とある前世を思い出してしまった侯爵令嬢と、彼女が幸せになるまでのアレコレ
木綿のハンカチ。なお、ピンクの刺繍は入っていない
「おい、キャロ。お前午前中の休講になった教室で男と小一時間も仲良く話してたってな?」
ある、初秋の日。
俺は第4中庭でやっと見つけたキャロにそう声をかけた。
まぁ、キャロの次の講義は分かっていたから、通り道のここで張ってたんだが。
後ろから声をかけたところ、ビクッっとして軽く飛び上がり、ゆっくりこちらを向くキャロがいた。
声をかけただけで飛び上がるとか、今時子供でもやらんわ。でも可愛い。
「お・・・おおおお久しぶりですわ!リュー様!私次の講義がありますの!これで失礼させていただきますわ!・・・キャァアア!!」
どうせ逃げるだろうと思ってたので、いつもより5倍増しの早口でまくし立て逃げようとするキャロの腕をつかみ、グイッと引っ張り回転させ、反対側の手でキャロの腰を少し高めに持ち上げ俺に密着させて固定する。引っ張られて驚いたのかキャロが悲鳴をあげる。
すぐ目をそらすので、右手で顎もくいっとあげて顔も固定させる。捕獲完了。
「朝ぶりだけどな?さて、言い訳を聞かせてもらおうか?」
顎を振りほどこうとしたが振りほどけず、腰も持ち上げて固定しているために力が入らないのだろう、足をバタバタさせているがただでさえ俺より力が弱いのに不安定な足場の為に当然振りほどけない。
簡単に振りほどけないと分かると目を潤ませムームー言い始めた。
・・・こいつ、振りほどく事に夢中になって俺の話聞いてなかっただろ。
他の女は、俺がちょっとした動作をとるたびにキャーキャー言ったりするんだが――――いや今も中庭にいる女生徒は言ってるんだが、キャロは大体ムームー言う。実は中身が新種の小動物とか言われても激しく納得する。
キャロはひとしきりムームー言って脱出を試みた後、突然目を輝かせ「そうだ!」みたいな顔をした。
おい、待て何を思いついた?
するとキャロは、その場で「えい!えい!」と言いながら一生懸命ジャンプを始めた。もちろん俺に固定されているので、大して飛べやしない。そのヒールで俺の脚でも踏もうという作戦か?全然届いてないけど。でも多少は痛そうなので念のため、そっと足をずらしておく。
「・・・お前なにやってるんだ?」
あまりにも理解できないので、そう本人に直接聞いてみる。
「リュー様が離してくださらないので(えいっ)!ジャンプで頭突きして(えいっ)!油断したところで逃げるのですわ(えいえい!)!」
最後は二回とんだ。
俺の腰を抱いてる左腕を振りほどいて、あと15センチくらい飛べば当たるかもしれないが・・・、まぁその前にきっと避ける気もするけど、そもそも元々身長差が20センチ以上あるので俺が屈まないと頭突きを受ける事も難しい。
いずれも不発だったため、しーーーんとなり、またキャロはう~~~と目を潤ませた。
ちなみに、この第4中庭は教室移動のための生徒が15人ほど先ほどから俺たちの攻防を見守ってたが、その生徒たちも絶句したのかヒソヒソ話も止んだ。
「あ~・・・おまえ、魔法とか使えるんだからどうしても離してほしかったら風魔法とか使えばいいんじゃないのか?」
思わず可哀想になり、逃げてほしいわけではないのだが提案してしまう。
ちなみに、今度はキャロはモゾモゾと腰を左右に捻り隙間を見つけて脱出する作戦遂行中・・・だと思うこれは多分。
校舎での魔法の使用は厳禁であるが、中庭でケガしないような魔法であれば感知されても怒られないと思うが。
「万が一!リュー様が風にあおられて転んで怪我でもしたら、どうするんですか!絶対嫌です!!!」
力強く大声でそう宣言する。
いや、多分絶対先にキャロの方が怪我をすると思うが、いやさせないけど、―――
「まいったな・・・」
思わず口元がにやけてしてしまう。
殿下とは別の意味でアホ可愛い我が婚約者殿は、社交的な面だと大変迂闊な面があるので、何かあるたびにこうやって即座に捕獲をして指導をしてきた。が、その度にこうやって意表をついて俺を驚かせドンドン好きになっていく気がする。やばい、麻薬か何かか。
「仕方ない」
左腕にさらに力をこめキャロを抱き上げ、そのままの勢いでキャロの唇にキスを落とす。
キャ――――――――!と何人かいた女生徒たちが黄色い声をあげる。見世物じゃねぇぞ!
いや見世物か・・・
少し深いちょっと大人なキスを20秒ばかり続けたら(中庭の公序良俗ギリギリに挑んでおります)、クテっとキャロの力が抜けた。また気絶したんだろう。ちょろ。あと、やわらか。
「おっと、我が婚約者殿は具合が悪いようだ。これは大変、保健室に連れて行かなければな!では、諸君ごきげんよう。ああ、あとキャロと同じ授業の方は教授に欠席を伝えておいてくれ給え」
ハッハッハと笑いながら気を失ったキャロを横抱きにして保健室に向かうお俺。
ご機嫌だな!俺!
「侯爵令嬢と平民の男がサシで長時間密室で話してた」というキャロへのの悪意をもった不貞の噂も、その後中庭でキスかまして失神してたら消し飛ぶでしょ。あれだけ熱い告白をされたわけだし。
今まで、女にそこまで興味なかったけど、キャロがいてくれて毎日が多分クッソ楽しい。
うちのアホの殿下といい、俺はこういう腹に一物ないタイプが好きなんだろうなって思う。純粋に向けてくれる好意がくすぐったく気持ちよかった。
この後、起きたキャロをどうなだめるかの算段を立てながら保健室に向かう。
保健室で意識を取り戻したキャロが案の定拗ねてポカポカと殴られ、保険医には「あんたたち毎回砂吐きそうなんでできれば他所でやってもらえませんかね?」と仲裁され、結局噂の男はなんだったのかと聞きだすと「リリヤンと毛糸雑貨の会」の同じ会員仲間で、病気の妹の為に喜ばれそうな作品の相談を受けたのだそうだ。何だそのシチュエーション。ちらりと脳内にピンクの刺繍をさしたハンカチーフがよぎり、慌てて脳内から追い出す。教室には他に何人も生徒が居たし手芸と兄弟の話ばかりしてたからまさか不貞のうわさが立っているとは思わなかったそうだ。主にローランド愛を語ってたんだろうな。哀れローランド。
「反省しますわ・・・」
シュンとしたキャロがくっそかわいい。
「次からは!複数人の方々と一緒に手芸の話をしますわ!」
そうドヤ顔で宣言した。訂正しよう。アホ可愛い。
ちなみに、キャロが言うには興味を持った殿下が入会し、15分で「ハハハハハ!これは俺には無理だな!!はじめから最後までどこが合ってるかもわからん!」となったため、主にリリヤンで編んだリボンなどで飾られる係になったり、生まれたばかりの同母妹王女のために編みぐるみをもらって喜んでるのだという。手芸作品布教のために「男でも持てる作品作り」が今会の間で流行ってるとか。ちょっと待て、何で側近候補の俺が殿下の入会を知らないんだ。後でアホの殿下の方も回収に行かなければ・・・。
後日、キャロのうわさは予想通り消し飛び、俺とキャロの仲を応援する会(何が楽しいんだこんなの)の会員が増え、あとキャロのあだ名に「小動物」「妹」が新たに追加されたのを記録しておく。
・・・そのうち「妹を愛でる会」とかできないだろうな?
お前ら全員爆発すればいいってなる。