45話 パラーチ
「アンタらは……何者なんだ?」
すごくありきたりなセリフを吐く僕。しかし、他に言葉がない。
『ジェーヴィチ』はゆっくりと、僕たちに向かって歩いてくる。ミミカと共に臨戦態勢。迎え撃つ準備はすぐにできる。
「まぁ、待ってくれ『アドゥナー』……。戦うつもりな、んかない。さっきのは、ついうっかりやってしまったこと、だ。急にそこの幽霊が魔、術を使おうとす、るものだから」
『ジェーヴィチ』は自分の行いが正当であることを譲らないつもりらしい。人の顎を砕いておいて、正当であると主張するとは片腹痛い。僕じゃなかったら、ということを考えてみてほしい。理由は何であれ、重罪だ。
「ミミカ、遠慮しなくていい。当初の目的は果たそう。コイツらはどう考えても邪魔だよね? なぁ?」
僕はちらりと、ミミカを横目で見た。
緊急事態が発生していた。
ミミカは幽霊らしく浮かんでいる。しっかりとつま先まで脚はあるのに、フワフワと浮いている。その脚のおかげで、僕はミミカの気持ちを察することができた。
膝が、震えていたのだ。幽霊のくせに。
「幽霊……さんは、ミミカという、名前なんだね。君は『アドゥナー』と違ってわ、かるみたいだね? ん……もし、かして、つい今理解したのか?」
ミミカの状態をよく理解しているようで、『ジェーヴィチ』は身じろぎひとつしない。恐怖の感情を持ち合わせていないような雰囲気だ。
「あぁ……つい今理解したの。魔力感知で正体を探ろうとしちゃったのが、不味かったの」
たぶん、ミミカはとても優秀なのだろう。敵の正体を探ろうとしたことを咎めることはできない。攻撃をしようとする前にやっておけば上出来だったが。
「ミミカ、は人を殺すと、き……特に何も、考えな、いタイプなのかな。殺人は、流れ作業、と同じかい?」
ダーリアとは違う種類の外道。それがミミカだ。ダーリアは殺しを楽しみ、思考する。ミミカにとっての殺しは、あくまでも研究の手段に過ぎない。さらに今回のように研究とは無縁なら、機械のように淡々とやるような幽霊だ。
「ミミカのこと、なにも知らない癖に! 生意気なこと言ってるんじゃないの!」
「怒鳴るって、のは図星ってこと、かな。面白いなぁ、人と会話するってのは。すごく、楽しい、ことだな。人生経験の、少なさは欠点だと思って、たが……いつでも新鮮な気分なの、は良いな」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる『ジェーヴィチ』。とても腹が立つ。あのニヤついた顔を殴り飛ばしたらさぞ気持ちよいだろう。ミミカもとなりで拳を震わせていた。同じ気持ちなんだろう。幽霊のくせに拳を震わせるとは。
「あぁ実に失礼、だった。楽しい、ことは共有できるはずだ、が……これは独りよ、がりなことだった。『ヴォースィミ』……休憩は充分だ、ろ?」
僕らの後ろにいた『ヴォースィミ』はゆっくりと、僕とミミカを横切って『ジェーヴィチ』の元へ。それにしてもぼんやりとしている。前方不注意もいいとこな歩き方だった。
「私と『ヴォースィミ』は『アドゥナー』……君を参、考にして造られた、人間兵器『パラーチ』……さ。『ヴォースィミ』は8、私が9番、目に造られた。つまり『アドゥナー』、君は私、たちの兄さんというこ、とだ」
「僕の兄妹だって? 冗談じゃない。お前らみたいなクズはいらん」
「クズというならそ、ちらだ『アドゥナー』。グラミ、ルムが唯一造った『失敗作』でもあり、『完成品』でもある。不死という完全なる一、点特化は戦闘におい、ては役立たずもい、いとこだが、次の品への糧にはなるからな」
ミミカから聞いたことがある。グラミルムは『兵士』を造ろうとしていたということ。こいつらはたぶん、その造られた『兵士』なのだろう。僕の後に造られた、弟と妹なんだ。
『ジェーヴィチ』の言うことで妙な疑問がひとつ。
「僕が『失敗作』である理由は魔術を使えないからだろ? 不死身という力を得ることは成功してるじゃないか」
「『アドゥナー』……君の、は成功の度が過ぎている。だか、ら『失敗作』だ」
どういう意味なのかまるでわからない。
困惑している僕とミミカを無視して、『ジェーヴィチ』は『ヴォースィミ』の肩に手をおいた。
「また近いうちに会お、う。兄さん。さ、『ヴォースィミ』……行け」
『ジェーヴィチ』の指示に、『ヴォースィミ』はぼんやりとした顔のままコクリと頷いた。
そして僕が瞬きする間に。
――二人の姿は影も形もなくなった。
「はぁ!?」
素っ頓狂な声をだしてしまった僕の気持ちはぜひとも理解していただきたい。人間二人が突如として消え失せるなんて、ありえてたまるか。
「……めっちゃ気分悪いけど、興味深いの」
怖がっていた癖に、この言動。ミミカという幽霊の人格はいったいどうなっているのか。解剖でもできたらよかったのに、幽霊では脳の異常も調べられない。
「なぁなんでアイツらは消えてしまったんだ!? 透明になる魔術でも使ったのか? でも僕の兄妹を語るなら魔術使えるなんてズルいぞ!」
「リムフィ、妬みはみっともないの」
やかましい。そりゃ妬むに決まっているだろう。僕は魔術を使えないのに、弟と妹は魔術が使えるなんて、兄に対する敬意が足りてない。血の繋がりが皆無だからこそ、僕に対して敬意を払うべきだ。
「断っておくけど、奴らは魔術を使ってないの。魔力の変動がなかったの」
「はぁ? だったら消えてしまったことはどう説明するのさ」
「地面を見るの。すぐわかる」
ミミカに言われた通りに、僕は地面をみる。僕の足元、ミミカのいる場所の地面。そして、『ヴォースィミ』と『ジェーヴィチ』が消え失せた場所。
地面が、抉れていた。そして、足跡が点々と連なっていた。『ヴォースィミ』が直立していたところはすべて、地面が抉れて穴が開いている。
「グラミルムは実に厄介な代物を用意してくれたみたいなの。これならリムフィが『失敗作』というのも納得がいくの」
まさか、そんなはずはありえない。人間がそんなことできるものか。
僕は必死に、思いついてしまった説を忘れようとする。この説を信じてしまったら、僕という存在の必要性がなくなってしまう。
「『ジェーヴィチ』のほうはまだわからないけど……『ヴォースィミ』のほうはわかったでしょ? あの女は恐らく音速を超えた速度で走ることができる。ただの人間なら不可能だけど、リムフィの妹なら治癒能力がある……強引に身体を動かして速く動いてるだけなの」
「そんな馬鹿な話はないだろ!」
いくらなんでも改良されすぎ。僕はただ不死身ってだけの、身体能力は常人レベルなのに……なんでそこまで異常になれるのかわからない。
「リムフィの身体に混ざってるのは吸血鬼とスライム。でもアイツらはどっちかを捨てて完全な不死を諦めてる。そのかわりにってとこなの」
だったら僕も不死身なんていらない。少し人よりも死ににくいくらいで構わないから、その異常な能力が欲しいものだ。常人以下の身体が不死であっても、宝の持ち腐れだ。
「『パラーチ』だっけ? 俄然、興味が湧いてきた。最初はリムフィと同じような気味の悪い魔力だったからビビったけど、もう種は割れたから興味しかないの!」
「……そいつは、よろしゅうございました」
僕の気分の落ち込みを察することなく、ミミカは舞い上がり始めた。
僕も『パラーチ』であることは間違いない。『アドゥナー』という奇天烈な名称で呼ばれていた時期がある。たぶん形式番号のようなものだ。
『ジェーヴィチ』も『ヴォースィミ』も割と奇天烈な名前に属する。この世界に来てから……というか外を歩き始めてからそこそこ経つので、こちらの世界の常識も備わってきている。
「ミミカ、いったんグアズ・シティに戻ろう。一緒に来なくても別に構わないけど」
「あっそ、ならミミカはもう少し研究所を調べてくの」
ミミカはフッと消えていなくなった。有言実行の速さは見習うべきか。
あの二人がどこに行ったのかはわからないが、必ず始末する。アイツらがいると、僕の心の平穏は保たれない。研究所での真実を知っているからだけでなく、存在そのものが僕を不快にさせる。
だから始末する。
心にそう誓って、僕は徒歩でグアズ・シティへの帰路についた。馬車は一台も残ってなかった。
研究所からグアズ・シティまで歩くのはこれで二度目。
前は朝日だったが、今回は夕日。暗くなる前にはグアズ・シティに戻りたい。
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