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39話 救援は幽霊

 『魔狩り連盟本部』の応接室。僕が面接を行った場所だ。そこで僕は『魔狩り連盟』の長であるジェス・ヨーガさんとテーブルをはさみ、向き合って座っている。


 自爆してから2時間ほどが経過していた。ジェスさんが気遣ってくれて、少し休む時間をくれたのだ。


「……国立魔術研究所が、君の身柄を引き渡せと言ってきている。君の正体を解き明かすためだろうな」


 開口一番、ジェスさんの一言に僕は固まってしまう。

 ピンチはまだ続いているらしい。ジェスさんの手は救いの手ではなかったようだ。


「僕の正体だなんて……そんな」


「とぼけなくて結構。私はすでに、君についてのことを魔術研究所から話を聴いている。君はある研究の実験体だったが、魔術研究所から逃げ出してきたとね」


 ……おっと、予想以上に僕の素性が明かされているようだ。魔術研究所の連中は僕が逃げ出したことを把握していたのか。

 そういうことなら、僕のことを知っている人間はそこそこの数はいるはずだ。いつ僕のことを知ったのかはわからない。逃げた当初から泳がされていたのか、先の爆発で認知されたのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。僕としては、僕のことを知っているというのがすごく問題なのだ。


「僕のこと、知ってる人って……?」


「研究所のお偉方と、私だけのはずだ。君が自らバラしてないなら」


 やっぱり、正確な人数と名前は言わない。たぶん聴いても教えてくれないだろう。


「あの爆発について、君の身体の異常を目撃した女性は精神錯乱状態になっていたとして、証言として認められなくするそうだ。そういうふうに話をつける」


 それなら安心と思いたいところだが、研究所が関与しているなら安心なんて程遠い。僕をどうにかして手に入れたいっていう魂胆が透けて見える。


「……リムフィ君、この『魔狩り連盟』という組織は、個人の過去をとやかく言う組織ではない。どんな境遇にあった人間でも、決して差別することなく歓迎する組織だ」


「だったら、僕のことを庇ってくれるんじゃないんですか? 引き渡すってのは、個人の過去をとやかく言ってるのと同じでしょう?」


 ジェスさんは申し訳なさそうに言うけど、それじゃ足りない。もっと積極的に。僕を諦めないでほしい。だから僕はジェスさんに詰め寄った。


「私だって、君を研究所に戻したいとは思っていない。君はあそこが嫌だから逃げ出してきたのだろう? そんな人間をまた辛い環境に戻そうなんて、私はしたくない」

「それなら……!」

「しかし逆らえないんだ。君のことをすべて細かく聴いて、そのうえで人類のためと言われてしまうと……君を引き渡さざるを得なくなる」


 ジェスさんは僕の言葉を遮って、消え入りそうな声でそう言った。とても悲しそうな表情をして。


 自分で言うのはとても思い上がってるように聞こえるだろうけど、僕という存在は人類の発展に大きく貢献すると思う。不死という肉体を持つ以上、利益をもたらすのは確実だ。

 僕のことを研究すれば、怪我や病気の治療法なども次々の開発されていくだろう。丁度いいモルモットにもなれる僕がいるのだから、間違いない。


「……行きませんからね僕」


 そうジェスさんに言い放った。

 人類の発展など、僕の望みではない。ジェスさんの気持ちはよくわかっているつもりだ。

 このおじいさんは結構いい人で、引き渡したくないという気持ちはきっと本当だろうと思う。悪い人ばかり見てきたから、良い人のこともよくわかる。


「すまないが、君の意思では決定されない。説明したのは君に知っておいてほしかったからだ、それだけだ。選択を迫るためではない」


「強制ですか」


 こんなことなら、自爆なんてするんじゃなかった。でも自爆以外でヤツを消せる手段は僕にはなかった。ヤツに出会った時点で、僕の運命は詰んでいたらしい。


「君の素性は公表しない。それだけは決して、しないと約束する」


 本当に良い人らしい。僕の人を見る眼は腐っちゃいないと信じたい。


 抵抗しても、僕だけでは簡単に取り押さえられる。

 ダーリアに助けを呼んでも、状況は好転しない。ダーリアを脅しても、報復で僕の正体を公表されるだろう。ダーリアとの関係は、ダーリアでは僕を殺せないから成り立っている、脆い関係なのだ。

 他人の手が加われば、ダーリアはミミカと出会う直前のように僕を見捨てる。彼女はそういう人間だ。


「今だけは、申し訳ない……しかし君を必ず自由にしてみせる。私達は……『魔狩り』は仲間を見捨てたりしない」


 ……なんかカッコいいこと言っててズルいぞ。

 ちなみに僕の知ってる『魔狩り』で、仲間を盾にして生き延びたヤツがいます。ぶっちゃけてやりたいけど、そんなことしたらこのじいさんに人間性で完全敗北を喫するのでやめておく。



 3時間後、僕は魔術研究所の所長を名乗るジンバルド・スタンフォッドという初老の男に、馬車で直々に迎えに来られた。なんかすごく偉くなった気分。

 馬車もとても良い代物で、まるで小さな家のようだった。


 その馬車の中で、僕とジンバルドは向かい合って座っていた。この場にいるのは御者を除いて僕ら2人だけだ。


 魔術研究所はグアズ・シティの外れにある。中心部からだいぶ離れているから、建物はほとんどない。

 荒野のような街道を馬車は進んでいく。魔術研究所が街から離れているのは、万が一の事故の際に被害を最小限にするためだそうだ。

 そのため、徒歩で行こうものなら半日はかかる。すでに経験してるからわかる。


「グラミルム・ナチアルスの第一作品……リムフィ・ナチアルス。ジェス殿から話は聴いているかな?」


 馬車に乗ってから2時間近くが経過してようやく、ジンバルドが僕に話しかけてきた。ダンディなひげ面のジジイに似つかわしい、年期の入ったしぶい声だ。


「……はぁ」

 

 失礼じゃないか、初対面の人間に対してその言いぐさ。僕が遥かに年下だからといって、その呼び方はあまりに人権を無視していると思う。


「グラミルムとは友人のつもりだったが、君のことは一切話してもらったことがなくてね。ついさっきまで君の存在を知らなかった」


 知らないままでいてほしかった。


「君に関する資料のほとんどが消失していた……君がやったのか?」


「さぁ……どーでしょー」

 

 ひどく機嫌が良くない僕。そんな質問に答える義理は僕にないからとぼけてみせる。ほぼ強制連行だ。イラついても仕方ないと思う。


「まぁいい、これから君を調べ上げるのだからね」


「お断りしたいんですけど」

「拒否権はない」


 この男、さっきから僕の眼をみて話さない。ずっと外の景色を眺めているだけだ。興味がないなら帰して欲しい。


 僕はため息をついて、うなだれる。もう僕に自由はなくなった。研究所を脱出してからロクなことがないまま、また連れ戻されることになろうとは。

 スローライフを送りたかった。せっかく転生したのに、この仕打ちはあんまりだ。


「その諦めたような表情は似合わないの、リムフィ・ナチアルス」


 ……幻聴だろうか、ミミカの声が聞こえた気がする。よりにもよってミミカかよ、ダーリアの声が聞こえても嫌だけど。どうせならレーアさんの甘い声がいい。


「『扉を(ドヴェリ) 解放する(アスヴァジェニエ) 闇よ(チェノムター) 輝きを(スヴィルカーチ) 残さず奪え(アグラブリェーニエ)』」


 聞いたことある詠唱。暗い色をした手が無数に敵に襲い掛かる魔術だったはず。それがここで聞こえた。


 そう思った瞬間に、馬車が横転した。

 横からの強い一撃で、なすすべもなく転がった。


 馬車の中で一瞬だけ見えたのは、引いていた馬と御者が黒い手に首を握りつぶされる瞬間だった。

 なんてグロテスクなもの見せてくれたんだ。しばらく目に焼き付いて離れそうもない。

 首が握りつぶされて、頭が上空にポンッとか……吐きそうだ。


 脇道にガラガラとした馬車の横転は、2回転で終わった。贅沢な屋根などは全てぶっ壊れてしまった。もったいない。狭いけど、住んでもいいくらいに贅沢な馬車だったのに。


「ぐ……ぐぅ」


 僕の隣で呻くジンバルド・スタンフォッド。御気の毒とは思わない。狭い馬車の中で全身を何度も打ったようだ。不気味にも、右腕の関節が逆に曲がっている。


 そんなジンバルドを僕は無視して動く。壊れかけて潰れそうな馬車から這い出ることに成功した。


「痛い……ふざけるなチクショウ」


「助けてやったんだから、その言いぐさはないの。ユーはミミカに感謝すべきなの」


 窓ガラスの破片や、どっかの木材が身体中に突き刺さっている僕の現状をみて、目の前にスゥ……と静かに出現したミミカはそう言ってのけた。


感想・辛口意見・批評・罵倒・ブクマとか、いつでもお待ちしております。

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