新宿で自衛官とエルフの女子会トークに巻き込まれる。
新宿まではいずれ馬車を走らせる計画もあるらしいけど、まだ今は歩きだ。山手線の線路を30分ほど歩いて新宿についた。
山手線の階段を上がって南口に出る。
今は南口改札と新南口改札のビルの間に渋谷のような天幕が張られてそこが食堂のようになっていた。この辺は渋谷のスクランブル交差点のようだ。
その中心で人混みが出来ていた。
「どういうことだか説明してよ。あんたたちはいったい誰?日本人はどこへ行ったのよ?」
「まあまあお待ちなさい、お嬢ちゃん。もうじきあなたの知ってる人が来るわ、多分ね」
どうやらその誰かさんは女性らしい。若い声だ。もう一つは聞き覚えがある声だった。
「お嬢ちゃんって、アンタね。失礼でしょ。
あたしは24よ。確かにあんたよりは年下かもしれないけど、お嬢ちゃんって言われる年じゃないわ」
「あたしから見ればお嬢ちゃんよ……あらスミト、しばらく」
輪の中にいたのはやっぱりオルミナさんだった。相変わらず美人だけど、あまり会いたくない顔でもある。
「そんな嫌な顔しないでほしいわぁ。お姉さん傷つくわよ」
オルミナさんがちょっと悲しげな顔をするが……しらじらしい。傷つくようなタマじゃないだろうに、まったく。
もう一人は黒髪のベリーショートの……女の人だった。顔は薄汚れていて髪はバサバサ。声でなんとか女だとわかった。身長は僕より少し低いくらいだろうか。
迷彩服を着ているのが何とも目を引く。
「あんたは?」
「僕は風戸澄人、お茶の水のサラリーマンです、というかでした。25歳、出身は神奈川。あなたは?」
僕の言葉を聞いて疲れた感じのその人の顔がパッと明るくなる
「あんたは日本人?」
「ええ、見てのとおり」
「ここはどこなの?いったいなんなのよ、これ」
「新宿ですよ、ちょっといろいろあったみたいですけど」
「いろいろってのはいったいなんなのよ?」
そう言われると。なぜこうなったのかと言われると、僕もよくわかってない。なんとなく順応してしまったけど。
「……僕にもよくわからないことがあるんですけど。その前に食事でもしましょう。そういえば名前は?」
「ああ、ごめんね。あたしは都笠鈴。
陸上自衛隊の自衛官。階級は陸曹。24歳、東京出身」
自衛官か。なるほど迷彩服を着ているのはそういうことか
「ところで、食事の前にシャワーでいいから浴びさせてくれない?」
「シャワーは……たぶんないですね。水浴び位ならなんとか」
この辺は完全なオフィス街だし。もしホテルとかあれば管理者でお湯をだすこともできるかもしれんけど。
「それで十分よ。ありがと」
「じゃあ、すみません、お願いできますか?」
酒場の店員さんに頼むと、水浴びをするための仕切りに案内してもらえた。
◆
「ありがとね。あんたここの人たちに顔が利くんだね。すごいじゃん」
水浴びでさっぱりしたらしい。こうしてみるときりっと引き締まった感じの美人さんだ。ベリーショートの黒髪と切れ長の目が何とも凛々しい男前なかんじ。
今は汚れた迷彩服を脱いでタイトなTシャツに着替えている。あまり胸はないな、などというと怒られそうだ。
「まあ、色々とあったんで」
「そっか。あんたも苦労したんだね」
「ところで、どういう事情で此処に来たんです?」
ちなみにテーブルにはなぜかオルミナさんもいる。セリエはいつも通りすました顔だけど、ユーカは興味津々という顔で都笠さんをみている。
ウェイトレスさんが食事を運んできてくれた。
「あ、食べながらでいいかな?」
「どうぞ」
「忘れもしない1週間前の話なんだけどさ。
あたし、同僚と奥多摩のほうで訓練をしてたんだ。詳しいことは話せないんだけど。ごめんね」
ホットドッグのような、パンにソーセージをはさんだものにかぶりつきながら言う。
こんな状況で機密だのいっても意味なさそうだけど。生真面目な人だ。
「あ、これ、美味しいね。久しぶりにまともなもの食べたよ」
「そうですか……」
「でさ、夕方になったころの話なんだけどさ、突然前を歩く同僚についていけなくなったんだ、
歩いても歩いても前に進まなくて、同僚だけが先に進んでいって。いったい何が起きたのかわからなかったよ。
で、同僚の姿が完全に消えて取り残されたんだ。
GPSも通信機器も効かなくなっちゃうし、同僚も呼んでも返事がないしさ。
仕方ないから一度山を下りたんだ」
僕の時とはずいぶん状況が違うけど。それよりも、奥多摩からここまで来たのか?
「……ちょっと待って、じゃあそのあとは?魔獣に襲われませんでしたか」
「魔獣って、あのゲームに出てきそうなモンスターみたいなの?
ああ襲われたわ。何度も死にかけたわよ」
1週間かけて、奥多摩からここまで移動して来たの。どうやってここまでこれたんだろう。自衛官がいくら強くても素手で魔獣を倒すのは無理だろうし、銃があっても厳しいと思うけど。
「銃でも持ってたんですか?」
「それがね、変な子供にあったのよ。山を下りた時に。
で、その時に変な紙を渡されてさ。お姉ちゃんには兵器工廠があうと思うから、それをあげるからね、っていって消えたんだよね」
その子供は僕が新宿で会った彼なんだろうか。そして、兵器工廠ってのは僕の管理者みたいなスキルっぽい。
「なんです?その兵器工廠って」
「うーん。それは、見てもらったほうが早いね……解放!」
都笠さんが手の平を合わせ、そして、その手を離す。そこにはまるで手品のように銃が握られていた。映画とかで見るようなハンドガンのようなものだ。
「……本物ですか?」
「ええ、もちろん。他にもあるわよ」
もう一度手を合わせると、ハンドガンが消えて代わりにゲームでみたことがあるようなライフルのようなものが現れる。なんだこれは一体。スロット武器とは違うんだろうか。
「で、まあこの武装のお陰で何とか戦えたわけ。サバイバルの訓練もしてた甲斐があったわよ」
「あらまあ珍しい。兵器工廠なんて見たのは40年ぶりくらいだわ」
オルミナさんが声を上げる。
「知ってるんですか?」
「ええ。兵器工廠は武器を収納する、いわゆる魔法の箱の派生スキルよ。
武器しか収納できないけど、かわりに武器を入れた時の状態に戻すことができるんだったと思うわ」
「聞くだけならすごいスキルっぽいですけど……」
元に戻すってことは武器が直るってことか。となれば鍛冶屋もいらないし、輸送部隊もいらなくなる。
「へえ、そういうことなんだ。だからこの中に戻してしばらくしたら再装填が済んでるんだね」
感心したように都笠さんが言う。知らなかったのかい。
しかしオルミナさんが40年ぶりに見るってことはあまり使われないスキルなんだろうか。
「まあ、強い使い手は、一師団の武器を一人で運んだそうだけどね。
ただ、スミト、あなたならわかるでしょ。探索者は自分の武器を発現させられるから武器を預かってもらう必要がない。
軍隊は工兵部隊や補給部隊がそもそも存在しているからそこまで必要性がない。
隊商の護衛の武器を管理するくらいなら使えるでしょうけど」
「そうですか?でもすごく便利そうに聞こえるんですけどね」
「便利ではあるかもしれないけどね。
あなたの管理者と同じよ。使いどころが限られるの。貴重なスロットの枠をそういう能力に使うやつはいないってこと」
「ところでさ、40年前って、あんたいくつなのよ?」
3つ目のホットドッグを食べながら都笠さんが口を開く。
「レディに年を聞くのがあなたの世界の流儀かしら?」
「たぶん100歳は超えてます。エルフですし」
正確な年は知らないけど、まあそのくらいは生きていそうだ。
「なんだ、あたしがお嬢さんならアンタはババアじゃない」
「なかなか口が悪いわね」
そこはかとなく火花が散っているように見えてちょっと怖い。
「しかし、エルフか……まさか本物を見るなんてね」
都笠さんが信じられないという感じで首を振る。
「ところで、そういえば、その子は?その耳もコスプレじゃないのよね?」
「ああ……この二人はですね」
「セリエと申します。ご主人様に奴隷としてお仕えしております」
「ユーカです。よろしくお願いします!」
二人がぺこりと頭を下げる。
「え?奴隷? この二人はあんたの奴隷なの」
都笠さんが驚いた顔をする。そりゃ奴隷を連れてます、なんて現代の日本人が聞いたらそういう反応になるか。
「一応そういうことになってます」
「奴隷っていうことは……風戸君、この子達と……
……いや、そのセリエって子はいいと思うけどさ、そのちっちゃい子はダメでしょ」
なんかあらぬ誤解をされてる気が。というか、目線がどう見てもロリコン犯罪者を見る目になってる。
「いや、スズっていったかしら?こっちじゃ当たり前のことよ。
それにスミトも若い男なんだし。そこは大目に見てあげなさい」
「でも、ユーカちゃんだっけ。その子とかはさすがにまずいでしょ」
「ガルフブルグじゃ別におかしくないわよ」
真面目な顔の都笠さんと面白げな口調のオルミナさん。僕が口をはさむより早く既成事実が作られようとしている。止めなくては。
「ちょっとまった」
「お二人とも、お待ちください。誤解です」
セリエが口をはさんでくれる。
「え、そうなの?」
「はい。ご主人様はいつも紳士です。
私は夜もお休みになるまでお仕えしていますが、一度もそのようなことは……」
セリエの言葉を聞いた2人がこっちを向き直った。
「一度もですって?夜もずっと一緒に居るのに?」
「……一度もなの、風戸君」
一転変わって咎めるような目で二人が僕を見る。
「それは余りにセリエが可愛そうじゃないかしら?」
「さすがにそれはどうかと思うわよ。風戸君、女心わかってる?」
「どっちなんだ、この野郎」
やましいことはしてないのに、してなかったらそれはそれで非難されるとかどうしろってんだ。
たまりかねて言い返したら二人が噴き出した。
「あっはっは、ごめんごめん。あんた真面目そうだし、そういうタイプに見えないよね」
「やっぱりあなたは面白いわね、スミト」
この二人、気が合うようだけど、なんだか嫌なペアが出来てしまった気がする。
◆
「で、スピーカーを取りに来たわけだ。いいじゃん」
「そうです。貴方のことはついでですから」
食事も終わってお茶を飲みながら状況を説明する。
「ね、あたしもそのガルフブルグってところに連れてってよ。
機械いじりとかは得意だしさ、スピーカーの設置とかも手伝えるよ」
正直言って、それは一人でもできそうなんだよな。
「簡単に言いますけど、結構面倒なんですよ」
ガルフブルグに行くなら少なくとも通行証は必要になるはずだ。
「見知らぬ場所にあたし一人放り出すつもり?同じ日本人として、それは冷たいんじゃないかな」
それを言われると確かに知らんふりは気が引ける。
まあ仕方ないか。僕もアーロンさん達とたまたま会えたからよかったけど、一人ぼっちだったらどうなっていたか分からない。
「まあいいですよ。でも協力はしてもらいますからね」
「そうこなくっちゃね。ありがと。助かるわ」
まあ一応ギルドには貸しがあるしなんとかなるだろう。
◆
新宿には大規模な電気屋が駅近くにあるので、スピーカーのセットとオーディオを調達するのは簡単だった。せっかくなので持ち運べるなかで一番いいものを頂戴した。ついでにレコード屋でCDをいろんなジャンルからピックアップする。
荷物が大きくなってしまったけど、原宿まではオルミナさんが鍵の支配者で門をつなげてくれた。
オルミナさん曰く、スミトだから特別サービス、らしい。なんていうか色々と含むものがありそうで恐ろしいけど、荷物が重くなったから助かった。
原宿から渋谷までは大した距離がないのであとはゆっくり歩いて渋谷に戻った。
誰も居なくなって、代わりにゲームの中から飛び出してきたような探索者が行きかう渋谷。スクランブル交差点には天幕が張られて食堂になっていて、今日もたくさんの探索者がそれぞれ思い思いに食事をしたりおしゃべりしたりしている。
僕にとってはもういい加減見慣れた風景だけど、都笠さんにとってはかなりの衝撃のはずだ。でも、案外落ち着いていて興味深そうに周りを観察してる。
「結構落ち着いてますね」
「そりゃあ一週間、モンスターと撃ち合いしてたからね。それに比べればもうなんでも来なさいって感じよ」
ちょっとおどけたような口調で言ってから、真面目な顔に戻った。
「ホントのところを言うと……正直色々信じられないことばっかりだよ。
このあとどうなっちゃうんだろ、とか不安だけどさ」
「ですよね……」
それについては僕も考えるときがある。
「……ただ、どんな大変な状況や理解を超えるようなことがあってもパニックになるな。事実は事実として受け止めろ、そしてそれに応じて行動をしろって散々仕込まれたからね」
軍人は現実主義者じゃないと務まらない、と聞いたことがある。非現実的な状況でも事実は事実として受け止めてるってことかな。
自衛官もそういう心構えをしてるってことなのか、それとも単にこの人が順応性が高いだけなのか。いずれにしてもタフな人だと感心した。
「明日は、探索者ギルドに登録して、ガルフブルグへの通行証を貰いましょう」
「頼りにしてるよ、先輩」
都笠さんが肩を組んでくる。セリエの目がちょっとこわかったので慌てて離れた。
ホントはもうすこし話をすすめて一話にまとめるはずだったんですが、長くなったので切り離しました。
次は近日中に上げれると思います、多分。




