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食事



「いやぁー、ホント助かりました!ささ、遠慮せず頼んで下さいッス!」

「え、ええと…騎士団としてはそういうのは遠慮したいのですが…」

「大丈夫!懐ならまだまだ余裕ありますし!それに、何かお礼しないと気が済まないッスよ!…あ、嫌なら言ってくださいッスね?無理強いするっていうのも良くないんで…」

「いえ、ありがたくいただきましょう」

「ちょ、団長!?」

「バート、こういった好意には素直に甘えるものですよ?」


 店主との一騒動の後、青年の「お礼をしたい」という強い申し出があり、フィリアとバートはメドリジェ一の大衆食堂と名高い店に、青年を案内していた。


 騒動自体は大した問題ではなく、店主が「客が冷やかしに来た」と勘違いし、更に根っからの冷やかし嫌いであるが故に、青年に食ってかかったのだ。強いて問題があるとするなら、この店主、騎士団が何度注意しても、怒鳴り散らして食ってかかるのを止めないのだ。

 こんな事が起こる理由として、店主自身の時代遅れな性格もそうなのだが、何より―


「まさか、今時物々交換でなんて、普通想像できないッスよ…てか、食事処で、ですよ?」


 そう。基本的に商店と言えば金銭による取引が主なところを、あの店主は昔からの風習だからと言い、今もなお物々交換によって料理を出しているのだ。金銭面では問題ないらしい青年だったが、物々交換に使えるような物品は持ち合わせていなかったらしい。その為、フィリア達は普通に金銭による支払いが行えるこの大衆食堂にやってきたのだ。


「申し訳ありません…あの店主さん、かれこれ五十年以上も前からあの店を営んでまして、それでいて今も変わらず腕も良くて、味もメドリジェで一二を争うほどなんですが…何分、昔からあの性格らしくて…」

「いえいえ!別にあの人に怒りを抱いてるとか、そんなんじゃないッスから。寧ろ、自分の仕事に命を懸けてるって感じで好感持てるというか」


 それを聞いたフィリアとバートは、思わず顔を見合わせる。何せ、あの頑固店主の事で文句を言う人や、何とも思ってない(と、口だけではそう言っている)止まりな人は数多くいたが、寧ろ好感を持てる、などと言ったのは、この青年が初めてだったのだ。


 思えば、なんとも変わった青年のように感じる。少なくとも、黒髪の人間というのはこの辺りでは他の街から流れてきた人間ぐらいしかいない。言伝で聞いた話では、黒髪は大陸を西と東に分ける境界の向こう側、即ち東部の人間によく見られるという。

 それだけでなく、纏う雰囲気自体も、普通の人間とは何かが違う。明るく、暖かく、それでいて…。


 そうしてフィリアが目の前の青年について考えを巡らせていると、当の青年は、「それに」と言葉を紡ぐ。


「…なんて言えばいいのかな。俺も、人生懸けてやってる事があるから、分かるんスよね。なんとなく」


 なるほどそれで、と、フィリアは合点がいった。この青年も、言うなれば自分達の同類なのだ。目を見れば分かる。

 その瞳の輝きは、間違いなく人生の全てを注ぎ込んででもいいと思える何かを見つけた人間のそれだ。

 そんな輝きを秘めた若き青年の姿。それは、かつての騎士を目指していた自分達、そして騎士となった今でもなお、理想の世界に一歩でも近づける為に日々奮闘を続け、失敗してもなお諦めない騎士団の面々にも重なる。


「…私、感動しました」

「えっ、へぇ!?ちょ、なんで泣いてんスかぁ!?」

「え?…あっ、やだ、私ったらまた…」

「だ、団長!?…お前」

「お、俺のせい!?」


 昔からこうだった。フィリアという女性は昔から「努力をし続けた結果生まれる輝き」に魅せられやすいタチらしく、そうした話を聞く度にこうして涙が出てしまうのだ。

 そして、そんな涙脆いフィリアを見て、話をした相手をバートが睨むというのが、彼女達のいつもの流れなのである。


「そ、そういえばこの街、凄い賑わってますよねぇ!なんかあるんスか?」


 兎にも角にも話題を変えようと、青年は別の方向へと話を逸らす。


「え、ええ。明後日の満月の夜に、満月祭という祭りが開かれるんです」

「ああ、なるほどそれで…でも、まだ二日もあるじゃないッスか?」

「それは、満月祭には前夜祭があって、その前夜祭の準備の為に人が集まって、その準備をする人に商売をする露店が集まって…と、そんな風にどんどん人が集まるんです。…それに、街の規模の事もあるので、早めに来ないと通行制限が掛かっちゃって入れない、なんて事もありますからね。これでも、王国の方からもわざわざ貴族の方々が来られたりもするんですよ」


「へぇ~…」と、心から感心したように、青年は軽く頷きを繰り返す。


「王国っていうと…西方王国、でしたっけ?」

「ええ。このメドリジェの街は王国からそれなりの距離にある街なんですが、元々交易の街として盛んでして。歴代の街の長の働きもあって、大陸のあちこちから…それこそ、境界の向こう側の東部からも人がやってくるようになったんですよ」

「ほー」


 境界。太古の昔から存在するという、この大陸を西と東に分ける巨大な亀裂。その起源は今のところはっきりしておらず、学者達の間で様々な説が飛び交っているが、少なくとも一番古い記録、即ち神話に描かれていたところから考えるに、四千年前には既に存在していた事が明らかになっている。

 人によって境界の存在理由、解釈は異なり、ある者は現実的に大地震などの規模の大きい災害の影響でそうなったと言い、またある者は神話に基づき、今では伝説の存在となった悪魔や魔物が地獄から現れた時の名残であると考えている。

 また、未だその境界の底に何があるかを確認した人間はどこにもおらず、これまでに数多くの冒険家や学者が調査に向かったが、そのことごとくが帰らぬ人になっている。


 そんな謎めいた境界がこの大陸にもたらした最大の影響は、大陸を東部と西部の二つに分けられた事だろう。ただ西部の人間と東部の人間による交流が難しくなっただけではない。分かたれた余波によるものなのか、東部と西部の人間で外見的特徴のみならず、更に文明や文化が大きくかけ離れだしたのだ。

 外見的な特徴というのは即ち、髪の色や顔立ちの事だ。そして文明や文化による違いとは技術発展の面のみならず、宗教的観念や、そもそもの価値観の違いである。その辺りを踏まえた上で、フィリアは不思議に思う事があった。

 フィリアの目から見て、ジョウの外見的特徴は、時折このメドリジェにもやってくる東部の人間のそれと一致する。黒い髪に、精悍ではあるが比較的西部の人間よりも平たい顔。だが、その身に纏う革のコートは、どちらかと言えば西部にて生産されるそれと酷似している。

 詳しくは知らないが、東部にも革の服は一応ある事にはあるらしいが、あのように加工されているというのは、今まで見た事も無ければ聞いた事がない。


 そんな時、「ただ」と、バートが神妙な顔つきで割って入る。


「ご覧の通り、この時期はあまりにも人の往来が多すぎるせいか、時々犯罪者や賊の一味が紛れ込む事もありましてね。街の各門前で商人相手に検査を行ったりはするんですが…連中も馬鹿じゃないって事なんでしょうね。あの手この手で、こちらの目を掻い潜ってくるんですよ」


 「観光客相手にはそもそも検査もしないですしね」と、バートは付け足す。

 彼の言う通り、この街は交易の街として発展していく反面、その人間の多さから犯罪が行われる事がしばしばあった。過去実際に会った事例を挙げると、万引きのような小さなものから、中毒性が高く一般的には使用を禁じられている薬品の売買、更には人身売買なども行われていたという。


「まぁ、そういうわけで僕ら騎士団も大忙しでしてね。…本来なら、こんなところで油を売っていていいものでもないんですが」

「もう!…あ、すみません。彼、ちょっと真面目過ぎるところがありまして…」


 ジト目で見てくるバートに対し、フィリアは弁明するように肘で小突く。

 バートという青年の事は、昔からよく分かっているつもりだ。気弱だが、その反面非常に正義感が強く、そしてドが付くほどの真面目。しかしながらどういうわけか、フィリアが関わると妙に感情的になってしまうのだ。


 と、そんな彼らのやり取りを見ていた青年はと言えば、バートの言葉を真に受けたのか、酷く狼狽していた。


「え、えーと、やっぱ、やめといた方がよかったッスかね…?」

「い、いえ!そんな事ないですから!…そ、そう!今丁度休憩中なんですよ!ええ!」


 本当は今見回り巡回中なのだが、他に言い訳が思い浮かばず、咄嗟にそんな言い訳をしてしまう。

 思わず「違う」と言おうとしたバートの口を塞ぎながら、フィリアはこの手の会話での自分の機転の利かなさを呪っていた。

 が、青年はそんな風にあたふたしているフィリアを眺めながら、今度はクスリと微笑む。


「…でも、それってつまり市民の皆の為に、日夜努力されてるって事ッスよね。うんうん、真面目な事は、イイ事ですよ、ええ!俺、尊敬します!」


 「いつも、お疲れ様です!」と、青年は満面の笑みを浮かべながら頭を下げ、お辞儀をした。


―ああ、この人は本当に…


「え、えぇ!?またぁ!?」

「…おい」


 再び感極まって涙を流すフィリアを目にし、青年は再度うろたえ、そしてバートもまた先程と同様に青年を睨む。

 そんな三人を、客達は奇怪な見世物を見るかのような反応をするか、あるいは生温い視線を向けるばかりだった。


「と、とりあえず、なんか食べましょ!ね!?あ、すいませーん!コッパ鳥の木っ端微塵焼き一つ!…え、無いの?ホントに?」


 バートからの睨みだけでなく、周りの客からの何とも言えない複雑な視線を受け、気まずい空気になったのがどうにも耐えられず、とりあえず青年は名前からにして不思議な響きのする料理を注文するが、取り扱っていないという非情な現実を叩きつけられ、目に見えて更に落ち込んでしまった。

 どうも青年にとって、多少我が儘を言ってでも食べたい料理だったようだ。





******




 それからしばらくした後、食事を終えたフィリア達は、せめて自分達の分は払おうと青年に提案したものの、青年は最後まで自分が奢ると言って頑なに譲らず、結局彼に支払いを任せ、先に出てきていた。


「いやぁ~、食った食った!ごっそさん!美味しかったッスよ!」


 それから遅れる事しばらくして、ようやく支払いが終わった青年が出てくる。好みの料理が無く一人意気消沈していた青年だったが、他の料理が美味しかったからなのか、すっかり上機嫌になり、店から出る間際に食堂の店主に礼を告げる程だった。


「うん、良い街ッスねぇ。俺、この街には初めて来たッスけど、騎士団は良い人ばっかだし、それにご飯も美味い!」

「…まだ僕ら以外の騎士団と話とかしてないだろ。てか、ご飯だってここが初めてのクセに…」

「もう、そんな事言わないの。…お褒めいただき、光栄です。えぇっと…」


 そこで、彼女は気付いてしまう。まだ青年の名前を聞いていないのだ。

 同様に、そういえば、と青年もその事を思い出したようだ。


「まぁ、名乗る程の男じゃあないッスけど…俺はジョウ。ご覧の通りの風来坊ッス」

「…ふーらいぼー?」

「ま、そんな風にカッコつけてますけど、ここには用事があって来たんスけどね。へへ」


 「ま、覚えなくてもいいッスよ」と、ジョウと名乗った青年は、朗らかにそう付け加えた。





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