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52話 氷

 攻めてきている魔物にはゴブリンとかオークとか、見慣れたような奴らが多い。もちろんそれだけでなく、見たことのない魔物もチラホラと見受けられる。気色悪い虫みたいなのとか、熊みたいな犬とか。

 魔物は地上だけでなく空にもいる。僕が見慣れているガーゴイルとか、羽が生えた馬とか。もちろん虫系もいた。虫というのは魔界にもよくいるのだろう。鬱陶しい存在だからな。


 そんなのを相手にしていた我々グアズの防衛戦線。実際、混戦状態で大ピンチ。うじゃうじゃいるような敵に、『魔狩り』を含めた防衛部隊の心は砕けていった。


 混戦になってしまったのが良くなかった。敵味方がゴチャゴチャになっているというのは、同士討ちの危険があるということ。それが人間にとってはストレスになる。


 まだまだ戦いは始まったばかりだが、すでに絶体絶命。魔物の軍勢によって、人類は終わってしまうのか。


 ……僕にはよくわからないです。なんとなく、必死に戦ってる人達は苦しそうだなとか思ってたから。他人事じゃなきゃ、ここまで冷静に分析できないし。


「ダーリア、ミミカとは連絡ついた?」


「まだだよ」


 岩盤プレスされていた僕を、この女は気遣いもしない。黙々と、向かってくる雑魚魔物を斬り伏せていく。僕の復活が嫌だったのだろう。


「どうしてこのクズを助けたのか聞いていいよね? 『パラーチ』さんよ」


 魔物を斬って斬って斬りまくるダーリアの声が、明らかにイラついていた。魔物が向かってきていなかったら間違いなく『ジェーヴィチ』に斬りかかっていただろう。


「は、はは、兄をクズと罵らな、いでくれ。この男は必要なんだ。幽霊にも納得してもらってる」


「あの幽霊の了承じゃない。飼い主に聞くべきことだよ、そういうの」


「そんな話をしてる場合じゃないけど」


 僕が止めなかったらダーリアは噛みつくのをやめなかっただろうな。ダーリアは怒ると周りを気にしない質だ。


 寄ってくる魔物からの攻撃を受け続ける僕。回避するだけの身体機能は持ってない。痛いのは嫌だけど我慢するしかない。寄って来たやつはダーリアか『ジェーヴィチ』に任せて倒してもらっていく。


 斬られ殴られ刺され、血だらけになりながら僕は、目の前で起きていることを眺める。


 敵味方区別なく行われる殺戮、音速ほどの速度で動く悪魔のような改造人間が、速度に身を任せて目につく生き物全てを薙ぎ倒し殺していった。

 人間だ魔物だと差別することはない。ある意味では優しさすら感じられる。音速で頸を折られたりしたら、痛みを知る前に死ねるし。


「『ヴォースィミ』だっけ? 大丈夫なの? なんども身体が崩れて、治って、走ってを繰り返してるけど」


「問題はな、い。雑魚はとっと、と片付け、ボスを引っ張、り出す。目的はひと、つ」


 その目的を利用するために僕はこいつらを呼び寄せた。すごく嫌だったが、使える。僕が逃げるのに役に立つ。役に立ってもらう。

 僕が安全に逃げるために。この弟たちは兄を幸せにするために生まれてきたんだ。


「魔王、討伐だ」


 知ってる、だから驚いたりしない。『パラーチ』という存在が何のためにいるのかわかっているから、その目的には納得できる。


 魔物から人類を守るための『パラーチ』。


 攻撃こそが最大の防御というならば、敵の頭を討つのが手っ取り早い。簡単すぎることだ、簡単すぎるが実践するには難しい。

 しかしこの状況。魔物との戦争。人類と魔物命運を賭けたこの戦争は『パラーチ』にとってとても良い状況。

 戦争が起きた経緯からして、何もかもが好都合。だからミミカ経由で協力を依頼しても来てくれたのだ。


 命運を賭け、同胞の仇討ちに顔を出さないわけがない。魔物であろうと思考はできる。思考できるなら、そう考え実行するのが普通だ。


 魔王という異常存在に普通なんか通用するかどうか、そこが疑問点。悪炎の王と話した経験からの推測だが、魔王もそこそこ人間味があるというか、人と同じような感情を持っている可能性は低くない。


「『ヴォースィミ』、もっと殺し、ていけ。魔王は多、数の死によって引、き寄せられる。魔物でも人間、でもいい、死体であ、るなら構わない」


 そういう性質なら実に魔王らしい。この前の魔王様は炎を撒き散らしながらやってきた、ただの迷惑ちゃんだったからな。

『ヴォースィミ』という少女は、実に機械的に軽やかに、命を絶っていった。人間の急所は限られていて分かりやすいが、魔物は急所の位置が種類によって違う。体格それどころか形だって違う。魔物がみんな人間の形をしているわけがない。

 『ヴォースィミ』は『パラーチ』。人を守るため、魔物を殺すために生まれた。全ての魔物の急所を知り尽くしていると言われても驚きはない。


 知識と実力を兼ね備え、高速移動が可能な兵士。これだけでもインチキもいいところで、さらにはブッ飛んでる治癒能力まであるんだから、もうこの世に存在していていいわけがない。


 そんな怪物は魔物でも人類の味方でもなく、ただただ視界に入ったのだろう生命体を殺すだけの存在となっていた。


「いいぞい、いぞ。その調、子だ『ヴォースィミ』、もっとやれ」


 明らかに図に乗り始めている『ジェーヴィチ』。態度が鼻につくのは元々だが、調子が良いとここまで鬱陶しくなるとは。叩き殺そうとしたけど消え去って音だけ鳴らす蚊よりウザい。


「少し調子に乗りすぎてるよ、『ジェーヴィチ』……だっけ?」


 どうやらダーリアも同じだったらしい。だよね、鬱陶しかったよね。わかるよ。


「ふは、は。すまない、な。しかし許してく、れ。『パラーチ』としての使命をこん、なにも早くに達成できるとは思って、いなかったんだ。嬉し、くなる気持ちを理解してく、れるだろう?」


「理解? できるわけがないよ。あんな風に人を殺しまくって嬉しくなるヤツのことなんかわかりたくもない」


 そういうことじゃないと思う。殺し方の問題じゃなくて、真っ当な人間ならもっと怒り方が違うと思うんだけどな。

 一人をじっくり殺すダーリアにとって、『パラーチ』のやってる虐殺染みたことは気分が悪くなることなのだろう。殺人鬼の思考回路はよくわからない。殺しなんてみんな同じ、だから死ぬも同じ。差なんてない。変わらないと思うのは僕だけですか?


「お嬢さ、ん……そう苛立たないほ、うがいい。そろそろ、この戦争の主、賓がいらっしゃ、る頃合いだ。王がやってく、るなら静粛にするべ、きだ。多すぎ、る来賓も間引いたしな。準、備は整っている」


 『ヴォースィミ』は混戦のなかで死体を増やし続ける。攻撃を受けてもどうということはない。すぐに治る。素早く動いて、殺して、治って、また動く。それの繰り返し。


 もはや一人で両軍とも全滅させる勢いだったが、それは突如として遮られた。


「いい加減にしろ、人間擬きが。ここは俺様が降り立つ場所だぞ」


 空から男の声が降ってきた。姿は全く見えない。雲の上にでもいるのだろうか? その声の後にすぐ、氷も降ってきた。雹とかちゃちなものじゃなく、まさにそれは氷山だった。


 大勢の人間の悲鳴が聞こえてくる。落下してくる氷山から逃げ惑う人々。

 僕たちも同じ、逃げねば潰される。対抗しようだなんて思えない大きさ。ダーリアも走っていた。


 戦場のすべてを押し潰してしまうほどの氷山から、逃げる術はないと僕は悟った。全力で走っても、影から抜けられない。


「助けてェダーリアァァァ!」


 情けないと笑われようと、助かるならば誰にだってすがるさ。


 ダーリアも逃げることは不可能と考えていたらしく、途中から走るのをやめていた。


「無駄、だ。あれが魔王なのだ、から。逃げ、るのでなく、戦うべきだ。『悪炎の王』と同等だろ、うと殺さね、ばならん」


 辛うじて聞こえた『ジェーヴィチ』の声。空に浮かぶ一人の男を見上げて呟く。彼は走ってすらいなかった。




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