13話 選りすぐられし変態と依頼
ダーリアを僕の眷属とした。大人な雰囲気の美女を己が僕とするというのはとても嗜虐心がくすぐられるというか……ムフフなことを考えたりしなくもない。大人も子供も、男なら想像してしまうと思う。
でも僕の精神は大人のつもり。肉体年齢に引っ張られた、軽率で不埒な行動はしないぞ。
「……僕のことをご主人様と呼んでみて」
「呼ばないよ。図に乗らないで」
そう言いながらダーリアは僕にナイフを向けたまま固まっている。少年の遺体はダーリアの後ろに寝かされていた。
「……私をこういう風にしてどうするつもり?」
「そういう聴き方だと、エロい感じの要求したくなるね」
……なんかゴミを見るような瞳で僕を見るダーリア。眷属化でも心に対する攻撃は防げないらしい。
「……えっと、僕は君を利用してやろうと考えてるだけであって、君に何かしようだなんて今のところは思ってない。僕を養ってくれればそれでいいんだ」
……ゴミを見るような瞳が変わらない。ダーリア、君だって人間の屑みたいなもんなんだから、僕の発言にどうこう思う資格はないだろうに。
「誓って言うけど、君の正体を誰にも言うつもりはないし、君の行為を咎めるつもりも特にない。趣味とか生きがいなら勝手にやってくれていい」
「……信じると思う?」
孤高の殺人鬼が他人を信じるわけない。こっそり孤独にやってきたのは、正体がバレるリスクを減らしたいから信じないのだと思う。一人のほうが安心なのだろう。
「信じようが信じまいが、君に僕をどうすることもできないだろう? 殺して口封じどころか、危害を加えることすらできないんだから。君の運命は僕が握ってるも同然だって理解してもらえるといいな」
まだダーリアに僕への口封じ方法は明かしていないし、彼女自身が気付いた様子もない。何より実行に移すことはまず不可能。
「……まぁ、養ってもらいたい僕からしたら、君の正体を大っぴらにバラすことは何のメリットにもならない。君には僕のために馬車馬のように働いてもらうよ。明日から」
「……いつか、殺すよ」
そんな言葉も今のところ怖くもなんともない。僕は手を振ってダーリアに別れを告げて部屋を出た。ダーリアも追ってこない。自分の置かれた状況を理解しているようだ。
僕の癇に障るようなことをすれば自分の正体を公開されるかもしれないという、殺人鬼からしたら最大現の恐怖。
弱みを握っているのは僕。幸い、僕の弱みはまだダーリアに握られていない。
ラッキーデイだかアンラッキーデイだかわからないなと思いながら、少し笑ってしまう。
どちらかというとラッキーかなと思っていると、部屋から不自然にガタガタと音がする。
部屋は空っぽ。床がきしんでいる音だとすぐわかった。でも変に連続しているのは何故だろうと思ったので、僕はこっそりと扉を開けてみる。
部屋の中にはダーリアと遺体だけのはずだ。こんなに床がきしみまくるなんて何をしているのだろうと思った。
……またまた、見なきゃよかった。好奇心猫を殺すって、学習すればよかった。
ダーリアは全裸でいた。一糸纏わぬ姿で、その美貌を露わにしていた。『魔狩り』という過酷な仕事をしているのに、やけに美しい身体だった。
少年の遺体も全裸だった。まだ幼さの残る身体。
ダーリアはその遺体を抱いて、ハァハァしてた。
何故か特に髪の毛を撫でまくり、口に入れたり首に巻いたり。とにかく眼がもう天国に魂を導く天使のごとく澄んでいた。
特に見ててヤバいなって思ったのが、髪の毛をムシャムシャしてる時。身体が跳ねるほどに夢中だった。ダーリアの赤色の髪の毛が、狂気を表現していたようにみえた。もう完全に何かの薬物の影響があるとしか思えない。素面でやってるはずがないと思った。
僕はバレないように、そっと扉を閉めた。
まさしく見てはいけないモノ。パンドラの箱というか、部屋。
もう僕は、ダーリアを普通には見れない。黙っていればクールビューティな美人さんで、微笑みが麗しいとしても、もう限界を超えた変態にしか見えない。
……ていうか、僕にバレてすぐなのに、よくあんな真似ができるな。普通はショックとかあると思うんだけど、ないみたいだ。
その晩、僕は馬小屋で眠ったけど最高に寝付けなかった。激動の一日で疲れ切ったはずなのに、あの変な光景が瞼の裏をスクリーンにして上映され続けていたからだ。
翌朝、料金を払い馬小屋を出てすぐにダーリアと出会ってしまった。
「おはようリムフィ君。今日も依頼を受けるんでしょう? 研修期間の間はとりあえずよろしくね」
「……外面を良くしてるのはなんでか、聴いていい?」
「……ありえないけど、もしも事件が公になった場合に私が疑われないようにするためだよ。そういう時には信用と信頼が大事なんだよ」
すっごい小声で僕にささやいてきた。
あぁ、そういうこと。確かに疑われないようにするには人当たりを良くしておいたほうがいいかもしれないね。
「まぁそんなことより。今日はどんな依頼を受けるの? まだ2日目だから簡単なのをおススメするよ。そのぶん、報酬は期待できないけど」
「……見に行ってから決めさせてもらう。依頼の最終決定は僕がするから、君は候補を出してくれるだけでイイ」
優しく微笑んではいるが、僕に対する明らかな敵意が滲み出ている。口調が昨日より強めだからわかりやすい。
さっさと移動して『魔狩り連盟本部』に到着。移動中は一言も言葉を交わさなかった。
まぁダーリアからすれば話すことなど何もないだろうし、そもそも話したくもないだろうし。僕も話して答えるのも面倒だから、楽でよかった。沈黙は得意だ。
「いろいろあるけど、できれば報酬の良いヤツがいいな。僕でもギリギリ達成可能そうなのが望ましい。君にばかり頼ってると思われたくないし」
目立ちたくはないが、世間体は気にする。
「要求が多いよ。まぁ、そんな微妙なラインだったらこれが丁度いいと思うよ」
掲示板に貼ってある依頼書の中から、ダーリアは一枚引っぺがした。
内容は『山に出現したゴブリンの群れを退治してほしい。報酬は5万レク』というもの。
昨日の化け猫みたいなの2匹よりも報酬は上。だが群れというのが気になる。
「……ゴブリンってのはどういう魔物なの? 教えてダーリアさん」
「……緑色の小人みたいヤツだよ。棍棒とか原始的な武器を振り回して暴れるのが好きな奴らだよ。人里に降りてくるととんでもなく厄介かな」
なんかすごく嫌々説明してくれる。人の目があるから露骨ではないが、昨日とは明らかに態度が異なっている。
「戦闘能力はどんなもん?」
「……1匹ならかなり低めってことになってる。人間の幼児くらいの知能だけど、パワーは人間の大人でも敵わないことがあるよ、個体差はあるけど。でも馬鹿だから、慣れれば対処は可能だよ」
人の大人が敵わないほどのパワーを持ってて、戦闘力が低めってどういうことだと言いたい。それなら充分に脅威だろうに。そんなに知能の低さがマイナスになってるのか?
どんだけ馬鹿ってみられてんだよ。
「まぁ、捕まらなければどうってことはないよ。捕まったら玩具にされるからそれなりに注意だよ。調子に乗ったヤツがよくゴブリンに殺されてるから」
うわぁ、行きたくねぇ。僕は死なないにしても玩具扱いは嫌だ。
「……ゴブリン以外には何かおススメはない?」
「君の要望に一番近いっていうか、これ以外に君の要望通りの依頼はないよ」
ダーリアは笑顔でそう言ってのけた。この笑顔の裏では、僕に死んでくれと願っているのだろう。透けて見える。
「……じゃあ、これ行こうか」
「わかったよ。じゃあ受付に行ってくるから待ってて」




