17話 命とミミカ
幽霊女が生きる屍の長であることは、顎でそいつらを使ったことで証明された。僕をまた鬼の死体で拘束し、遺跡の中へと連れていく。
死体に引きずられる僕を見下しながら、幽霊女は口を開いた。
「誘拐については謝罪しないの。ユーは盗聴されても誘拐されても改造されても文句は言えない魂の汚さだからね」
「魂が汚いって、すごい悪口じゃないか? アンタ名乗れ、仕返しに罵倒してやる」
「ミミカ・ヘルバイヤー。罵倒をするたびに魂は汚れていくから、警告しておく。魂は悪い行いをすれば汚れるから、君はとんでもないくらい悪いことをしたみたいなのね。人を殺したことがないと、こんなには汚れないの」
「僕が人を殺しただって? そんなことあるわけ……あったっけ?」
「あるよ。恐らく2人は殺してる。ネイスに来る前かな……ミーが監視盗聴してる間は殺しはなかったし……」
監視盗聴されていた感覚はなかった。そりゃあ僕の名前もバレるわけだ。ダーリアのことも、この分なら知っているだろう。隠し事はできそうにない。
いや、そんなことよりも考えるべきことは……僕が人殺しをしたという件についてだ。
あるような……なかったような……。
「僕が人殺ししただなんて、憶えてないなぁ……。アンタ、冗談言ってるんだろ?」
「マジなの。どーやら頭のネジが外れてるタイプみたいだね。元々か、それとも改造の影響か、これから調べるけど。いやぁ、事前に脳解剖の練習がたくさんできてラッキーだった。まさかここがゴブリンの巣だったとは」
「あ……そういやここってゴブリンの巣だったはずだけど」
さっきから死体ばかり。生命体に遭遇しない。
「ここにいたらしいんだけど、ゴブリンの群れはどうした?」
「ここを使わせてもらうのに邪魔だったから一昨日皆殺しにしたつもりだけど、何匹かに逃げられちゃった。2匹くらいだから別に追う気もなかったけど。好き勝手に生きてもらいたいものなの」
……あれ? もしかしてあの森でダーリアが始末したのが、その脱走した2匹だとしたら……依頼達成になるよね?
魔物を逃がしておいて、ずいぶんと無責任な幽霊だな。楽させてもらっておいてなんだけど、文句を言いたいところ。楽させてもらったから言いはしないが。
「さぁ、ここがユーをじっくり研究させてもらう場所。君の永遠の世界となる場所だからはやいとこ慣れ親しんで欲しいの」
ミミカ・ヘルバイヤーという幽霊女。そいつが言うには、ベッド風に組み立てられた石の集まりと、ノコギリやハサミ等のありとあらゆる刃物が無数に散乱しているこの部屋こそが、僕の永遠の世界らしい。
どこもここも苔むしていて、ジメジメしている。鉄製の刃物は全て錆びついている。実に不愉快な場所だ。衛生面も恐らく最悪だろう。
「君はどうやら魔物と融合した人間らしいね。それで盗聴したことから、不死身だとのこと。実に興味がある。グラミルムも良いことをしたようだ。そうだ、彼は元気なのか?」
「あのジジイが死んだから、僕は自由になったんだよ」
「やっぱり、こんな研究材料を放置するわけないもの。この研究はこのミミカ・ヘルバイヤーが受け継ぐとしましょう」
鬼の死体が僕の拘束を解き、部屋から出ていく。
部屋の出入りは岩の扉からしかできない。他に隙間はなかった。完全な密室に、僕とミミカだけがいる。
明かりの松明で火事にしてやろうにも、燃えるものがひとつもない。脱出は難しい。
僕はすでに武器を取り上げられていた。ここに連れてこられるときに、歩いてる合間に手際よく装備を外されたのだ。器用なことをする死体どもに、恨むことを忘れずに。
つまり僕は今、ボロ絹のようなシャツと薄汚れたカーゴパンツだ。このカーゴパンツもダーリアに買ってもらったものだったりする。
「ミミカさん……でいいのかな? 幽霊ちゃん」
「幽霊ちゃんよりかはミミカさんがいいの」
「僕を解放してくれ。帰って依頼主に依頼達成の報告をしなきゃいけない」
僕は立ち上がって堂々と宣言した。手柄は横取りさせてもらう。仕事を横取りしたんだから、手柄くらいはもらいたい。図々しいくらいが人間として程よいと思う僕。
「冗談じゃない、解放なんかするものですか。ユーは研究しがいのある生命体なんだから研究しなくてはこちらの気が済まない。せっかくゴブリン殺してまでこの遺跡を乗っ取ったんだから」
ネリアス教の神聖な遺跡は、ミミカ研究室ネイス支部になってしまっていたらしい。ネリアス教の信徒の皆さまはさぞご立腹だろう。
うふふ、と笑ってミミカという女幽霊は僕に、歩いて近寄ってくる。そういえば幽霊なのにちっとも浮かんだりせずに、歩いて移動してる。
「ユーは街中でも自分の特性をほとんど話してなかった、あの彼女にも不死身ということしか話してなかったみたいなの」
ガチなストーカーじゃねぇか。言動のチェックって徹底的だな。僕だって思い出せないことをペラペラ喋りだしそうで恐ろしい。
「だから、ユーの身体の秘密を知るのは、この世にはユーと……あぁ?」
ミミカの笑いが消える。
まるでお気に入りの玩具を壊された時の、今にも癇癪を起しそうな子供のような、怒りの熱をため込んでいる顔をしていた。
「『犠牲こそが収集品』が動きを止めてる……誰誰誰なの! このミミカの! 思い出を壊してるのは誰なの!」
幽霊が地団太を踏んでも、ちっとも響かない。僕はこっそりと、後ろに下がる。逃げる場所はないけれど、とにかくミミカから離れたかった。
「あああああああ! ミミカが! ミミカが集めた! 集めてしまった命を粗末にッ! 粗末にするんじゃないのォォォォ!」
ミミカ、感情の爆発。
様子から察するに、あの死体たちに異変が起こっているようだ。とんでもないことだとわかるのは、ミミカの態度がわかりやすいおかげ。
ミミカは半狂乱で、頭を抱えて踊っている。これだけ奇奇怪怪な動きをする幽霊も聞いたことがない。
半透明の美少女がぎゃあぎゃあ騒いでる姿、滅多に見られないだろうな。
まぁ、何が何だかわからないけどチャンスなのはわかる。
「どおおお! らあああッ!」
僕はミミカに背を向けて、岩の扉に体当たり。全身全霊で何かにぶつかるのは初めての経験かもしれない。
そして僕の初体験は、無意味に終わった。岩の扉はビクともしない。鬼の死体のパワーが羨ましい限りだ。
「ミミカだけが粗末にしていいはずなの! 他の誰かが粗末にするなんて許されるはずがないの! 命はミミカのものなのに!」
「え?」
外からドガァンと岩の扉がぶち破られる。岩の扉があった場所には、鬼の死体が正拳突きを切り出したままの姿で立っていた。
岩の礫が僕に数えきれないほど激突する。顔面だけでなく身体中に激しい石の嵐を浴びることになった。
とっさに腕でガードしても間に合わなかった。何も防げちゃいなかった。
刃のように鋭い石が刺さっていたり、ボールのような石がめり込んでいたり。全身傷だらけ。出血多量。骨もあちこち砕けている。
飛んできた石の直撃のせいで、頭蓋骨も半壊しかけてる。この怪我の量、普通なら死ぬ。
不死身でよかった。痛いけど。
頭に石をぶつけられたせいで、意識が揺らめく。そんな意識の中で僕はミミカを見ていた。
石の嵐をすり抜ける、彼女の身体。さすが幽霊、物理的な攻撃は無効なのだろう。剣を振った時も彼女は動じていなかった。
「『扉を 解放する 留まる魂よ あるべきところへ』」
聞き覚えのあるよな言葉の羅列。それはきっと魔術の呪文なのだろう。
その効果はわからないけど、鬼の死体がその場で倒れたことで発揮されたことは理解できた。




