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異世界への記念すべき第一歩。

3章、開始します。引き続きお付き合いいただけると幸い。

 ガルフブルグに行くには通行証が必要になる、ということはアーロンさんから聞いていた。まあ海外に行くにもパスポートが必要だし、遠くに行くには手続きが必要ってことだろう。

 通行証は普段はギルドが発行してくれるものらしいけど、今回はたまたまギルドに居たジェレミー公が発行してくれた、というか一筆書いてくれた。


「これを持っていきたまえ。私の名は役に立つはずだ」

「……ありがとうございます」


 あんまり借りは作りたくないところではあるんだけど。


「パレアの行くのだろう?

せっかくだ。オルドネス公をおたずねしたまえ。今はパレアにおられるはずだ。その通行証を見せれば会えるはずだ」


 相変わらず年に似合わぬパワフルぶりで肩を叩かれる。

 

 パレアはたしかガルフブルグの首都だっけ。多分まずはそこに行くことになるんだろう。

 正直言って、便宜を図ってもらってそういうふうに言われるとなんか行っておかなきゃいけないかって気分になる。

 オルドネス公に会うと色々ややこしくなりそう、というか準騎士就任ルートに乗せられそうなので、当分は勘弁してほしい。でも、この場でノーと言える空気ではなかったので通行証は頂いた。

 この件はとりあえず適当にごまかそう。お偉方だから暇ってこともないだろうし、きっと忙しくて会えないってことになる……と思いたい。


 向こうに持って行くような荷物は特にない。

 当面の生活費として1カ月ほど暮らせる程度の割符や崩してもらった銀貨銅貨、ちょっとした着替え。それとデジカメ。セリエ達も自分たちの着替えとかそのくらいのもので、小さなトランク程度の小荷物だ。

 あと、とりあえずガルフブルで売れるかはわからないけど、メガネを近視、遠視、乱視、老眼用とりあわせて20個くらい持ってきた。さてどうなるか。




 ガルフブルグへのゲートは渋谷のスクランブル交差点のちょうど真ん中にある。

 今は新宿界隈から運ばれてくる物資を通すのがメインなので、人の移動は昼時の一時間ほどしかできなくなっているらしい。

 ただ、いまは探索者にとっては稼ぎ時だからこっちからガルフブルグへ行こうっていう人はあまりいないようだ。その時間はゲートの周りは閑散としていて、何人かが周辺のテーブルに座って食事をしていた。

 書記官に通行証を渡す。


「おや、スミトさん、ガルフブルグへ行かれるので?」

「ええ。たまには」


「たまには、ですか?初めてなのでは?」

「いえ、たまには、です。久しぶりに帰るんで嬉しいですよ」


 書記官が含み笑いをして通行証に印を押して返してくれた。


「……まあ結構です。

パレアにいかれるのでしょう?向こうもなかなかいいところですよ。楽しんできてください」


 促されて石造りの門の前に立った。この向こうは異世界か。

 門には黒い闇がわだかまっていて、時々波打つように揺れている。異世界への楽しい一歩目、というよりお化け屋敷の入り口のようだ。さて。じゃあ度胸を決めていくか。目を閉じて暗闇に足を踏みだした。




 海外旅行には二度行ったことがある。1回目は家族でタイに、もう一回は卒業旅行でオーストリアに。外国の空気ってのは、同じ空気のはずなのに違って感じたのを覚えている。いつもと違う匂いと、いつもと違う温度が日本じゃないことを肌で教えてくれた。


 門をくぐった時もそんな感じだった。やわらかい膜をくぐるような感覚があって、ちょっとかび臭いにおいがした。周りは薄暗い。初の異世界旅行だっていうのにあんまりロマンチックじゃないな。

 どうも建物の中らしい。天窓から光が差し込んできていて、いくつもの燭台にコアクリスタルの明かりが光っている。


 後ろを振り向くと今くぐったばかりの門がある。門の周りを腰の高さくらいの柵が丸く囲んでいた。

 正面には渋谷と同じように机に座った書記官がいて、周りには4人の兵士が控えていた。


「……通行証を」


 言われるままにジェレミー公からもらった通行証を見せる。書記官が驚いた顔をする


「君、いったい何者だね?

ジェレミー公の通行証なんてそうもらえるものではないぞ。しかも特別の配慮をするように、と書いてあるが……」

「なんでですかね?ちょっと塔の廃墟でいい仕事ができたからでしょうか」


 とりあえずとぼけておく。

 オルミナさんやガルダの話からするとどうも僕のことはある程度知られてるらしい。顔や名前はばれてないと思うけど、今のところは目立ちたくない。

 しかし特別な配慮とはいらないことを……書記官がじろじろと僕を見る。


「なるほど、それで。後ろの二人は?」

「えっと……僕の……連れです」


 なんといえばいいんだろう。いまだに奴隷っていうのは抵抗がある。


「奴隷ですか?名前は?逃亡奴隷じゃないでしょうね?」


 聞かれるとセリエが口ごもった。

 セリエはいいけどユーカのほうは名乗るのはまずいのかもしれない。というか、奴隷を連れていくのはなんかの制約があるのか。


「申し訳ないけど、詮索しないでもらえないですか?

怪しいものじゃありません。僕が保証します」


 通行証を指さしながらちょっと強い口調で言う。ここはせっかくだからジェレミー公を利用させてもらおう。

 書記官が僕の顔、セリエの顔、ユーカの顔を見て、最後に通行証を見た。


「まあいいでしょう。お通りください」


 一瞬の沈黙の後に、書記官が立ち上がって頭を下げる。思わずため息が出る。結果的にはジェレミー公に助けられた形だ。コネは大事。

 アーロンさんたちはもう何度もくぐっているのか、通行証を渡して一言二言言葉を交わすと通り過ぎていく。


 見回すと、ここは小さめの教会のようだ。

 見上げるとアーチ状の高い天井に天窓のステンドグラスから光が差し込んできている。周りには古ぼけたベンチが並んでいる。

 祭壇と思しきところには炎のような紋章とドラゴンのような鱗の鎧を着た剣士の像が祭られている。炎の神様ってところかな。


「ここはガルフブルグの王都パレアから少し離れた村にある教会だ。

なんでここに門が開いたのかわからんがな」


 さすがに王都のど真ん中に門があいたわけではないらしい。アーロンさんが慣れた足取りでドアの方に歩いていく。


「さて、じゃあスミト。ガルフブルグヘようこそ」


 重たげな木のドアを開けてくれる。太陽の光が差し込んできた。海外旅行ならぬ異世界旅行の始まりか。



 のどかな村の中にある教会というイメージだったけどそれは間違いだった。

 教会を出てまず目にしたのは、周りにびっしりと立ち並ぶ小さなお店や屋台だった。観光地の周りに集まる露店商みたいだ。

 教会は外から見ると白い壁に黒い木の骨組みがかわいいレトロで優雅な建物だというのに。雰囲気台無し。


「最初は何もない村だったんだかがな。いつの間にか探索者の拠点のようになってしまったわけだ」


 屋台とかを取り囲むように倉庫らしき建物やテントが張られ、ひっきりなしに人やモノが出入りしている。倉庫の周りには入りきらない段ボール箱が山のように積み上げられていた。改めてみるとスゴイ量だ。これ全部東京から運んで来たのか。


 テントには東京から運ばれたんだろうな、という感じの、カラフルなものもあった。アウトドアグッズは早速ガルフブルグで活用されているらしい。

 働いている人の服もファンタジー風というか飾り気のない服を着ている人と、ファストファッションのロゴ入りTシャツを着ている人がいてなかなかカオスだ。


「塔の廃墟では野営とかもしていたんだろうな」


 アーロンさんがテントを見ながらつぶやく。


「何でです?」

「いや、塔の廃墟の野営道具は実に工夫が凝らされているからな。感心するよ。

野営が多いからこそ、ああいう装備が生まれたんだろう?」

 

「いえ……違います。僕らの世界ではああいう道具はあくまで遊び道具です」


 最近はキャンプも流行りで随分装備も快適になっているのは知ってる。


「遊びだって?バカを言うな。誰が好き好んで不便な野営をしたがるんだ?」

「そうですよ、スミトさん。野営が楽しいなんてありえません。ベッドで寝れる方がいいのは当たり前じゃないですか」


 なんか、どこかのタイムスリップ映画で、未来では楽しむために走るんだって言ったら、バカな事言うなって笑われる場面があった気がするけど。なんか状況が似てる。

 そんなやり取りをしているうちに、一人の男がアーロンさんに声を掛けてきた。


「おや、アーロンさん、御帰りですか。後ろの方は?」

「ああ、向こうで知り合った探索者だよ」


「見慣れない兄さん。どうだい、今パレアで話題のカレーでも。

むこうじゃ食べられなかったろ?これはアーロンさんに免じてサービスにしとくよ」


 見上げると、のぼりのようなものがはためいている。そこにはカレーのパッケージっぽい絵とアルファベットでカレーと書かれていた。


 男がにこやかに笑いながら、茶色い見た目はカレーっぽいものが入った器を差し出してくる。異世界の屋台で異世界アレンジのカレーが出てくるのはちょっと想像を超えている。

 ただ、カレーに限らず、東京から持ってくるものはおそらくそれなりに値段も高くなるだろうから、こうやって現地で見よう見まねで作る人は出てくるのは当然かもしれない。


「試してみろよ、スミト」


 リチャードが笑いながら言う。


「じゃあ、せっかくなんで」


 皿を受け取って一口食べてみた。


「うっ……これは」


 ……辛い。というか塩辛い。

 カレーを真似て辛くしたいんだろうけど……ちょっと辛めのハーブは野菜はいいとして、塩がちょっと効きすぎている。この塩辛さは体に悪そうだ

 カレーとは似てもにつかないけど、辛みのある野菜やハーブは中々美味しい。味の調整をすれば、というか塩加減を押さえれば美味しくなると思う。まあそれはカレーじゃないけど。


「どうだい?あのレトルトっていう魔法の品ほどじゃないが悪くないだろ?」


 店主の男が肩を組んで聞いてくるが……

 レトルト食品は魔法の品扱いか。銀の袋に食事が封じ込められてる、って理解なのかな。

 ……これはカレーじゃない、とか、本当のカレーをお見せしますよ、などといいたくなったけどやめた。


「……もうちょっと辛くない方がいいかな」

「だがカレーってのは辛いもんだって聞いたぞ……というかアンタ食べたことあるのか?」


「スミト、馬車が出る。行くぞ」


 どう答えようか考えていたらアーロンさんが呼んでくれたのでそっちに行った。



 馬車は観光地とかで見かけるような10人がけくらいの大きめの馬車だった。バスのような座席が並んでいる。幌は天井に巻き上げられていた。

 馬は日本で見たことがあるのよりだいぶ骨太でごっつい。競馬でよく見るようなサラブレッドのような細さとは違う。一歩間違えば魔獣ですかってくらいのサイズだ。

 ちょっとおっかないが、これのほうが何か異世界意に来たって感じがしていい。


「さ、乗れよ」


「料金はいいんですか?」

「探索者ギルドが運営してる駅馬車だからな。ギルドに登録していれば必要ない」

「だけどよ、万が一魔獣に襲われたら俺たちが馬車を守るんだぜ」


 なるほど。いざというときには護衛する代わりに料金無料なわけか。しかし馬車に揺られて田舎の村から王都に向かうってのはいかにもファンタジーっぽくていい。


「出発します」


 御者の人が言って手綱を引き、馬車が動き出した。


 ……しかし・ロマンチックな馬車の旅、と思ったのはほんの数十分だった。固い座席で腰は痛いわ、サスなんてないから地面の凸凹を超えるたびに車体が揺れて振動が頭にまで響くわ。快適とは程遠い。乗り物酔いは余りしたことがない僕だけど、ひとたまりもなかった。


「お前さんのところの車ってやつとは全然違うだろ?」


 苦笑いしながらアーロンさんが言った。確かに全然違う。文明の利器ってのはほんとうに素晴らしい。いかに自分の生活が快適だったか思い知らされた。

 これはなかなか先が思いやられる。



 きしむ馬車に揺られること2時間ほど。道路が踏み固められた土から石畳に変わって少し揺れが減った。

 道幅も広くなり、周りにも徒歩の旅人や隊商かなにかのような馬車の列が増え始める。道端にもちらほらと建物が増え始めた。


「もうここまで来たらすぐだな。じきパレア新市街だ」


 だるい体を乗り出して行く先をみると、確かに向こうの方にたくさんの家や尖塔が見えてきた。塔はおそらく封緘シールを置いているんだろう。


「城壁に囲まれてたりしないんですね」

「川を挟んだ旧市街は城壁に囲まれてるぞ。しかし城壁のことを良く知ってるな」


「僕らの世界でも戦争がある時代は町は城壁とかに囲まれてたんですよ」


 昔は、とかいうと失礼っぽいのでやめておいた。


「なるほどな。人間考えることはあまり変わらんな」


 馬車は車輪の音を立てながら進み、そのままパレア新市街に入って行った。3階建てくらいのクリーム色のレンガで作られた建物の間をの道を縫うように進んでいく。

 

 しばらくして巨大な長方形の広場に入った。

 真ん中には杖を掲げて、冠をかぶって立っている男性の像があった。その周りを県や槍や弓を本をもった4人の男性の像が囲んでいる。多分王様とガルフブルグ4大公の像なんだろう。一人はオルドネス公なのだろうか。


 広場にはそこかしこに屋台のようなものがあって、肉やパンを焼くにおいや、鉄を打つ音が聞こえてくる。

 人もたくさんいて何ともにぎやかだ。無秩序なように見えるが……地面の石畳が色分けされていて、馬車の走行レーンが分けられているらしい。

 こういっては何だけど、意外に工夫されている。このためか、馬車と人がぶつかるようなことは無かった。


 広場の隅の馬車が集まっている駅のようなところで、ようやく馬車が止まった。がたついた路面の馬車に揺られてすっかり酔ってしまった。立ち上がろうとしたけど、めまいがする。


「大丈夫かよ、スミト」

「そこらに探索者向けの宿がある。そこで部屋を取ってまずは休むか」


「ご主人様、どうぞ」


 セリエがさっと先に降りて手を貸してくれる。なんとも我ながら情けない構図だ

 柔らかい手を取って地面に降りる。堅い地面に立つとちょっと落ち着いた。


「ありがとう」

「いえ。当然です」


 と、その時。


「セリエ!お前、セリエか?」


 振り返ると、そこには50歳位のがっしりした体格で片腕のおっさんが立っていた。





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