31話 一触即発の話し合い
ダーリアはブチ切れている。普段よりもかなり口調が強いからわかる。
同胞であるエノルさんやバローガさんを殺されたから怒っているのか?
ダーリアに限ってそれはないだろう。二人を盾にしたようなのだから、かたき討ちに燃えているわけではないはずだ。
どうせ自分が火傷したから、それで怒ってるんだろうな。
「バローガはダメだったけど、エノルはよかったのに! あんなふうに焼いたお前は絶対に許さないよ」
予想よりひどい。自分の獲物を横取りされたから怒っているようだ。
そんな理由で僕に協力を要請してるとは。死なないといけないのはどちらかというとダーリアのほうなのではないか?
ヴォルノの言葉を鵜呑みにするなら、直近での危険はないのだから。ダーリアは街に戻れば人を殺す。人々の日々の安全を守るならダーリアを始末すべきだな。
僕は他人の生き死になんてどうでもいいから、ダーリアを止めるなんてことしないけどね。そんな正義感に溢れた奴じゃない。というか、ダーリアはまだ利用できるかもしれない。貧乏性かな?
「お前はとても不愉快な雰囲気がする。さっきしっかり焼き殺しておくべきだったな」
ヴォルノも臨戦態勢に入っている。青い炎が燃え盛り彼女の全身を包み込む。まるで鎧のよう。
その鎧の熱は周りの岩場まで燃えてしまいそうなほどだった。
圧倒的な力の差での、ごり押し。ヴォルノにとってそれが一番楽な勝ち方だろう。
「ちょっと二人とも待った! 少し待ってくれ!」
ここでダーリアを失うのは、今後の僕の生活に支障をきたす。ヴォルノが生き残ったとしても、僕に金は入ってこない。『魔狩り』として利用できないのだ。
そもそも、正体が不明瞭すぎるヤツの味方をするつもりはさらさらない。
「なんだいリムフィ君。ミミカの時みたいにコイツも仲間に加えようってんじゃないよね? 私は断固として反対だよ」
「我が主リムフィ。我の使命である人類の観測にこの女は邪魔なのだ。この女は人類の膿であるとわかるでしょう?」
ダーリアって敵ばっかり作る性格なのか? 本性をみせると嫌われるって悲しいことだと思うけど、ダーリアはあんまり気にしないだろうな。
「本当に、二人とも落ち着いて。悲しい出来事というか、すれ違いがあったことを僕は今知ったんだ。色々と話し合う余地はあると思うな」
僕は平和主義者だ。
たとえ殺人鬼だろうと魔界の王の一人だろうとその姿勢は崩さない。
不死身だからこその余裕だってのはわかってる。限りない命だからこそこんな態度をとれるんだ。
「リムフィ君、話し合う余地なんかない。このクソは私が狙ってたエノルを殺しやがった。私が殺したかったのに」
もう本性を隠すことをしていない。ここでヴォルノを始末するつもりだから、ペラペラと喋っているのだろう。
今の言動で、ダーリアとは話にならないと断定する。自身の欲望に突き動かされている人間は、説得になど応じない。
話し合いの席につくことなく、己の欲を満たそうと動くだけだ。
「我が主リムフィよ、これについてはあの女と同じ意見だ。我に攻撃の意志はないというのにあの女は攻撃してくる。防衛をしなければ我が使命である観測に支障をきたしてしまうのだ」
これならまだヴォルノのほうが話を聞いてくれそうだ。まだ理性的といえる。使命を果たそうとしている者は考えて動くからだ。その考えるという行動に漬け込むことができれば、何とかなるかもしれない。
「……おしゃべりなら……ミミカも混ぜてホシイの」
空から降って来た言葉はミミカのもの。ダーリアはその声に驚きを隠せないようで。
「ミミカ、生きてたんだ。焼け死んだかと思ったのに」
「ミミカは欠片さえ残っていれば復活可能なの忘れた? ほとんどその悪炎の王様に消し飛ばされたけど、無理して復活したの」
「……我が主リムフィ。あなた含めてだが、周りにはいつもこのような人類と呼び難い連中ばかりがいるのか?」
魔界で悪炎の王やってる幼女にそんな常識的な問いを投げかけられたくないな。今更だけど悪炎の王って何?
ま、とりあえず僕の味方は揃ってくれた、無事を祝い合うような仲ではないけど嬉しいっちゃ嬉しい。まだ使うかもしれないからね。物持ちは良いに限る。
「ミミカが来てくれたってことは、悪炎の王様よ。形勢逆転。3対1だよ。いくら魔界の強者とはいえ、数の差はあるでしょ」
剣を構えたまま。臨戦態勢は崩さないダーリア。
ミミカという幽霊が話し合いに参加したいって言ったから、話し合いになる流れだったと思ったのに。
ダーリアを黙らせないと戦う流れに変わってしまうかもしれない。
いや、この話し合いになる流れは途絶えさせてはいけない。この一触即発の状況を打破するために話し合いは必要だ。
「ダーリア、マジに落ち着いてくれ。ヴォルノには攻撃の意志はないのは本当だ。保障する。それより僕に状況を教えてくれよ。情報共有しよう」
「我が主リムフィがそうまで仰るなら、仕方がない。この女への攻撃は決してしないと誓おう。攻撃の意志がないのは本当だしな。話し合いの席につくこともしよう。我は敵ではないと説明もしたいしな」
ヴォルノは盛っていた炎を縮めた。藍色の炎のワンピースを着用スタイルとなった。
「ありがとうヴォルノ。ミミカも話し合いに参加してくれ。僕の知らないことを知りたいんだ。僕の身体の不死身について、少し調べさせてやってもいい」
先ほどのヴォルノのおかげで、結構な損傷も平気に回復できることがわかったから、ミミカの研究にも付き合ってやれる余裕ができた。
ヴォルノの引き起こす消滅まで平気なら、ミミカの実験で死に消えるなんてことはないだろう。そもそもダーリアへの呪いは所有物であるミミカにも有効なのだから、恐れることはない。身体を差し出すことに慣れないように注意せねば。
「それなら喜んで。悪炎の王様とやらは信用していいの? やけにリムフィにベタ惚れというか、もはや信仰心を抱いてるようだけど……」
「おう気にしなくていい」
即答してやった。
これでダーリアを落ち着かせるにはどうしたらいいか? 力づくで話し合いに参加させるという方法はよくない。精神をある程度まで安定させた状態でなければ話は不可能だ。
「おう何ボケっとしてんのミミカ! アイツを魔術で攻撃、私の援護をしなよ!」
ミミカを話し合いに参加させたくても、ダーリアが攻撃を命令すればミミカは従ってしまう。順番を間違えたかもしれない。やはりネックはダーリアだ。
「あー、そう言われると従うしかなの。ごめんなのリムフィ……『扉よ 解放する』」
ミミカが詠唱を開始した途端に、ダーリアはヴォルノに突進する。
剣の間合いまで近寄るためだ。
自分に有利な間合いの取り合いが、真剣勝負というもの。相手の得物がなんであれ、自らの間合いを崩してはならないのだ。
「やめろダーリア! ミミカ!」
「大丈夫だ我が主。我も学習した。攻撃意志のないことをアピールするのに、殺してはならないとな。脚の一本とか腕の一本とか消し飛ばして、戦闘能力を削ぎ落す」
駄目だ。そんなことをしたらさらに話し合いなんて出来なくなる。ダーリアが死ぬ可能性が高まるだけだ。
詳細不明のファイヤー幼女が僕に自慢げな顔をみせ、ダーリアの突進に火炎放射で対応する。
しかし直線的な動き、ダーリアに見切ることは容易。身をひるがえして、最低限の動きで避けてみせた。
そして体勢を崩すことなく、剣で切りかかるべく間合いへと入る。
同時に、ミミカの魔術の詠唱も佳境に入った。
「殺す」
「『闇よ 輝きを……』!!」
ダーリアが剣を振り上げた瞬間。
ミミカが最後の詠唱を終わらせようとする瞬間。
僕の時間はゆっくりになった。良いことを思いついて、それを実行しようと考えたからなのか? 集中力が高まると、こういう状態になることがあるとどこかで読んだ。まさに今、僕はそれだ。
僕はヴォルノとダーリアの対峙に割り込み、ダーリアと顔を突き合わせる。
そうすることで、ダーリアは剣を動かせなくなる。ミミカの進んでいた詠唱もストップをかけられた。
「クソッ……卑怯だよリムフィ君」
「何とでも言え。僕の眷属」




