探し物の在処。
荷台に転がされていた布袋、ずっしりと重い袋を石畳に下ろす。
ざらついた生地の袋の口を縛った紐を銃剣で慎重に切り裂くと、中にはユーカがいた。僕の後ろからのぞき込んでいたセリエがため息をつく。
馬車を待機させたり、逃走の護衛要員を待機させたりしてたから、袋をすり替えられてたらどうしようもなかったけど……さすがにそこまで知恵は回らなかったのか、手が回らなかったのか。それとも油断があったのか。
どっちにしろ良かった。
袋からとりあえず出して石畳の上に寝かせてみるけど。
ユーカは場違いなくらいにいつも通りの安らかな寝顔で静かに寝息を立てていて、ゆすっても起きる気配がない
そもそも、いくら何でもこの状況で起きないってことは、魔法か毒で眠らされているのか。
セリエが解毒を使うけど反応がなかった。
「……おそらく、深層睡眠を掛けられてます。私には解除できません」
セリエが悔し気に言う。
魔法をかけられているなら魔法解除とかのような別のスキルじゃないとダメってことかな
荷台にいた二人と御者は地面に座り込んでいて、都笠さんがハンドガンを片手にその3人を監視している。
荷台にいた二人はそれぞれ手や肩を撃たれているし、御者は地面に落ちた時にぶつけでもしたのか、腕を抑えている。致命傷ではないけど、全員戦意喪失って感じだな。
さすがに治療する義理もないし、死ぬほどの怪我でもないからとりあえず放っておこう。
周囲を見渡すけど、誰かが来る気配はない。
長く伸びた路地には人っ子一人いない。月明りと街灯のように立ち並ぶコアクリスタルのランプが立ち並ぶ屋敷とその壁を照らしている。
東京の夜の明るさと比べれると、どこかの薄暗い路地裏って感じではあるけど。
周りの貴族の屋敷からも誰かが出てくる様子はない。
人が住んでいるはずなのに物音ひとつしないあたりが何というか不気味な感じだ。立派な白い漆喰や金属の格子状の壁の向こうに見える豪華な屋敷がまるで廃墟のように感じる。
馬の嘶きにエンジン音、クラクション、銃声と静かな旧市街の夜では相当に響いたはずだけど、衛兵が来ることもない。
新市街は街中を巡回する警察官宜しく衛視が街中をうろついていて、喧嘩したりしたらすぐに飛んでくるのだけど。
静かだけど、平穏な感じはしない。むしろ不穏というか、嵐の前の静けさって感じか。
「誰かが見てるわ」
3人から視線を離さないままに都笠さんが言う。
「どういうこと?」
「こっちを見て戻ってる……偵察って感じね」
様子を伺ってはいるけど何もしてこないってことは、このゴタゴタについては我関せずということなんだろうか。
周りを見ると時折屋敷の窓に明かりが漏れたりする。カーテン越しにこっちを見てるっぽいな。誰かがいるってわかって、なんとなく安心した。
旧市街は僕等にとっては完全なアウェーみたいなもんだ。勝手が全然分からない。
この3人に聞きたいことは色々あるけど、ここで尋問するのはあまり意味がない。ユーカもなんとかしないといけないし。
「とりあえず、一度ここを離れた方がいいわ」
都笠さんが僕の方をちらりと見て言う。それは確かなんだけど。
ただ、もう一度広場に戻って門を破る……のはいくら何でも無茶だろう。
門衛の兵士が追いかけてこない理由はよくわからないけど、さすがにもう一度強行突破をさせてくれるほど甘くないと思う。
「どうする?」
「うーん……ダナエ姫が助けてくれれば一番いいんだけどね」
門をもう一度破るってのをしないなら、旧市街で一番僕らが頼れそうなのは間違いなくダナエ姫だ。庇ってくれるかもしれない。
なんせ四大公の一角の家の人だし、この仕掛けをしたのが誰であってもダナエ姫なら対抗できるだろう。
問題は、タダでってわけにはいかないということだけど……というか、仕官しろとか言われそうだけど、今は背に腹は代えられない。
「道、覚えてる?」
男たちにもう一度視線を戻して都笠さんが聞いてくる。
「広場まで戻れば、なんとか」
夜と昼だと結構雰囲気は変わるけど、一度歩いて行ったから大体の方向はわかる。それに尋常じゃないほど広い屋敷だったし、近くまで行けば何とかわかる気がする。
ハンマーで移動するのはあまりにも目立つし、ここで乗り捨てていった方がいいのか。こいつらを一人捕虜にしていこうか。
「ご主人様……」
そんなことを考えているうちに、セリエが僕の袖を引く。
「どうかした?」
と聞いた時点で僕にも分かった。
石畳を叩く馬の蹄の音と車輪の音が聞こえる。誰か来る。
広い道の向こうの方から明かりが近づいてきた
◆
都笠さんが89式を音の方向に構えた。僕も銃を向ける。
衛兵かと思ったけど、そんな感じじゃなかった。
先頭には馬に乗った三人の男。青白い光を纏っていて、幽霊が近づいてきているように見えた。その後ろには二人乗り位の小さ目の馬車が1台付いてきている。
きちんとした箱のようなキャビンが付いていて、紺色の地に夜目にも豪勢な金の縁取りがされたものなのは分かった。
馬に乗った男達はそれぞれが長いコアクリスタルの燭台を掲げていて、顔の上半分を覆うような兜をかぶり、揃いの紺色の胴鎧を着ている。
ジェレミ―公の所でも見かける、貴族の従士っぽい。
男たちの体の青い光はもう見慣れた防御の光だ。つまり臨戦態勢ってことか。
馬から慣れた動作で降りると、馬の鞍に掛けていた縦長の盾を構える。黒地に銀で見たことがない紋章が飾られていた。
その後ろでは御者が降りて馬車のドアを開けると、馬車から二人の男が降りてきた。
最初はこれまた紺色の長いローブのようなガウンのような服を着た、なんとなく魔法使いっぽい男だ。フードをかぶっていて顔がよく見えない。
もう一人はかなりの老人だ。多分60歳は超えているだろう。痩せて顔は皺だらけだけど、背筋はしゃんと伸びている。
従士や魔法使いが頭を下げてるところを見ると、こいつが主らしい。
爺さんがこっちをじろりと一瞥した。
「ラクシャス……」
セリエがつぶやく。
「あの紋章は……ラクシャス家の物です」
セリエが敵意に満ちた目で爺さんを睨みつける。
ラクシャス家。この騒ぎはあいつの差し金なんだろうか。
いずれは何か仕掛けてくるかもしれない思っていたけど、しばらく音沙汰がなかった。でも、まさかこんな強引なやり方で来るとは。
◆
馬の蹄と石畳が触れ合う音とかすかな風の音以外何も聞こえない静寂。
その沈黙を破ったのは爺さんの方だった
「お前……カザマスミトか?」
「そうだ」
じろりと僕を見る。
痩せて皺だらけだけど整った顔だ。銀色の髪をオールバックのようにしている。
仕立てのいい紋章入りの紺色の腰丈のマントとダブルのスーツのようなタイトな服を着て、手にはステッキを持っていた。
ゼーヴェン君やジェレミー公が似たようなのを着ているのを見たことがある。ガルフブルグの礼装なんだろう。
見た目だけならいかにも老紳士って感じなんだけど、僕等をみる視線は、いかにも人を見下しているって感じの冷たいものだった。
多分、ラクシャス家の当主なんだろうけど。ってことはガルダの父親だろうか。でも、あまり面影はない。
というか、ガルダはダークエルフの血が入っていたから肌も髪も黒かったし、鍛え上げた戦士風だったけど、こっちは神経質な文官って感じだ。
「不可解だ。どうやってここまで追ってきたのか……まあそれはいい」
僕の方を一睨みして爺さんが杖で石畳を突いた。硬い音が響く。
「なにをしている?」
「は?」
何を言っているのか分からない。ラクシャスがもう一度杖で石畳を突いた。
「なぜ、跪かない」
「……は?」
細い体には似合わないよく通る声だけど。言っていることが理解できなくて一瞬思考が止まってしまう。
「竜殺しの称号を得て思い上がったか?探索者風情が……貴族の前だぞ」
ようやく言いたいことが分かった。つまり、貴族の前だから跪いて礼をしろって言いたいのか。
「馬ッ鹿じゃないの、あんた?」
僕より先に都笠さんが口を開いた。
「あたしたちがあんたに頭を下げる理由なんてないでしょ」
呆れたって感じの口調で言う。
僕も概ね同感だ。少なくともこいつ相手に敬意を払う理由はないな。
しかし、ガルダも大概偉そうだったけど、そんなレベルじゃない。
頭を下げて当たり前、と言わんばかりの態度だ。尊大な口調と目線。あからさまに僕等を見下している雰囲気が伝わってくる。
ここまでやられて僕らがこいつに敬意を払うなんてありえないだろうに。
普段なら敬語の一つも使おうかって気になるけど。こいつ相手に遜る気にはなれない
「噂通り礼儀を知らぬらしいな。まあ、下賤な蛮人に礼を解いても詮無きことよ」
そういって目配せすると。御者の人が紐で巻かれた巻紙を地面に放った。
「拾え」
「なんだ、これ?」
「100000エキュトの証文だ。後日我が屋敷に来い。払ってやろう」
「は?」
「その奴隷の対価だ。ここまで追ってきたことに免じて払ってやる。
その二人を置いていけ。そうすれば今までのすべてを忘れてやろう」
地面に転がった巻紙を眺める。茶色がかった紙を黒い紐で止めて赤い蝋封で留めてある。
ただ、なんというか。ここまでやっておいて僕らが金を貰えば喜んで帰るとでも思っているんだろうか。
「あのさ……こんな無茶やって、僕らが黙って言うこと聞くと思うのか?」
「無茶だと?」
ラクシャスが訝し気な顔をする。
「何を言っている。お互いが対等な立場ならそうも言うであろうがな。
貴様らと我々は対等ではない」
「はあ?」
「思い上がるな、下民。貴様らは気高き者の前に唯々諾々と首を垂れていればいいのだ。
それを、金まで払ってやるのといっているのだ。どれだけ破格の待遇かわからんのか?ありがたく賜るのが当然だろう」
これまた、当然だ、といわんばかりの言い草だ。太陽は東から昇るるのは当たり前のことだ、とか言っているくらいに確信に満ち触れていた。
しかも、偉そうに言っておきながら買値に足りてないあたりが又なんとも言えない。
都笠さんがぽかんとした顔でラクシャスを見ている。
「いやー、凄いわね……あたしのところの先任上級曹長とかも裸足で逃げるわ……」
都笠さんが小声でつぶやく。
なんというか、想像の斜め上を行く、びっくりするほどの高慢な言い草だけど。生まれた時から特権階級にいればこうなっちゃうのかもしれない。
ダナエ姫とかゼーヴェン君も貴族社会ではトップクラスのはずだけど、あんまりそんな嫌な感じの高慢さは感じなかったけど。あの二人は多分例外なんだろう。
年が若いとか、そういうのもあるのかもしれないけど。
「さあ、拾え。安心しろ。門衛には話をつけてやる。無事に家に戻れるぞ」
ラクシャスがステッキで巻紙を指した。
◆
ハンマーの方を見て、石畳の上に寝かせたユーカを見る。
僕と都笠さんとセリエだけなら強引に車に乗って逃げることもできるかもしれないけど。ユーカを抱え上げて、となるとちょっと厳しい。
とりあえず時間を稼ぎたい。旧市街に衛視がいないとは思えない。引き延ばしているうちに衛視が来てくれればまた状況は変わる。
「……ひとつ聞いていいか?」
「探索者風情が貴族を質すとは、まったく立場を弁え……」
苛立たし気なラクシャスの言葉をとりあえず遮って話を続ける。
「なんでここまでする?」
ここまでやるのは明らかに異常だと思う。
いかに貴族とはいっても、新市街から人の奴隷をかっさらって行こうとするなんて。しかも結果論とは言え、旧市街でこんな騒ぎになっている。
もう一つ分からないのはタイミングだ。
パレアでサンヴェルナールの夕焼け亭をミュージックバーに変えてから結構時間が経つ。有名になったのは昨日今日の話じゃない。
なぜ今なんだ。
僕の質問にラクシャスが少しうつむいて黙り込んだ。わずかな間の後に顔を上げる。
その表情がさっきと一変していた。
「………なぜ、だと?貴様」
取り澄ました老紳士って感じの表情は消えて、ギラギラした異様な雰囲気をたたえた目が僕らを睨む。
「下賤な探索者が……この私を侮っているのか!」
さっきまでの、静かだけど見下すような口調から一変して、語気が強まった。ステッキで地面を叩いて、甲高い音が響く。
「貴様らの下らぬたくらみを知らぬと思うか、侮るな!!」
「は?」
「既に我が知る所よ。竜殺しの手柄を盾にサヴォア家の復興をもくろんでいることはな。
この私を謀ろうなど、そうはいかん」
「いや、ちょっと待って」
目論んでいる、というのは色々違うというか、別に僕等がそうしたいと望んだわけじゃないんだけど。
僕の言葉を無視してラクシャスが続ける。
「本来なら我が息子を殺した無能な当主諸共一族根絶やしにしても良かったのだ。全員辺境の農奴に送ってやってもな。
……だが寛大な私は生きることを許した」
興奮で声が上ずっていく。時々ひきっつ多様な笑い声が漏れた。
「おとなしく市井を這いつくばっているのなら寛大な私も許したが……サヴォア家の名誉回復だと?
しかも竜殺しを従えて貴族の地位に戻るだと?そんなことが許されると思うか?」
「いや、だからね……」
それはまだ確定した話でも何でもないんだけど。
「貴族への返り咲きなど!絶対に許さん!」
聞いちゃいない。
ていうか僕等の知らないところで、どういう伝言ゲームが展開されているんだ。迷惑過ぎる。
「親子そろって娼婦にでも落ちぶれているのが相応しいというのに……貴族だと」
顔を伏せてぶつぶつ言ってるけど。目つきがなんか逝っちゃってるというか、狂気を感じる。
見た目だけなら老紳士然としてる分、余計異様な感じだ。
「……その女は、くっくっ」
しゃべりつかれたのか、ラクシャスが大きく息をついて、路地に一度静寂が戻った。
薄気味悪い笑い声を漏らすと、眠っているユーカを一瞥する
「嬲り者にしてやる……ひひっ、感動の再会をさせてやる」
そのあとにラクシャスが言った一言は、あまりに衝撃的だった。
「母親の前でな……咎人の娘に相応しい」
僕の後ろでセリエが息をのんだのが分かった。
3連投、2投目。続きは明日か明後日に。