくように手を伸ばす。
しかし、自身の足元がまるで沼のようにずっしりと重たく、2人からは次第に離されてゆくのだった。
「待って……」
ひざ元まで沈み、メファリスの体が段々と飲み込まれてゆくのに対し、2人はそれでも振り返る事はない。焦りと不安だけがメファリスを襲い、底なしの沼に引きずり込まれてゆくような不気味な感覚。
「待って、おいてかないで」
≪ メファリス…… ≫
「えっ!?」
聞き慣れた声が耳元で突然に囁くと、メファリスは驚いたように声のする方へと目を向けた。そこには、血塗れになったエミリアが憎悪の表情を浮かべて自身の左肩にがっしりとしがみついている。さらに、気が付くと足にはオルティスとニフロの2人がしがみつき、両の腕にはダンとカフラスが沼の底へと引きずり込もうとしていた。
≪ メファリス……一緒に行こう ≫
≪ 何で? 何で僕たちを殺したの? ≫
「いや……離して!?」
≪ 食べないで…… ≫
≪ メファリス ≫
≪ ずっと……一緒だよ ≫
「いやっ! やめて、離して! リア、ロブ! 助けてっ!」
憎悪に満ちた彼らの怨念に飲み込めれてメファリスは、次第に底暗い沼の中へと沈んでゆく。レイスとレジナルドは、沈みゆくメファリスに目もくれず、闇の奥へと消えてしまった。
そして、完全に視界が途絶えると、重かったはずの体はまるで水中に漂うかのように冷たく、それでいて孤独な感覚だけが残った。
(──苦しい、息が……)
意識が朦朧としはじめると次第に息苦しく感じ、再び重圧と共に沈んでゆく体。もがけばもがく程に体は沈み、息が続かない。そして、限界を超えて口を開くと一気に流れ込んでくる水圧が喉を押しのけて、体内を満たしてゆく。しかし、それと同時に感じた口の中に溢れる何かに、メファリスは気がついた。
血生臭く、弾力感は骨を伝い、濃厚な肉質を噛み締める。まるで骨付きの猪肉にでもかぶりついたような、何とも言えぬ贅沢感さえ感じていた。
口の中に広がる塩味によだれは溢れ、何度も何度もその味を噛み締める。
≪オイシイ……≫
ふと自身が声を発した事に疑問を抱いたメファリスは、薄っすらと視界が広がってゆく事に喜びを感じて瞼をこする。まるで、悪夢から覚めたかのように、不安な心が解きほぐれてゆく。
しかし、自身が持っている肉片に目がとまり、茫然と立ち尽くす自身がいた。
(えっ⁉ 腕……人間の、腕。ここは……どこ? 森の中?)
現状を理解する為に辺りを見渡すと、近くにレイスの姿を見つけた。
≪リア……≫
再び声を出すと、そのかすれたような気味の悪い声に一瞬、メファリスは戸惑いを見せる。そして、自身の体表が黒く変色し、爪は鋭く。まるで、鋭利な刃物でも持っているかのようなその爪に驚愕する。
自身のその爪が真っ赤に染まり、人の腕らしき肉片を握り締めているのだ。
近くに居たレイスに目をやると、レイスの左腕がなくなっている事にようやく気が付いたメファリス。そう、口に残るこの感触はこの腕が、レイスの左腕であったのだと理解すると同時に悪寒が全身にゾゾッと走った。
≪アッ……アア、ア゛ァ……ッ……アアアアアアア!≫




