10話 殺人鬼というダーリア
「死ぬ前に教えとくよ。これは攻撃じゃなくて、無力化だよ。この魔方陣からすぐに魔界の純魔力が放出される。放出されるのは君の真下。もう少ししたら、君の背中の辺りからブシュッと純魔力が放出される」
「どういう……ッ!」
「まだ説明途中だよ? 静かにするといいよ」
僕の傷ついている喉を、ダーリアさんは思い切り踏みつけてくる。おかげで声なんて出せやしない。
「魔界の魔力は、純魔力と呼ばれ区別されてる。純魔力は現世の生命体にとっては猛毒で、軽微なら大丈夫だけど……多量に浴びたら魔物化は免れない。限界まで浴びたりしたら、身体は耐えきれずに魔力そのものになって霧散するよ」
グリグリと傷口を靴底で抉るように踏んでくる。僕の痛みで苦しむ表情を楽しんでいるようだ。僕が手で脚をどけようとする抵抗すらも、面白がってるようにみえる。
「リムフィ・ナチアルス君が栓になってくれないと、私も被害を受けるけど。ここに縫い止めておけば私には何も問題ないよ。直に受けるのは君だけだ。生命の限界まで浴びてもらうよ」
ふざけるな、と声を大にして抗議したいところではあるが、あいにく発声器官が踏み潰されている。声という声はでない。
「ちなみにこれは違法な魔術だよ。現世に魔界の純魔力を送り込むことは固く禁じられてるから要注意。疑いをかけられたら憲兵に連れてかれたり。使ったと知られれば即刻ギロチンで死刑だよ。見せしめのためにね」
ダーリアさんは、いつの間にか拾っていたナイフを僕の頭に刺し込んだ。頭蓋は割れて脳まで刃が達した。縫い止めるのは殺すという事か。
……あっさりやってくれる。何も感じないのかこの女。わぁ最低。
ちなみに、僕は脳ミソを貫かれようが粉々にされようが生き続けることができる。
自分でもどういう仕組みなのかわからない。脳に重大な損傷があるのに考えることができるってどういうことなんだろうね?
とにかく、僕のこの不死身度はグラミルムのジジイの実験によってある程度心得ている。
ただ、消滅に関しては僕も未知の経験だから勘弁してほしい。生きていられるかどうかわからない賭けをするつもりは毛頭ない。
ダーリアは僕の喉から脚をどける。頭にナイフを刺してあるのだから死んでいると思ったのだろう。ごく普通の考え方だ。
僕が普通の人類ならば、それでよかった。このまま魔術の発動を待てばいい。僕が消えるのをダーリアはじっくり見てればいい。
そうはいくものか。
「なッ……!?」
僕はダーリアの足首を掴んで引っ張る。いくら力に自信がなくても、不意打ちならば転ばせるくらいはできる。
あまりに衝撃的だったのか、ダーリアは受け身をとることができず、そのまま不格好に転んだ。ざまみろ。
「よくもやってくれたなクソアマ! 僕を殺そうだなんて面白い、やってみろ!」
「なんだ君は!? 何故死なない!?」
その疑問はごもっとも、だけど説明なんてしてやるものか。このまま訳が分からないままでいるといい。これは意地悪じゃない、軽い仕返しだ。
僕は額に刺さっていたナイフを抜く。そして転んでいるダーリアの額めがけてナイフを振り降ろす。これが本命の仕返し。
でも、ダーリアのほうが上手だった。戦い慣れている。
ダーリアは手を伸ばして、僕のナイフを持つ手を止める。刃に触れなければ脅威ではないらしい。
そのまま彼女は僕の手首をひねる。一瞬の痛みと技術により、僕はナイフを落としてしまった。僕の手を離れたナイフをダーリアは素早くキャッチしてみせる。この間、何秒にも経っていないだろう。
僕はナイフを持ったダーリアを脅威と判断し、離れる。倒れているとはいえ、相手が悪い。争いに関してはまともにやっては敵わない。
ダーリアはゆっくりと立ち上がり、暗殺者のようにナイフを構える。僕に殺気を向けながら、彼女は観察しているようだ。僕を。
「……『扉よ 閉じて戻り消えろ』」
僕を消そうとしていたらしい魔法陣が、ダーリアの呪文で消え失せた。そのままにしておくと発動してしまうからだろう。
「リムフィ君、何者なのか知らないけど……とにかく関わってはいけないタイプのヤツだったんだね。もうナイフの刺し傷が消えてなくなってるなんて怖いよ」
ダーリアの言う通り、ナイフでの傷はすべて治りきった。頭も喉も元通り。元気いっぱいだったらよかったのに。
「不覚というか、運命は私を嫌ってるとしか思えないよ」
「それなら僕も同じじゃない? ダーリア、良い人だと思ったのに。僕がここに来なければってね。僕が襲われることもなかった。そこの少年は気の毒ってことで」
「さん、を付けるのをやめたのね。割と心地いいのに、復活を望むよ」
僕の眼を見据えながら、ダーリアはにじり寄ってくる。眼差しですでに心臓を刺されてているようなプレッシャー。
でも彼女には……。
「有効打がない……とでも? これから探す。生命活動を停止させることだけが口封じじゃない。二度と人に認知されなければいいんだよ」
僕は首を落とされようが、心臓を引き摺り出されようが死なない。即座に回復して元通りになる。殺人鬼にはめっぽう強いはずだ。
でもダーリアに僕のこの体質が通用するっていう確信が持てなくなった。
……自信がないなら逃げるが勝ち。頭にポンと思い浮かんだ作戦。
人がいる場所まで逃げ切る。そこなら殺しに来ることはほぼなくなるだろう。ダーリアは公の場で人殺しをするタイプの殺人鬼ではないと思う。こっそりとしてるはずだ。
「うあァァァァァァ!?」
絶叫しながらダーリアに突っ込んでいく。ダーリアは何も臆することはなく、ただナイフを構えた。少しも気を乱さないようで。
ダーリアはナイフの分だけ、間合いが広い。武器を持たない素人の僕。間合いに入ったら即死するだろう、普通なら。
ダーリアに迫る、目前となったその瞬間に視界がブラックアウト。眼を潰された痛みではない。視界を奪われてすぐに、頭を打った痛みが僕を襲う。
……頭と胴体をばらしやがったな、ダーリアのクソめ。首の切断なんてナイフでやることじゃないだろ達人かよ。
「む……頭を落としても身体はそのまま走るか。ということは、この頭はもう不要なんだね。しばらくすると頭が生えてくるとみたよ。この頭を放置する選択を君がしたんなら、たぶん正解かな」
頭は後方で、聴覚も視覚もぼんやりしてきたから断片的にしか聞こえてこないし見えないが、ダーリアは僕の再生回復の仕組みを調べているようだ。
切断された首はどのように再生するか?
ダーリア、その疑問はすぐにわかるよ。実演してみせてやる。
「――ッブハァ!」
聴覚と視覚が戻った、ということは首から上が再生したということ。ダーリアは後ろにいる。このまま逃げさせてもらう。
「……一瞬だったけど、スライムがリムフィ君の頭を形成したようにみえたよ。正体は依然として不明だけど、これでリムフィ君の損傷回復の仕組みは何となく予想できるよ」
身体から離れた肉体はいずれ消滅し、欠損した部分はスライムのようなゲル状の何かで再形成される。頭だけでなく、腕や脚も。欠損すれば再形成。くっついたりしない。
身体に受けた傷は即刻治癒される。
脳にダメージを受けようと、心臓にダメージを受けようと活動可能。
やばい……ダーリアに情報を与え過ぎた気がする。