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異世界にスポーツを布教しよう。

 これは2019年冬コミで発行したレジェンドノベルス第?巻の二冊目に掲載されたSSです。

 ちょっと更新停滞中なのでこちらで間をつないでいただけると。すまん。

「なあスミト」


 リチャードが声をかけてきたのは、今日の探索を終えて夕飯を食べていた時だった。


「どうかした?」

 

 返事をしつつ、ちょっと硬めのパンをスープに浸して一口齧る。パンは日本の物の方が美味しいな。


「お前の世界のことはわからないことだらけなんだが……スポーツってのはなんなんだ?」


 リチャードの質問は割と唐突なことが多いけど、今回も相変わらずそうだった。



「お前らの世界にスポーツってものがあるのはわかったけどよ。なんなのかがいまいちわからねぇ」

「ただ、これほどの道具を揃えるくらいだしな。相当重要なものだったってことはわかるぞ」


 アーロンさんが続ける。

 スポーツ。これの説明はなんとも難しい。


 というのは、僕にとってはスポーツは当たり前にあるものだったからだ。

 ルールを知らないと言う人はたくさんいるし、好きじゃないって人もたくさんいると思う。でも、スポーツ自体を知らないって人は多分ほとんどいないだろう。

 これをゼロから説明するのは何とも難しい


「スポーツは見世物です……要は勝ち負けを競い合うものなんですが。というかそういうのありませんか?」

「……強いて言うなら戦車戦か剣闘試合くらいだな」


 アーロンさんが考え込んでいう。どうやらあんまり観戦するという文化は無いらしい。


「スロット武器持ちの奴隷での剣闘とかないんですか?」


 これはあったら結構盛り上がるような気もするけど


「おいおいスミト。貴重なスロット持ちをそんなところに使う訳ないだろ」


 リチャードがあきれたような口調で言う。古代を舞台にした映画とか漫画とかで見るような奴隷剣闘の戦いとかは無いらしい。

 でも、まあ確かに。闘技場で切り合いとかさせる位なら、制約(コンストレイント)を掛けて隊商の護衛でもさせるほうが有意義ではある。

それに魔獣が出てくるような世界じゃ、そんなことしている余裕はないのか。


「スポーツっていうのは……要は一定のルールに合わせて競い合うことです」

「カネになると思うか?」


 リチャードが聞いてくる

 スポーツが定着すれば可能性はあるかもしれない。僕らの世界でもトップ選手は超絶高給取りだったし、サッカーとかは世界的な巨大産業の一つだ。ただ、そこまでなるには長い道のりがあるだろうけど。


「なるかもね……興味があるなら詳しく説明するけど」

「せっかくだからよろしく頼むぜ」



 なにから説明すべきか考えたけど、とりあえずまずは体験してもらおうということで。

 まずは野球を教えることにした。多分日本で一番知名度があるスポーツだし。

 新宿と原宿に封緘(シール)が敷かれたのにともなって代々木の神宮球場がほぼ安全になったのでそこに行くことにした。


「広いな……これが野球場ってやつなのか?」


 アーロンさんたちが周りを眺めながら言う。

 僕もスタンドをフィールドから眺めるのは初めての経験だ。神宮は現代のプロ野球からすると狭い球場に区分されてしまうけど、中に入ってみると広々としていて開放感がある。


「じゃあ、そこのバッターボックス……じゃなくて、白い線の中に立ってください。バットを持って」


 アーロンさんが言われたとおりに右打席にバットを構えて立つけど。剣を前の手に構えて立つって感じでバッターのフォームじゃない。


「そうじゃなくて、こうです」


 構えとスイングの見本を示す。


「なるほど、ヘビーメイスを振り回す感じだな」


 アーロンさんが物騒な例えをしてくれた。

 何度かスイングをすると結構様になってくる。流石に鍛えた戦士って感じで、振り回す動きは力強い。


「こんな感じか?」

「ええ、それでいいです。じゃあ、僕がボールを投げますから、それをバットで打ってください」



 ……10分後。


「これの何が面白いのかわからんぞ」


 アーロンさんが疲れた口調で言った。僕も疲れた、というかすっかり汗まみれになっている。


 とりあえず投手の真似事をしてみたものの、そもそもボールがストライクゾーンに入らない。 

 100球ほど投げては見たけど、ストライクゾーン、というかマトモにバットに当たる範囲にいったのはたったの20球ほど。

 テレビの始球式でボールが変な方向に飛んでいく場面はわざとやってるのかと思っていたけど、見た目ほど簡単じゃない。プロってのはやっぱりすごいな。

 

 そして、たまに入っても、アーロンさんが空振りをする。

 バットに当たる範囲に行ったうち当たったのは10球。前に飛んだのが2球だった。


 しばらくは面白そうに見ていたリチャードも、今は暇そうに人工芝に寝そべっている。

 ユーカとセリエとレインさんは外野の方を散歩していた。現状ではあそこまでボールが飛ぶとは思えないから別に危なくもないか。


 あと10球ほど投げて野球の布教をするのは正直言って難しそう、という結論に至った。

 面白さをわかってもらう以前に、そもそもストライクゾーンにボールを投げられないとゲームが始まらない。

 それに、仮にまともに投げられたとしても、走塁の駆け引きとか試合の面白さはみんながルールを理解していてこそだ。楽しいゲームとして成立させるためのハードルが無茶苦茶高い。

 確か明治時代に野球が普及したはずだけど、どうやって面白さを伝えたのかわからない。


 プロ野球チームがまるごと2つ転移してきて、試合とかやってくれたら面白さが伝わるかもしれないけど。

 それはいくらなんでもなさそうだ。ということで野球の布教は諦めることにした



 アーロンさんたちにスポーツをすすめるとしたらなにがいいのか。スポーツ用品店から持ってきたボールを見つつ考えてみる。

 サッカーは、足でボールを扱うのが難しい、ということでいまいち受けが良くなかった。

 テニスや卓球もラケットの操作がしっくりこなかったようだ。というより、ラケット関連は武器の操作に変な癖がつきそうなのがダメらしい。 


 結局色々と試してもらったけど……最終的に一番受けが良かったのは、バスケットだった。

 ラケットとかの道具を使わず、ルールが複雑すぎず、点が入る条件がわかりやすい。そしてある程度人数が少なくてもゲームが成立するのが良かったらしい。


 バスケットは僕もあまりやったことはなかったけど、さすがに体育の授業でドリブルとか基礎的なシュートくらいはしたことがある。

 スクランブル交差点の近くに屋外コートがあったから、基本的なルールの解説やドリブルとかの動作の手本を見せて、あとは任せた。

 ちなみにジャンプシュートは全然入らなかった。


「なるほどな。スミト、この靴は確かにこれをやると違いがよく分かるな」


 バスケットシューズを履いたアーロンさんがジャンプしたりしながら言う。普段のクッションなんて全くない革のブーツでバスケをしたらすぐに膝を壊してしまうだろう。

 それに、ランニングとかやると身にしみて実感するんだけど、靴の良し悪しってのはかなり重要だ。

 しかし、戦士然とした風貌のアーロンさんがジャージを着てカラフルなバッシュを履いて飛び跳ねているのは違和感あるな。


「ところでスミト……こういうのはありなのか?」


 アーロンさんが一回ドリブルして高々と飛んだ。そのままボールをリングに叩きつけるように入れる……これはダンクシュートだ。


「ああ……ありです」


「なんだ、ならこれが一番いいんじゃないか。お前がやってたみたいに遠くから投げるより余程簡単だろう?」

「チームでやるとそんな単純なもんじゃないんですよ」


 国民的なバスケ漫画の主人公もダンクしかできないときに完全に封じられる場面があったな、確か。

 この辺の、ディフェンスを躱してゴール下に入るとか、パスでの連携とかしばらくは理解されなそうだ。

 しかし上背があるとはいえど、簡単に届いてしまうあたり基礎的な運動神経の違いを感じてしまうな。



 アーロンさんがブロッカーを蹴散らしてダンクを叩き込んだ。

 ゴールが揺れて、コートの周りの観客席からひときわ大きい歓声があがる。


「いいぞ!アーロン!」

「そのまま行っちまえ!」


「現在は!8対4!」


 渋谷の路地裏にあるコート。周りには急ごしらえの客席に30人ほどの観客がいる。

 探索者が多いけど、酒場の店員さんやギルドの職員も混ざっているようだ。二つ隣の席ではレインさんがハラハラした顔で試合を見守っている。

 そして、30人分の声援に負けじと審判役の点数を告げる声が響いた。


 バスケットは意外なほど受けて、すぐに探索者の間に広まった。

 ただ少しルールがアレンジされていて、3対3のストリートバスケのようなルールになっている。あと、20点先制か両チームで31点に達したら終わりというルールだから試合が短い。

 

 テレビで見るバスケットと違ってトラベリングは割りとアバウトだから、それは走りすぎじゃないかと思う場面はある。

 あと、接触プレイのファールの概念がかなり薄いからなんというかフィジカルが強いと有利な、かなり荒々しい感じだ。

 ただ、あくまで仲間の探索者が楽しむものだから、あんまり激しい接触で怪我をさせないようにそれぞれ気をつけてはいるようだけど。

 あと、怪我が回復魔法で治せてしまうから多少ラフでも構わないってことらしい。多少痛い目に合わせてもお互い様だから恨みっこなしなんだろう。


「さあさあ!もうすぐ締切だぜ!どっちにかける?」


 リチャードが紙を片手に煽っている。

 妙に盛り上がっている理由の一つは賭けになっているというのがあるらしい。

 賭けは細やかなもので、酒一杯とかそんな程度だ。これについてはトラブル回避のためにジェレミー公が大きな額を賭けないように禁止令を出した。

 ただ、探索者は総じて負けず嫌いな人が多いようで、賭けの金額は小さいけど結構皆マジだ。


 それに、ここの探索者は基本的には探索に出ないときは暇を持て余している。

 東京ではあるけど、いまは買い物ができるわけでもないし、ゲーセンとかあるわけでもない。

 なので、休んでいるときは酒を飲んでいるくらいしかやることがないので、いい暇つぶしになっているらしい。


「ねえ、お兄ちゃんはやらないの?」


 横に座っているユーカが聞いてくるけど。


「いやー、やめとくわ」


 ただでさえ接触が多いルールになっている上に、いわゆるジャンプシュートの精度がみんな低いから、インサイドでの競り合いが多い。

 僕の体格じゃあっさり潰されてしまうだろう


 アーロンさんがインサイドを蹴散らしてダンクをまた入れた。

 アーロンさんは地味に位置取りが上手い。密集地帯の押し合いは大きめの魔獣と戦う時の位置取りに通じるものがある……らしい。


「いやースミト、いいものを教えてくれたな。こりゃガルフブルグでも流行るぞ。いや、俺が流行らせてやるぜ。賭けの胴元とかもいいかもな」


 リチャードが楽しげに笑いながら肩を組んでくる。まあ確かに流行らせてくれると僕としては面白いんだけど。

 しかし、リチャードはアーロンさんの話では確か貴族出身のはずだけど、どうしてこうがめついんだろう。


「っしゃあ!いいぜ旦那!今日の夜の酒は頂きだな、こりゃ」


 アーロンさんのブロックショットが決まってボールが地面で跳ねる。リチャードが歓声を上げた。

 ……まあいいか。

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