53話 閉じる時
『悪炎の王』の名前は、ヴォルノ。マギノ山の頂きに降り立った怪物少女。青色の炎が美しかった覚えがある。先輩の『魔狩り』、2名を焼死させた。ダーリアに匹敵するか、対魔物においては凌駕する実力者だった。名前は覚えてないけど。
『悪炎の王』はマギノ山の頂きに氷漬けにされているはず。そうするしか抑えられなかった。野に放っていい存在ではなく、だからといって駆除しきれなかった。やむを得ず、それも、ダーリアとミミカが必死に戦って。僕はなにもしなかったけど。
今回は炎ではなく氷らしい。
「いいぞ。やはり魔王が直々、に来てくれた。『パラーチ』と、して、空前絶後のチャンス到、来だぞ『ヴォースィミ』。あれを殺し、我々の使命、を果た、そうか」
氷山が降ってきている異常事態。呑気というべきか、度胸があるというべきか。『ジェーヴィチ』は笑っていた。その近くにはいつのまにか『ヴォースィミ』も立っていた。金髪の可愛らしい女の子だったはずだが、血塗れて物騒なことになっている。
「『零の王』、氷とは涼しげだハハハ!」
頭のネジが飛んでいるのは周知の事実。しかしそもそもが欠陥品だとは知らなかった。
笑える状況ではまったくない。
「助けてぇェェェェ!」
みっともない声をあげながら僕はダーリアにしがみつく。近寄るだけでは駄目だ。くっつかなければならない。ダーリアが助かるのに僕も巻き込んでもらう。
「『扉を 解放する』」
迫る氷山、猶予は皆無。
「『火炎の うねり 昇れ 滅するまで』」
猶予もなければ余裕もない。普通の人間にとっては生死を分ける一瞬。他者を気遣う暇などない。
ダーリアは炎の渦を生み出し、真上にある氷にぶつける。炎が直撃した部分は溶けてなくなった。
雪崩の時に確保するエアポケットの人間サイズ。呼吸をするために口元を覆ったりするあれだ。ダーリアは氷を炎でくりぬいて、同じようなことをしたのだ。
「イエスッナイスッ!」
口にしたこともない称賛。僕はテンションが上がっていた。
死なないけど、潰されるのは嫌だった。氷山がなくなるまで動けないという地獄から逃れられるからだ。
運命の時はやってきた。
今まで聞いたことのないような地鳴り。もはや音ではない、直接鼓膜を数十発叩かれたような感覚。どうにもならない暗闇が包み込み、僕らは氷に閉じ込められる。
生き延びた者はどれほどいるだろう。ダーリアのように考えて行動できれば御の字な状況だった。考えるということすらも吹っ飛ぶ絶望にかられた者。考えてもどうにもならなかった悲劇的な者。いろいろいただろう。
「くっつくのやめてよ気持ち悪い」
「ハハハ、生き残れたことに感謝すべきだと思うけどなぁ」
「私がやったんだから感謝もないよ」
運命に感謝する的な、そういうのとは無縁の女。生き延びた喜びを分かち合うつもりはゼロの様子。淋しい。
「それにしてもさ……よく思いつくもんだね」
ダーリアはスペースを一人分しか用意していなかったので、僕は仕方なくダーリアの脚にコアラみたいにくっついている。
「いつも、あらゆることを想定してるよ。こういう状況でも冷静でいられるように」
度々、この女は究極の心配性だと思う。殺人中毒者としては当たり前なのだろうか?
「くっつかれてるのも嫌だから、溶かすとするよ」
「はいはいよろしく」
そんなに嫌か。いくら僕でも傷つくぞ。ぶっちゃけ僕だって好きでくっついてるわけじゃないんだ。
ダーリアは炎の魔術で氷を溶かしていき、一畳分くらいのスペースを確保した。狭いが、くっついているよりずっといい。
次にする行動は決まっている。いつまでもここにいるわけがない。
「他の連中はどうなったと思う?」
「興味ないよ。生きてればいいんじゃない?」
氷から脱出するためにダーリアは氷を溶かしていく。外へ出るための道作りだ。
「そういう人間だとは思ってたけど、やっぱダーリアはクズだよね」
「リムフィ君にだけは言われたくないよ」
どうでもいい話をしている状況では断じてないが、僕は暇で仕方がない。働こうにも何もできないからね。無力でよかった。働かなくていいんだから。実に楽だ。もし僕が有能だとしても働かないけどね。
ダーリアは地面をびちゃびちゃにしながら進む。炭鉱で働いてるような気分だ。終わりが明確な分、こちらが楽だろうが。
「……やっとだよ」
数十分ほど溶かし進めてようやく、外に出るための穴を開けたらしい。
ぐっじょぶ。よくやったと誉めてやる。
氷に囲まれた空間、寒くてたまらない。手が悴んで辛い。一刻も早く外に出たかった。
だから僕は、外への出口を開通させたダーリアを押し退けて、我先に外へと飛び出した。ダーリアがなんか喋ってきた気がするけど無視する。
「……あぁ?」
僕は目の前の光景に言葉を失った。
地面が赤い。草が生えていたはずだが、赤い絨毯に変わっている。どういう状況だかさっぱりだ。
僕は後ろを振り返る。平原を飲み込むほどのでかい氷がある。それは知っている。
また正面を見る。赤色の光景。
察することは容易。この赤色は血だ。人間と魔物の血が染めたのだ。
「やぁ兄さ、ん。それ、にダーリア・モンド。潰され、てしまったの、かと思ったが」
不意に聞こえてきた『ジェーヴィチ』の声。どこから聞こえてきたかといえば、まさかの足元。
両腕がない状態で転がっていた。
「ご覧の通りさ。無事でいる」
「こちらはこの様だ。笑ってくれ。潰されな、かった人間た、ちと共に『零の王』に挑ん、だが、圧倒された」
知ったことか。
「他の人達は?」
「死体がないなら、氷の下敷き。あるなら殺された」
他人がいなくちゃ、僕は楽できない。他人なんかどうでもいいけど、いてもらわねば困る。だから少しだけ心配してやっている。
「人類を守るための我々が、こうも簡単に負け、てしまう、とはな。『ヴォースィミ』がどこ、かに転がっているは、ずだから、回収してお、いてくれ。墓は別、で頼む。死んだ後は一人が、いい」
僕と違って、コイツらは不死身ではない。死ににくいというだけだ。それはグアズ・シティで僕を襲ってきたヤツと同じこと。
「あの娘とは仲良しなのかと思った」
「目的が一致していた、だけだ。アレは命、令がないと動かない欠陥品、だが、命令すれ、ば有能だから連れていた、に過ぎない。人類のために、戦った結果がこれでは、結局のと、ころ欠陥品だったな」
ずいぶんとドライだな。僕を兄と言う割には、僕と全然似てないじゃん。
「だったら死体も転がしといていいんじゃない? 僕だって彼女に思い入れなんてないし。むしろ恨んでるくらいだし」
初対面のときに殴られたことは決して忘れない。
「じきに死ぬなら、僕としてもすごく嬉しい。まったく、存在そのものが本当に癪に障るからね」
「『パラーチ』同士、仲良くやって、いきたかった……ん……そろ、そろ限界か」
よし、さっさと逝け。お前ほど死んで悔いのない野郎はいない。
「ジンバルド……グラミルム……あな、た方の願いは果たせず終わり、今からそちらへと逝くのか……嫌だな」
その言葉を最後に、『パラーチ』の片割れはピクリとも動かなくなった。嫌だな、なんて思う思考があったのか。なにが嫌なのか、もう聞き出すことはできない。モヤモヤする、最後の最後に僕の気分を害して逝くとは、やはり最低な存在だ。死んでくれてよかった。




