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短編

体に悪い牛乳、健康に良い生乳

作者: NOMAR


「来て良かった、か」

 夏の日差しの中、広がる牧場。

 牛がのんびり草を食む光景を見ながらソフトクリームを食べる。

「美味しい」

 鈴がソフトクリームを食べて驚いている。

 

 長いドライブになったが北海道まで来てみた。久しぶりに鈴との旅行、付き合ってそろそろ3年になるか? 

 俺のような先の無い男と一緒にいてくれるなんて、奇特というか物好きというか。

 緑の牧場と牛を見ながらソフトクリームを食べる。

 日本にもまだこんな光景があるのか。

 日差しもなんだか柔らかい。のんびり動いている牛たちを見てると、時間の流れがなんだか緩やかになったような気がする。

 ずっとイラついていたが、少し、落ち着いた。


 ソフトクリームを食べ終えて、容器を取りだし蓋を取る。ソフトクリームも美味しかったが、これが目的の本命だ。中に入ってる生乳を一口飲む。

「私にも」

 容器を鈴に渡す。鈴は一口飲むと、

「うっわぁ、全然味が違う」

 驚いて目を見開く。もともと目がぱっちりと大きい鈴が驚くと、その目が落っこちるんじゃないかと心配になるときがある。

「こんな牛乳、初めて飲んだ」

「牛乳というか、生乳、な」

「なまちち? なんかやらしい」

「せいにゅう!」

 いや、なまちち、と呼んだ方が売れるのか?


 生乳は味が違う。なんというか濃さが違う。味が濃いというよりは、なんというか生命が濃いというか。

「これに比べたらスーパーで売ってる牛乳なんて、白い小便みたいなもんだ」

「それは言い過ぎ、じゃない?」

「少なくともカドミウムが微量とはいえ混入してるのは間違いない。混ぜてた当の俺が言うんだから」

「それ、結局どうなったの?」

「どうって?」

「去年、それで仕事を辞めたんじゃない」

「そうだけど、俺が仕事を辞めたところで世の中は何も変わらない」


 そう、何も変わらなかった。

 工場用の温度計を作る工場で働き、仕事を憶えて開発にも手を出すようになった。

 そこで知った会社の事実。

 カドミウム入りの銀ロウを使って作った温度計を食品工場に出していた。

 俺が修理した牛乳殺菌タンク用の温度計、その銀ロウの部分は真っ黒に変色して腐食していた。

 牛乳殺菌タンクの中では腐食した銀ロウが牛乳に入っている。


「驚いたんだよ、いきなり仕事を辞めたんだもの」

「続けられるかあんなクソ仕事。なんで学校の給食に出るものにカドミウムを混ぜなきゃいけないんだよ」

「ちょっと信じられないんだけど」

「鈴にも見せたろ? 腐食して黒くなってる部品を」

「見たけどさ」


「あれを持って役所の連中にも、保健所の奴等にも説明したさ。行政通報にも連絡した。だけど誰も俺の説明じゃガルバニック腐食とか理解できないみたいだ。もともと日本の牛乳が粗悪なしろもので、そこに重金属混ぜても隠し味程度にしか思われてないってことなんだろ」

「それって法律には引っ掛からないの?」

「日本じゃ食べ物に重金属を混ぜるのは違法じゃ無いらしい」

「それって、おかしくない?」

「何がおかしい? スピード違反も飲酒運転も、捕まるまでは違法じゃ無い」

「見つかったら捕まる行為は違法でしょ」

「それでも見つからないし、捕まらない。水俣病かイタイイタイ病のように死人病人が大勢出て世論が騒がなきゃ、行政は何もしない。あの工場も10年以上カドミウム入りの銀ロウを使っているが、行政の立ち入り検査は1度も無いし、製品を回収したって話も聞かない。ずっとあのまま変わらないんだろう」

 食品工場に出す機械の部品をいちいちチェックするような機関も無い。

 日本はそのあたり欧米ほど厳しくは無い。


「それが、なんでここまで、なまちち飲みに行こうってなったの?」

「だから、せいにゅう」

「なまちちの方が好きでしょ?」

「それは、まぁ。いや、そうじゃ無くてだな、牛乳について調べてたらここが日本で唯一、本物の牛乳が飲めるところだったから。ちょっと行ってみようかな、と」

「日本で唯一の本物の牛乳? まるで他の牛乳がニセモノみたいに聞こえるけど?」

「実際、そのとおり。スーパーやコンビニで売ってるものは牛乳って書いてあるけど、厳密には牛乳じゃ無い」

「牛乳じゃ無かったらなんなの?」

「牛乳って書いてある白い小便だよ」

「もう」

 牛を見ながら、もう、と言うのはシャレになるのか?


「まず牛乳の作り方からいこうか。牛乳っていうのは牛の乳、牛の母乳だ」

「うんうん」

「その牛のエサな。本来草食の牛でもともとは草が主食。だけど母乳の脂質を上げるために乳牛のエサは穀物がメインだ。トウモロコシとか大豆を食わせてる。

 草食の牛に穀物ばっかり食わせてることで内臓が病気になる。胃の変形とか移動とか。

 そして輸入した飼料用の穀物のほとんどが遺伝子組み換えのもので、安全性は不明」

「え?」

「牛骨粉みたいに異状が解りやすく出れば変わるのかもしれないが、今のところは乳牛を手術することで誤魔化している。

 そして病気に対抗するために抗生物質をたっぷりと。乳牛は輸入した遺伝子組み換え穀物の農薬と抗生物質にどっぷりと漬かっている。

 次に牛乳を採取するために牛に無茶をさせてる。牛乳は母乳だから牛は出産をしないと母乳は出ない。哺乳類ならだいたいそうだろ」

「そうね。赤ちゃん育てるために母乳が出るんだものね」


「母乳を出させるために人工受精、そして出産。子牛を産んだ牛は約3百日母乳が出る。続けて母乳を搾るためには続けて妊娠させて出産させないといけない。1度目の出産のあとは四ヶ月で次の妊娠だ。1年に1度の出産。続けての妊娠出産で体はボロボロになる。人間で言うと30代で内臓疾患だらけになる。日本の牛乳は基本的に病気の牛の母乳なんだ」

「なんか、体に悪そう。それが牛乳が体に悪いとかって盛り上がった話なの?」

「実はあの食べ物が体に悪い。こういうのは数年おきに流行するものだから、その真偽は不明。ちゃんと調べてみれば解るのかもしれないけれど、調べる奴らは最初から結論ありきでデータを集めるから。調べる研究者がどこから金を貰ってるか、何を主張したいかで結論はコロコロ変わる。水銀は体に悪く無いと主張して排水口に流す大学の教授や、体温計3本分の水銀をゴクリと飲む研究者だっている」

「そんなんでいいの?」

「知らね。信じる気持ちがあればいいんじゃね?」

「それは科学的じゃないよね?」

「科学も金が絡めば立場が変わる。科学信仰もカルトのひとつだろ」


「じゃあ、今の牛乳が偽物だっていうのは?」

「それには理由がある。日本の牛乳のほとんどは高温殺菌処理をされている。だけど国際乳業連盟はこの高温殺菌牛乳を認めていないんだ」

「なんで?」

「超高温殺菌処理、えーと、130度で2秒間だったか? この処理をすると牛乳の栄養素、いろんなビタミンに酵素、善玉菌が熱で死んでしまう。大事な栄養の抜けた、もと牛乳の白い低品質ドリンクは、国際乳業連盟は牛乳とは認めない。推奨してるのは低温殺菌処理だ」

「え? どうしてわざわざ栄養素を消すなんてもったいないことするの?」

「大量生産で流通に乗せるには、高温殺菌が都合がいいからさ。それにもともと日本の牛乳は品質が最悪だから、高温殺菌してもあんまり変わらないからいいだろってことなんだろ」

「そんなに酷いの?」

「作るのに牛を育てなきゃいけないなんて、やたらと手間暇かかるのに、店で1リットル170円で売ってどれだけ利益が出ると? 老朽化した設備も直せなくてタンクの中で重金属混入しても、どうにもならない。修理する金も無い。設備を作り直すこともできやしない」

「うわぁ」


「じゃあ、牛乳って体に悪いんだ」

「それは違う」

 生乳をぐいっと飲む。やっぱり、これは旨い。

「体にいい牛乳と体に悪い牛乳があるんだ。だから日本で唯一、生乳を売ってるここに来たんだ。草食の牛に草を食べさせて、無理な出産をさせない。牛舎に一生閉じ込めないで広い牧場で好きにさせる。日本ではここでしか本物の牛乳は手に入らない」

「本物の牛乳はここだけなんだ。じゃあ、スーパーやコンビニに売っているのは」

「体に悪い牛乳モドキだ」


「結局のところこの本物の牛乳を飲んだことも無い奴等が、自分の立場と思い込みで牛乳を体にいいとか体に悪いとか罵りあっていたのが、牛乳の問題だったってこと」

「なんで牛乳モドキばっかりで、生乳を売ってるのが、ここだけになってるのよ」

「これもみんなの選択の結果なんだろ」


「みんながみんな、知識があって、味覚が確かで、体に悪くて不味いものは買わないようにして、体にいいものを買うようにしていれば、今の状況は変わっていたかもしれない。だけど、体に悪くて不味くて重金属が入ってても、安くて手軽に手に入る方がいいって人達が多かったから、今、こうなっている」

「そんな人達ばっかりじゃ無いよ?」

「そうだな。この牧場も最初は時代遅れだと、近代的じゃない、効率的じゃないって農協にも農林水産省にも見放されてバカにされていた。だけど、今では世界からも認められる牧場だ。昔ながらのやり方は設備投資も抑えて、質の高い生乳を作り、利益を出して注目されている。農協と農林水産相が推奨した近代酪農は、量は増えても質が落ちて設備に金がかかり、病気になる乳牛が増えて、治療のために薬代と手術費用が増えて利益は減った。量が増えた結果、ミネラルウォーターより安くなれば儲かるはずも無い。農協と農林水産省が先の見えないバカだっただけなんだが。しかし、この牧場もいつまで続けられるのか」

「なにか問題があるの?」


「言ったろ? ここだけが日本で唯一本物の牛乳を売ってるところだって。牛乳モドキを売り続けたい農協や酪農協会から見たら目の上のタンコブだ。ここが無くなったら日本で本物の牛乳を扱うところが無くなる。本物の牛乳の味を知ることができなくなるんだ。みんながみんな本物を知らないまま、牛乳モドキしか知らなくなれば、そっちの方が都合がいいって奴等が大勢いるんだ。そいつらが難癖つけて潰しにかかるかもしれない」

「そこまでする?」

「利権のためなら人はなんでもするさ」


 青い空に白い雲。みどりの牧場、草を食む牛。

 こんなにのどかで穏やかな景色が。

 こんなにのんびりとした美しい風景なのに。


 生乳を一口、ゴクリと飲む。何本買って持って帰ろうか。

 日本でただひとつの生乳を販売する牧場。この生乳もいつまで買えるか解らない。この牧場はこのまま主義を変えずに頑張って欲しい。


 食べ物に含まれるものに、健康に害になるかもしれない、というものは多い。それについて、因果関係は不明だとか、安全基準以下なら問題ないとか言う人がいる。問題ないと言う法律がある。

 だったら安全基準ギリギリまで毒物を混ぜても、それを売っても、何も問題ないってことか。

 だいたい、日本でカドミウムの安全基準が設定された食品は、米と清涼飲料水だけだ。

 牛乳にはカドミウムの安全基準は無い。

 だから牛乳にはカドミウムを混ぜて売ってもいい。

 この国はそれを問題無いと言っている。

 みんなそれを信じている。

 なんで体に悪いものを混ぜてもいいなんて、デタラメで無責任なことになっているんだ?

「学校給食で出る牛乳も、牛乳モドキじゃ無くてこの生乳だったなら。アレルギーが出る子供も減って、花粉症の人もこんなに増えなかったんじゃないか?」


 知らなかったとはいえ、真面目に仕事をしてるつもりが、やってたのは食べ物に毒を混ぜるような仕事だった。

 だけど日本では、それは違法では無い。

 罪にはならない。

 俺は誰にも裁かれない。

 知らずにしていたこととはいえ、

 それが、苦しくてたまらない。


「……ちょっと、泣かないでよ」

「泣いてねぇよ」

「ねぇ、」

「なんだよ?」

「なまちち、触る? 元気出るかもよ?」

「だから、せいにゅう! ……あ? 触るって? あれ?」


 あとで車の中で触らせてもらった。

 鈴のなまちちは、俺の精神の健康には、

 確かに効果がありました。はい。




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