小さな腕の代償 ③
【数ヶ月前】
「ミア、遊びに行こう」
「街に四方統括支部から四大天の4人が、やって来るらしい!」
レイスとレジナルドの2人がメファリスを呼びにやって来た。いつもながら仲の良い3人は孤児院へと一度戻り、みんなと合流する事に。
マントを羽織って出かける準備を整える面々に対して、街へまだ行けない小さな子供たちが孤児院の玄関先で騒ぎ立てていた。
橙髪の兄妹ザックとナルバが自分達も街へ行きたいと駄々をごね始め、桃髪のオルティスとニフロの双子はあれやこれやと質問ばかり。銀髪のジュリアはアマンダの手を握って、みんなの顔をニコニコと嬉しそうに見上げているのだった。
「ジュリアはお土産何がいい?」
「パルヴス=マヴロ!」
レジナルドの質問に嬉しそうな表情を浮かべ答えるジュリアは、お下げをユラユラと揺らして元気に飛び跳ねる。最近は『いじわるパルヴス』という大人気絵本に登場する不気味なキャラクターにハマっている様子で、寝る前にはいつも修道女アマンダに読み聞かせてもらっている。
児童向けの絵本にしてはいささかホラーテイストな内容のその絵本は、パルヴス=マヴロという意地悪な男に子供たちが騙され、いとも簡単に連れ去られてしまうという──実に、誘拐じみた恐ろしい内容であった。
「ジュリアにばっかりずりぃ! レジ兄はジュリアにばかり甘すぎだ!」
「甘すぎだぁ!」
兄のザックが叫ぶとそれにオウム返しをするナルバが、レジナルドの背中に勢いよく飛びついた。出かけようとしていた矢先、一向に離れようとしないナルバに対してエミリアがその背後から歩み寄る。
「こらっ! レジナルドに迷惑かけないの。みんなもう出かけるんだから、離れなさい」
「はぁ~い……」
「ごめんな、ナルバ。お土産ならいっぱい買ってくるから、エミリアとアマンダの言う事、ちゃんと聞いて、いい子で待っていてね」
レジナルドが優しくナルバの頭に手を添えると、ナルバは少しだけ頷いた。
見送るアマンダとエミリアにザック達を任せ、森の中へと走り出す一同。街へと向かうのは颯爽とマントを風に靡かせて、先頭をゆく年長3人にアレクとカフラスの13歳コンビ。それに続いて、ユア・フロド・ダンの12歳の3人が後を追う。
「俺達も今年の試験に受かれば、晴れて星騎士の仲間入りだな」
「カフラスは兎も角、アレクとレイスは論外でしょ⁉」
カフラスが今年の入団試験の話を持ち出すと、ユアが両手を広げて笑った。全員で今年の入団試験を受けてみようかという、何とも突拍子もない話がつい先日の事である。
「おいおい! レイスは分かるけど、何で俺まで?」
「いや、僕だって……」
「いやいや、レイスは無理だろ? ろくに性質変換も出来ないのに、モノを消したり、出したりって……最弱過ぎるだろそのスキル!? それだけで星騎士にはなれないよ」
カフラスの正論にレイスが反論すら出来ずにいると、フロドがそっと近寄り、一輪の氷の花を手渡した。
「大丈夫だよ。カフラスの言う、その能力はレイスにしか出来ない固有なんだからさ。性質変換が扱える俺達よりも、凄い事じゃないかな。性質なんて誰しもが持っているモノだし、逆に性質が発現しないレイスは、特別な存在なのかもしれない」
「フロドの意見には一理あるね」
「私も、そう思う」
「フロド……ロブ、ミア……。ありがとう」
レイスは少し、涙ぐんだ目を擦り、貰った氷の花を能力で仕舞った。
「いや、ちょっと待てよ! 俺へのフォローはなしかい!」
「アレクは……ダンに色々と教わるといいよ」
「フロド、俺に厄介ごとを押し付けるなよ」
「何? 俺って厄介ごとなのか? えっ⁉ 何だよ、無反応って、みんなして!」
「──ハハハハハッ」
みんなが壊れたオモチャのように笑い声を上げる中、アレクは目線を合わせようとしないみんなの態度に、ぽかんッとしたまま首を傾げていた。
性質変換がどうこうというよりも、アレクは単純に頭が悪かった。そもそも第一試験が筆記である事すらも、未だアレクは知らない。
教えようと幾度も試みはしたのだが、アレクは基本的に人の話を黙って聞いていられないタイプなのだ。そして、いつしか話題は逸れて、話すタイミングを見失う。
だから、その内に誰もアレクに筆記試験の話をできなくなってしまったのだろう。
──という事にしておこう。
街へと辿り着いた一同は、手始めに入団試験の為に武器屋を訪れていた。既に武器を持っているレイスとレジナルドは、隣の本屋に立ち寄り、みんなの買い物が終えるのを待っている。
「何で僕は性質が発現しないんだろう?」
「特質なんだろ。それよか、能力を磨いた方がいい」
「何だかなぁ。僕もロブみたいな能力が良かったよ。ロブは性質変換も特異術式も扱えて、さらに固有能力まで発現しているんだもんな……同い年なのに不公平だよ」
「固有能力は使い手次第だろ?」
「そうだけど……僕のって何だか、万引きか荷物持ちくらいにしか、役に立ちそうにもないだろ?」
「便利な能力だと思うけどね。荷物持たなくていいし」
「ロブまでっ! 結構、気にしてんだからなっ!」
「ごめん、ごめん。冗談だよ。でも本当に便利な能力だとは思うよ。リアは足も速いし、武器に触れられさえ出来れば、ほぼ相手を無力化出来るだろ? 俊敏性に機動力、それに近接特化の武術さえ極めれば、鬼に金棒ってやつだな!」
「武器に触れるなんて……そんなのほぼ、不可能だよ……」
「それに星霊の白蛇だって! ほら、憑いてるだろ? 星騎士の儀礼を受けずに星霊との契約が結べるのなんて限られた人間だけなんだぞ! 歴史に名を刻む偉人たちの多くが、先天的に星霊との契約をした者ばかり。リアは恵まれていると思うけどね。だって白蛇だぜ? 教団のシンボルにも描かれている大いなる星霊。治癒と繁栄と富の化身として知られている神の使いだ」
「そうだけどさ。白蛇と言ってもその根本の契約が思い出せないんだけどね……呼べば出せるけど、使い道としては今の所──聖域としての器でしかないんだ。僕の固有能力は生物を保管する事が出来ないんだけど、この白蛇を経由してなら何故か生物も黄昏に保管が出来るみたいなんだよね」
「リアの固有能力ってホント……戦闘には全然向いてないけど、不思議だよなぁ」
「ハイハイ、どうせ最弱スキルですよ」
「そう拗ねるなって!」
そうこうしているうちに、武器を買いそろえたみんなが本屋へとやって来た。
「お2人さん……お待たせ!」
メファリスが指揮棒ほどの小さな杖を片手に、我が物顔で2人にそれを見せびらかす。黒髪に映える白く繊細なその杖は、コーランド婦人と同じヤマナラシの木で造られていた。
「やっぱり、ヤマナラシの木にしたんだね」
「小さいけどね」
「他のみんなは、何にしたんだ?」
レイスが質問すると、自慢げに見せびらかす一同。
なけなしのお小遣いとは言え、それなりに貯めていた彼らは、入団試験の為に大枚はたいて購入した武具のそれらをその身に飾る。ニコニコと得意げに披露するそれらは、どれも子供が買えるような代物ではない貴重品ばかりであった。
恐らくは交渉上手のダンが店主を困らせる程、値切りに値切ったのだろうと推察するレイス。もう直ぐ開かれる年に1度の入団試験に向けて、それぞれが最良の武具を用意した。




