35話 街からの依頼
これから不定期更新になります。1週間に1話くらいは最低でも更新します。
僕の名前はリムフィ・ナチアルス。『魔狩り』を生業としている不死身の男だ。
マギノ山での出来事から約一ヶ月が経過した。あの一件で僕の位は『9』から『7』へと一気に昇格。魔王との戦いを評価されたらしい。(あの事件を調べるために調査隊が派遣されたとか)
ダーリアも『4』から『3』に昇格。おめでたい。実におめでたい。
エノルさん、バローガさん両名は『2』へと昇格。本部で授与したのはどちらともわからぬ焼死体だったけど、おめでとうございます。
お葬式には参加しませんでした。面倒だったし、仲良くもなかったし。
ロイナさんとシャナフさんは『魔狩り』を辞めてしまったそうだ。仲間の死がトラウマになったのだろう。可哀想にって、他人事だと簡単に言えちゃう。
悪炎の王との戦闘結果報告は実にダルかった。受付のレーアさんとか、『魔狩り連盟』の長であるジェスさんとかのお偉方にしつこく話をさせられた。
まぁ……そんなこんなで現在に至ります。時刻はお昼時。『連盟本部』の酒場スペース。
丸テーブルでダーリアと一緒に、少し早めのティーブレイク。ミミカもいるはずだけど、姿を現すわけにはいかないので除け者にしてる。
「いやぁ、ぼろ儲けだ。いいねぇガーゴイル狩り……」
「……やったのは私とミミカなんだよ? 君はただボケっとしてるだけだったよね?」
ガーゴイル。
トロールとはまったく違う、翼を持った人型の悪魔。筋肉質だから力も強く、鋭い爪などで攻撃してくるから新人にはかなりの強敵だ。コウモリが魔物化したという説があるらしいが、僕にはどうでもいい。
「なかなかのコストパフォーマンスで稼ぎがいいじゃないか。最近、そこそこ発生してるらしいから儲け時じゃない?」
「……他人任せはそういう考えだから嫌になる」
ダーリアはカップに入った紅茶を飲みながら僕を睨んでくる。怖くないもんね、僕が主でアンタ達が下僕だ。存分に働け。
貯金もできるくらいに儲けることができはじめた僕。昼間からこうして茶を飲める余裕なんて、新人の頃はなかった。もう馬小屋は利用しなくてもいいくらいにウハウハだ。たまにダーリアから金を借りるけど。
「ヒモ生活は最高だなぁ……プライドなんてくだらないのに執着してる奴らが、とっても滑稽で仕方ないよ……笑っちゃうね」
「地獄に落ちるといいよ」
プライドの塊ともいえるダーリアは、小声でそう言ってきた。世間体を気にしまくる彼女は人前では暴言を吐かない。とんでもなくお上品になるのだ。僕にだけはこういう言葉づかいをしてくるけど。
ちなみにこの紅茶の料金はダーリア持ちです。僕は一度たりとも奢ってあげたことはありません。これからもきっと、ありません。
人の金で飲む茶は美味いなぁと思っていたら、僕たちの席にレーアさんが近寄ってくるのが見えた。
「おくつろぎのところ申し訳ありません、ミスター・ナチアルスとミス・モンド。グアズ・シティより直々に依頼が来ています。この書類に目を通しておいてください」
黒髪ロングビューティであるレーアさんにも、最近世話になっている。……依頼を受ける時に喋るだけなのだが。
僕の周りには女の子はいる、しかしどいつもこいつもロクな素性を持っちゃいない。唯一潔白なのが、このレーアさんだけだ。
いつにも増して『魔狩り連盟』の、黒を基調とした地味めの制服が似合っているなぁと思っていたら、「スケベ野郎」とか聞こえてきた。レーアさん、ボディラインが隠しきれてないんだもん、男なら見惚れちゃう。
……つか言ったのはどっちだ? どっちも容疑者だぞ。
いや、そんなことよりもグアズ・シティからの依頼というのが気になる。市長的な人からの依頼だろうか?
「グアズ・シティの統治者からの依頼は、市民の依頼と思っていただいて結構です」
書類を僕に手渡す際に、レーアさんにそう言われた。プレッシャーをかけに来ているとしか思えない言動だ。
「市民からの信頼を裏切るようなことにはならないように、ご注意ください」
レーアさんが釘を刺すように、僕に詰め寄る。僕は何も悪いことしてないでしょう。悪いことしてる連中なら、身近にいるから突き出してやってもいい。
「……その依頼ってのはどういう?」
普段から悪いことしてる人が、僕の手にある書類をさらっと奪い取る。そういうことを控えれば、僕の君に対する評価は格段に上がっちゃうぞ。僕からの評価なんて気にしないだろうけど。
「街に潜んでる魔物らしき人型生物の調査ぁ? しかもたった1匹? なんだそりゃ、そんなの憲兵の仕事だと思うよ?」
憲兵は、この国の警察みたいな組織だ。国家組織なので規模が大きい。グアズ・シティ以外にもいっぱいいる。
ちなみに『魔狩り連盟』は民間企業だ。国家から認められているが、国営ではない。
「憲兵よりも、専門家である『魔狩り』に頼んだ方が安心なのではないでしょうか? 憲兵は対人戦闘なら我々よりも上ですが、対魔物では心許ないのでしょう。人型の魔物というのは知能が高いという噂が流れてますから」
ダーリアとか、そこらの武術家よりも強いと思うけど。一般人の認識はそんな感じなのだろう。専門家というのは、どことなく心強いものだ。
「人型の魔物でも、街に潜めるくらいのサイズだ。はぐれのゴブリンとかでしょ?」
ゴブリンは群れで生活する魔物だ。その群れの中で、怪我をした個体や老いた個体などが群れから追い出されることがある。追い出された個体をはぐれと言う。
群れでいるのが厄介な魔物であり、個々の戦闘能力は低めのゴブリン。はぐれ者はすぐ殺されるのが運命だ。
『魔狩り』の手にかかるまでもない、そこらへんの上位の魔物に殺されたり、餓死したりする。つまり放っておいても死ぬのだ。街では餓死はないだろうが、その程度の弱小さだ。ダーリアもまったく危機感がないようだ。
「何度も言うようですが……この依頼には、市民からの『魔狩り』への信頼がかかっていますので。はぐれのゴブリンだったとしても、一般市民からすれば脅威といえます」
「なら僕らなんかよりも、もっと適任な人達がいるんじゃないですか?」
僕たち以外にも『魔狩り』はいくらでもいる。僕たちよりもずっと優良な人たちに頼む方がいいと思うんだが……。
「ここ最近のあなた方のペアでの活躍は、そこそこ噂になっているようなので依頼が来たのでしょう。特に、ミス・モンドは受けがいいようです」
そりゃよかったねダーリア。君の大好きな人望を得ているってことじゃないか。これなら殺人がバレても、疑われる可能性は低くなるかもね。
おかげでこっちは巻き込まれるがな。
「ミスター・ナチアルス。そしてミス・モンド。この依頼は否が応でも受けていただくことになります。成功の暁にはそれなりの報酬を期待していただいて結構です」
「……それは、金銭的なことですか?」
「そう解釈していただいて大丈夫かと。グアズ・シティからの依頼ですので」
僕の弱点は、ずばり金。
大金が楽に手に入るなら喜んで飛びつく。グアズ・シティでの魔物探しなんて、ダーリアに任せれば楽勝に違いない。
それに、この依頼でグアズ・シティの長に恩を売れるかもしれない。
そう思えば、俄然やる気が湧いてきた。
たかがゴブリンの1匹。楽勝だろう。
意気揚々としている僕を冷ややかな目でみてくるダーリア。きっとミミカもそういう感じだろう。見えなくてもわかる。彼女らは面倒くさがりだ。
レーアさんに依頼を受ける旨を伝え、僕たちはすぐに外へと飛び出した。
この依頼の確認は書類だけでいいとのことなので、いちいち依頼主に会いに行かなくていいそうだ。レーアさんがその他の雑務をやってくれるそうなので、甘えることにする。
「よし、張り切っていこうか。さっそくグアズ・シティを探しまくろう」
「……やみくもに探してみつかるものじゃないよ、実に面倒くさい」
「リムフィ、安請け合いはよくないの」
「黙れッ! 大金が手に入るんだからテキパキ働きやがれ! 報酬の2割は君たちにくれてやるから!」
そっちが2割だろ、という常識的なことを、非常識な連中から僕は指摘された。




