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虎の管理人   作者: 剣の杜
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第1話 ご対面~倫理的にどうよと俺は言いたい~

「こ、これは……」


 寮の玄関に入るなり、陸斗は驚きの声をあげた。

 一度に多くの人間が出入りできるように広く作られた玄関、そこから続くフローリングの廊下、どちらも手入れが行き届き、男性の住む寮にしては不似合いなくらいに清潔なのだ。

 輝きを放っているようにすら見える目の前の光景に、陸斗は思わず感動していた。


「なにボーっとしてんの? みんなにあんたのこと紹介するからとっととあがってきなさい」


 目を輝かせて動こうとしない陸斗に、焦れた楓子が声をかけた。


「は、はい! それでは、お邪魔します」


 慌てた様子で我に返ると、靴を脱ぎそろえて陸斗はフローリングの廊下に立った。手入れの行き届いている廊下は、靴下では転びそうになるくらい滑々している。

 そんな足元を気にしている陸斗を見て、楓子が玄関の靴棚の脇を指差した。そこには2つのスリッパ入れがあった。


「スリッパはあそこ。来客用のがあるから、今日のところはそれを使って」

「了解っす」


 スリッパ入れは寮生用と来客用の二つに分かれていた。

 ちらっと、寮生用のスリッパ入れを見るとそこには色も大きさも様々なスリッパが入っていた。

 そこで、また違和感がした。

 スリッパはどれも、花柄だったり何かのマスコットが書かれていたり、具体的に言えば『かわいい』柄のものが多いのだ。

 来客用のスリッパも男女どちらでもよさそうなデザインではあるが、どことなく女性用といったほうがしっくりくるものが多い。

 嫌な予感がした。しかし、今さら彼にこの場から逃走する権利は与えられていない。逃げてもつかまり、その後に待っているのは間違いなく生き地獄だ。

 陸斗がどうしたものかと足を止めていると、再び楓子が彼を呼んだ。


「とっとと覚悟決めて、こっちきやがれっていってんでしょーーがッ!」

「了解ッス!」


 陸斗はあわてて返事を返して、足のサイズの合いそうなものを選ぶとパタパタと楓子の後を追いかけた。



 そのころ、リビングのほうではここの住人たちが、二人の到着を待ちわびていた。


「楓子さんと管理人代理の方、遅いな・・・。何かあったのかな?」

「どんな人でしょうか・・・?」

「楓子さんのことだから、意表ついてヒトじゃなかったりしてー♪」

「あ、ありえるありえるー」

「それよりも、お酒の飲めるヒトだといいんだがなー。飲み友達が増えるのはいいことだ♪」


 新しい住人への期待や不安、好奇心が次々と飛び交う。中には、早速歓迎会をする気なのか、一升瓶を取り出しているものまでいる。

 ちょっとしたお祭り騒ぎ状態だ。そこに、二人分の足音が近づいてきた。それが合図となりリビングの喧騒が静まり返った。



 二人はそんな静まり返ったリビングのドアそのすぐ脇で足を止めていた。


「さて、このドアの先に現在の住人たちがいるわけなんだけど・・・」


 意味ありげに、楓子がそこで言葉を区切る。その先の言葉に不穏なものを感じ、陸斗は無意識につばを飲み下す。


「ドアを開けて逃げようとしたら潰す、空ける前に逃げ出そうとしても潰す、住人と顔合わせしてから逃げ出したらその首をすっとばす。Are you O.K?」


 その声音の低さと、本気で殺気丸出しの眼光。そんなものを発している状態の人間に拒否するようなことを言えるわけがない。

 陸斗もその1人なわけで、ヘッドバンキングよろしく無言で首を縦に振るだけである。


「んじゃ、行くよ」

「了解っす・・・」



 固唾を呑んで住人全員がリビングの入り口を見つめるなか、木のこすれる甲高い音を響かせドアが開いた。

 まず、中に入ってきたのは楓子だった。彼女は、入ってくるなりリビングを見回した。


「お、感心感心。全員そろってるじゃん」


 そういって満足げな笑みを浮かべる。その笑みをニヤリと悪戯を思いついた人間が浮かべる笑みに変えると、言葉を続ける。


「今日は先週話した新人を紹介する。皆驚くなよ~~。入ってこい」


 彼女の手招きに応じて、その新人がドアを少し窮屈そうに潜り抜けて姿を現した。

 ヌッと、という表現が合いそうな動作でリビングに入ってきた彼を見て、住人全員が思わず言葉を失った。

 それは彼にとっても同じだったらしく、目を丸く見開いている。


「「ちょ、ちょっと・・・」」


 陸斗と住人の中の1人、どちらからとは言わずに戸惑いの声が楓子に向けられる。

 楓子は楓子でしてやったりといったどこか無意味に自慢げな表情で全員を見ている。

 そして、両方同時に沈黙をしてしまった。

 陸斗の視線と住人達の視線が交差する。それが10秒ほど続いたくらいだろう。


「「お、お、お・・・・・・」」


 先ほどの声がぴったりとシンクロする。一拍おいて、


「女じゃないっすか、全員ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

「男じゃないですか、この人ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」


 絶叫が星振り寮中に響き渡った。その声を塗りつぶすかのように、楓子がガッツポーズをとりながら叫ぶ。


「うっし、ドッキリ成功ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「ドッキリ成功じゃねぇっ! っつーか、ネタが古い。若い子にゃわからねえよ!! って、ヤベェッ!?」


 思わず突っ込みを入れた陸斗。だが、コンマ一秒もしないうちに、自分の言ったことに後悔する。

 思いっきりタブーを含んでの突っ込み。すぐそばの楓子はうつむいて腕をわななかせている。

 前髪に隠れて右目が見えていないが、左目は三白眼も真っ青という目つきの悪さで彼をにらんでいるのが見える。

 その目が明らかに危険な攻撃色を見せた瞬間!


「誰が婚期逃していき遅れていまだに独身のさびしいおばさんだ、コンニャローーーーッ!」

「誰もそこまでいってねぇだろーーーーーーーが!?」


 電光石火の速度で楓子の左足が振り上げられた。軸足のかかとはしっかりと陸斗にむき、下半身の捻りも十分。

 こめかみを狙った一打必倒のハイキック。

 陸斗はとっさにしゃがんで回避しようとしたが、それが致命的なミスになった。


「三途の川で苦行積んでわびてきやがりゃーーーーーーーーーー!!」


 陸斗の頭上をすり抜けるはずだった蹴り脚の軌道が変化する。

 真横に蹴りぬくのではなく、斜め四十五度の角度で袈裟斬りのように落ちる!


「チィィィッ! 抜かっ・・・・・・うぎゃふっ!?!?!?!?」


 顎関節にクリーンヒット。陸斗の頭がその威力に百度ばかり捩れる。

 下にたたきつけるような変則式のハイキック。某立ち技最強ファイターの中の1人のフィニッシュブローでもあったブラジリアンキックだ。

 彼はそのまま二、三度痙攣したかと思うと、膝をつき前のめりに倒れた。

 どうやら楓子の一撃はしっかりと彼の脳を揺さぶったらしい。つまりは、脳震盪である。


「あ、やっべーー。思わず本気でいれちゃった・・・」


 リビングが、気まずい沈黙に包まれる。よほどいい物をもらってしまったのか陸斗は起き上がる気配はない。


「あちゃー、もしかして殺っちゃったかな・・・。こいつなまじ頑丈だから手加減必要ないしー」


 『料理失敗しちゃいました』と、まったく同じノリで怖いことをつぶやく楓子。

 リビングの気まずい空気に、鉛のように重い空気が混じってくる。

 だが、その空気を晴らすかのように陸斗の指がピクリと動いた。

 続いて、前進もぴくぴくと動き始めた。

 そして・・・


「いきなり何さらすんですかーーーー!? 久方ぶりに向こう岸見えたじゃないっすかーーーーーーーーーー!!」


 復活。そう簡単には死なない男である。


「おお、死んでなかったか」

「死んでなかったか、じゃなくて死ぬようなことをせんといて下さいよーーー!!」


 叫ぶ陸斗。言い分はもっともである。だが、んなことは知ったこっちゃないと楓子は先ほど途中になった紹介を始める。


「はい、みんな聞いてー。このデカブツ尾下げの男はあたしの姉の息子、つまり甥にあたります。んで、名前は・・・」


 そこまで言って、沈黙した。女子寮の住人全員の視線が楓子に集まる。

 楓子は視線を陸斗へと向けるだけで、その先を言おうとしない。ようは自分で名前くらいは言えという意図なのだろう。

 陸斗は渋々一歩前に出ると、背筋を伸ばす。


「天津陸斗といいます。叔母である楓子さんに詐欺まがいで連れてこられましたが、仕事である以上は全力でやらせていただきます」


 そう言って一礼をする。しかし、反応らしい反応が返ってこない。陸斗は恐る恐る下げた頭を起こしていく。

 待っていたのは疑惑の視線と戸惑いの視線が半々といったところ。五人いる女性陣は何から言うべきか迷っているようである。


「楓子さん、ちっといいっすか?」


 誰もが何も言い出せない状況の中、一人大柄な女性が前に出てきた。身長は一七〇半ばは過ぎているだろう。日本人女性としては、大きいほうだ。

 そしてその長身の腰まで届く長い後ろ髪と、軽く撫で付けただけのラフな前髪、その奥にある今は気だるげな鋭い瞳。

 全身から姉御と呼びたくなるオーラを発している。


「えぇ、構わないわよ」

「代わりの管理人が来るって話は聞いてたっすけど、何でよりにもよって男なんですか?」

「そりゃ、あんたらの出した要望を聞いていったからよ。

 あたしと同じくらい料理がうまくてー――」


 天津陸斗、調理師専門学校卒業、調理師免許も持ち、バイト含む実務経験多数、合格。


「家事全般が出来て、早起きでー――」


 実家にいたころは、母親と共に家事全般をこなしている、主夫体質、合格。


「お酒がのめてー――」


 未成年から飲んでおり、父親を潰すほど、合格。


「あたしと同じくらい強い」


 実家は武術の道場をやっており幼いころから鍛えている、合格。

 つまり、彼女たちの出したそれぞれの要望を、陸斗はパーフェクトに満たしてしまっているのだ。

 男であるという点を除いては。


「いや、だからって男でいいわきゃないでしょーに!」

「だって、皆男はだめなんていってないもーん」

「『いってないもーん』じゃないっすよ! 仮にもここは女子寮なんですよ! そんなとこに、こんな狼連れ込んでどうするんです! 常識的に言ってまずいじゃないですか!」


 見事までの正論。槍玉に挙げられている陸斗自身もうなずいてしまってる。そもそも、女子寮ということ自体が陸斗自身初耳だ。意図的に伏せられていたのだろう。

 とりあえず静観を決め込んでいたのだが、キラーパスは意外なところで襲ってきた。


「あぁ、その点は大丈夫よ。こいつチキンだし、以前も女だらけの仕事場紹介してやったときも、何も  手ぇ出してなかったらしいし。あ、それとも出せない身体なのかしら♪」


 場がシンとした。女性5人のうち、小学生らしい一人を除いた残り4人の視線が心なしか陸斗の腰の下に移動した。

 しばらくその下にあるであろう何かを凝視した後、陸斗の顔に視線を戻す。

 それぞれ、頬を赤らめたり、諦めたようにため息をついたりしているが、その視線に浮かぶものはみな同じ。


「あぁ! 何スか! その目は、その役立たずを見るような目は!! えぇ、何で他の人も哀れみを含んだ目で俺見てるんです!? この場合は、喜ぶべきとこでしょう、皆さんは!!」


 同情。男としては屈辱的な意味を込められた同情。口に出そうとしてはいないが、言いたいこともきっと同じだろう。

 つまり、『アンタ不能なの?』と。それに対して、陸斗は必死で弁解にかかった。


「俺は断じて不能じゃないッス。俺は、ただちゃんと躾けられてるだけです! つ、使うときがくればちゃ んと使用可能です!!」


 陸斗の弁解に三度、場がシンと静まった。その沈黙を破ったのはやはり、楓子だった。


「あー、まぁ今のこいつの言ったことは、男としての尊厳を守ったものとして流してくれるとありがた  い。もう一度言うが、こいつはそういう点に関しては心配は要らない。女性が無理やりされたり、いた ぶられたりするのを心底嫌っている。そんなやつが、自分から自分の嫌なことをやるわけがない。みん な、どうか私のことを信用してほしい」


 めったに出さない真剣な声。大柄な女性は楓子の目を何かを確認するように見続けていたが、諦めたようにその視線をはずした。


「分かりました。楓子さんを信用して、この人が管理人代理につくのは認めます。ただ、こちらからも条 件がひとつ。

 管理人用の各部屋のマスターキーはあたしたちが、彼を信用したときに渡す、それだけです」


楓子が陸斗に確認をとるかのように目配せをする。それに陸斗は頷く。


「わかったわ。陸斗も、この条件で異存はないわね?」

「もちろん。それくらいは彼女たちに会って当然の権利ですから」


 さほど気分を害した様子もなく、陸斗はそういってもう一度、5人の女性たちを見た。

 身長が一六〇cmほどで、どこか赤みがかった髪を陸斗と同じような尾下げにして背中まで伸ばした、 可愛さと綺麗さの混ざった顔に戸惑いを浮かべている女性。


「わたしは天津輝夜、龍杜大学獣医学課の4階生。陸斗って、昔夏休みとかに遊びに来ていたあの陸   斗?」

「んん? 言われてみれば、輝夜っていう名前と、顔立ち、面影があるなぁ」

「やっぱり、あの陸斗かぁ」


 女性――輝夜の言葉を聞いて、陸斗も記憶を掘り返す。少し、ほろ苦い思い出だ。

 次に口を開いたのは、身長は160cm半ばくらいで、カラスの濡れ羽色とでもいうべき黒髪と、凛と した顔立ちに警戒の色を見せている少女。


「うちは鳴神礼華(らいか)といいます。楓子さんの推薦とはいえ、男の人が管理人代理というのは気 が進みません」

「そこに関しては俺が反論するつもりはないよ。俺も節度を守るだけだし」


 関西訛りの残る口調はきつめだが、それも当然のこととして受け入れる。

 次は身長は130cmほど、おそらく最年少だと考えられる、金髪に近い栗色の髪とあどけない顔立ち いっぱいに敵意を表している少女。


「あたしは認めない! 楓子以外の管理人なんてどーでもいい!」


 癇癪に近い声を上げて、そのまま部屋を出て行ってしまう。さすがに陸斗も言葉をかける間もなかった。


「あー! 璃緒ちゃんー! ごめんなさい、陸斗さん。あの子は如月璃緒ちゃんっていいます。お父さん以 外の男性の人嫌いみたいで・・・。えーと、私は天羽(あもう)雪っていいます。よろしくお願いし ますね」

「うん、こちらこそ2週間よろしくおねがいします」


 部屋を出て行った璃緒を心配しながらも自己紹介をしてきたのは身長は150cmほどで、不安という よりもテレを隠しているような表情を浮かべた少女。

 色素の抜けたようなきれいな銀髪だが、かわいらしいという言葉がぴったりと当てはまる。

 そして、マスターキーの提案をした170cmを超える長身の黒髪の女性。


「あたしは天羽(あもう)理子。龍杜大学人文学部の3回生っつーか2年留年中。苗字の通り雪の姉  だ。信頼しないっては言わないけど、やることはやっとくれよ。

 それさえやってくれば、あたしは別に構わないよ」

「もちろん、やることはやりますよ。そのために呼ばれたわけですし。妹さんともどもよろしくお願いし ます。」


 どこか投げやりな雰囲気を漂わせながらも、場を治めたのも彼女だ。陸斗は彼女が寮生の中のリーダーになるのかと考えていた。

 1人は部屋を出て行ってしまったが、5人の女性との共同生活が始まる。変なことをするつもりはさらさらないが、現状管理人の仕事以外上手くいく気がしない。

 寮生とのコミュニケーションはもってのほかだ。胃に重いものを抱える感じに溜息を吐きながら、陸斗は今後の事に思いをはせる。

 女子寮を舞台に、寮生たちを相手にした陸斗の2週間限りの大波乱が今幕を開けた。


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