19話 魔術勝負
ダーリアは『魔狩り』のなかでもかなりの実力者なのだ。『4』まで一人で上り詰めた実力は伊達ではない。
ダーリアの性格的に、誰かと組んで『魔狩り』の仕事をやることはほとんどなかっただろう。ワンマンプレイヤーだったはずだ。だからこそ、戦闘に関してはずば抜ける。誰かの救けを借りずに今までやってきたのだから。
「リムフィ君、もっと離れてよ。そこは邪魔になるかもしれない」
「サー! イエス! サー!」
格上の人に命令をされたときは、口から糞を垂れるまえにサーをつけよう。そういうことを僕は微笑みデブが虐められる映画で学んだ。
実際のところダーリアは僕の眷属で、僕が命令できる立場のはずだが、こういう場面では僕は役に立つはずもないので、ダーリアに全てを任せるしかない。
「『扉を 解放する 輝く弾丸で 影を 破壊しろ』」
僕が離れた途端に、ダーリアが早口で呪文を唱えた。舌を噛みそうな呪文をスラスラと唱えたことで、また魔法陣が出現。
撃ちだされたのは光の弾丸。
否、弾丸というには大きすぎる。あれはまるでミサイルだ。
「――!? 『扉を 解放する』……チィ!?」
光のミサイルに対抗しようとミミカも詠唱を開始するも、光がすぐそばまで迫ってきてしまい、間に合わず。
ミミカは僕たちの目の前で初めて、避けるという行動をしてみせた。
「お? 今避けたよね? なるほど、この魔術は有効打になるみたいだから、こういう系統の魔術を片っ端から試していくとするよ」
オバケは明るいのが苦手。そういうステレオタイプな考え方で大丈夫だろうか?
だがミミカは今、遺跡の外にいる。お日様の下にいるけど平然としている。たぶんだけど、魔術による光がダメということだろう。
まだまだ研究しなくてはならない謎がありすぎる。戦闘もしにくいはずだ。
「『扉を 解放する』」
もうダーリアは接近戦を仕掛けるつもりはないらしく、また魔術を放とうと詠唱を開始した。
しかしミミカも黙っていない。むざむざとやられる気はないようだ。迷惑なことに。
「『扉を 解放する……』」
「『太陽の怒りは 痛みと知れ』」
ダーリアの展開した魔法陣から放たれるは、熱を帯びた眩い光。
魔術の光は熱線を放ち、ダーリアの直線上にいたミミカを焼いた。
「ぎゃああああああッ!?」
幽霊であるミミカが焼かれる姿は、人間にしかみえない。火達磨になっているかのように、ミミカは地面にのたうちまわる。
「……今のは光ではなく、どちらかというと炎の類の魔術だけど、通用してくれて何よりだよ。しかしここまで熱がってくれるとは予想外」
僕はダーリアのそばまでたどり着く。そんなに離れている距離ではなかったが、遠く感じた。ダーリアの心強さに驚くほかない。
「ねぇダーリア……あの幽霊を殺す算段はあるわけ?」
「幽霊は元から死んでるんだから、殺すなんてできないよ。君と同じように不死の存在なのか、それとも何かトリックがあるのか、まぁ思い付いたことを試してみるよ」
「一応言っておくけれど、ミミカは幽霊ではないの! すごく近いけど違うの!」
熱さが引いたのか、痛みがないかのようにミミカは立ち上がる。幽霊なのに地面に立つ。
「ミミカは普通に人間なの! ちょっと実験に失敗したからこういうふうになっただけなの! ミミカのことも知らない癖に喋るなッ!」
無茶苦茶言ってるけど、僕たちは聴く耳を持ち合わせていない。聴いて何かしてあげようなんて思いもしない。
襲ってくる可能性があるなら先手を打つ。降りかかる火の粉は払うのは当然、火元に水をぶっかけるのが僕たちだ。
「『扉を 解放する……!』」
「勝てないと理解してよ。私に魔術勝負では勝てないよ」
ダーリアが走り出す。魔術での対抗ではなく、短剣による近距離戦闘を挑むつもりらしい。
今になってなんで無駄かもしれないことをするのか、僕には理解できなかった。
「『扉よ 開け……』」
ダーリアの剣の刀身に、魔法陣が浮かび上がるのを僕は見た。それが何を意味するのかはわからない。魔術に関して僕は素人、わからないことしかない。
「『闇よ 輝きを 残さず奪え』!」
「『我が剣に 聖なる光を』」
ミミカの放つ数多の漆黒の腕が、ダーリアに襲いかかる。その身を引き千切らんと迫る腕に、ダーリアは黙って自らの剣を振って応えた。
ダーリアの詠唱が終了したと同時に、短剣は輝きを放っていた。刀身に反射する太陽光ではない、それよりも遥かに濃い光。
ダーリアの特技は魔術だけではない、刃物の扱いにも長けている。
迫る漆黒の腕の群れを、凄まじい速度で斬り落としていく。腕の攻撃を全て見切っているとしか思えないその裁き方には、思わず惚れ惚れしてしまうほど。
「君の魔術は素晴らしい、たかが幽霊がここまで極めるのは驚異的と思うよ」
それは賞賛なのか、侮辱なのか。
ダーリアの内面はどうしたって歪んでいる。脅威と評した攻撃を全て斬り落としながら進むのだから、実力の差を相手にわざと見せつけているようにしか見えない。
「しかしやはり、たかが幽霊。鍛錬において、死者が生者に勝ることはないよ」
最後の腕を叩き斬り、消し飛ばす。剣の光が闇を払っているようだ。
魔術攻撃を剣に付与しているということだろうと、僕は勝手に推測する。あとでダーリアに答え合わせしてもらおう。
「あああああ! なんでなんでなんで!? ミミカのモノを奪うな!」
もうすっかりヒステリックになっているミミカ。戦うことよりも怒ることを優先しているようだ。そのせいでダーリアが剣の間合いに入ることを簡単に許してしまっている。
「ミミカは偉大な魔術研究者なの! 魂のあり方はミミカにしか解き明かせない! こうやって自分自身で証明したの! ミミカだけが命を使う権利を持つの!」
「リムフィ君、斬って構わないよね?」
「ドブより汚い魂の持ち主に、ミミカを滅ぼすなんて無理なの! 殺人鬼か馬鹿野郎!」
捨て台詞で禁句を言うミミカ。こういう時に殺人鬼なんてワードを、ダーリアに向けて言ったらよくない。
僕へ確認をとった癖に、僕が何かを言う前にダーリアはミミカを袈裟切りにしてみせた。
光の剣が斬り裂いて、ミミカの身体は霧散してしまった。
「……おーいダーリア、仕事は済んだから帰ろう」
「……ゴブリンはどうなったのか、まだ聞いてないよ」
「もう1匹もいない。今の幽霊が全部殺したって、確認してくの?」
「そうするに決まってるよ。幽霊の言う事なんて信じない」
殺人鬼が幽霊の言う事を信じてたら、殺人鬼なんてやってないだろう。
僕たちはとりあえず、ゴブリンの死体を数え、死亡を確認してからネイスの街へと帰還した。




