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塔の廃墟の不思議な男

今回はオルミナ視点。一つ前の話と併せてお読みいただきたいです

 長く生きれば色々と忘れてしまうこともある。でも自分の子が死んでしまったその瞬間は永遠に忘れはしないだろう。あたしがあと何年生きるか分からないけど。

 部族間のつまらない諍いで娘が死んでしまって、あたしはエルフの里を出た。もう100年以上前の話だ。



 エルフの里に居るときは、食べるものにも寝る場所にも困ることは無かった。でも、外の世界、人間の世界では何をするにもお金が必要で、それを自分で稼がなくてはいけない。

 

 人間よりエルフはスロットを持つものが多くて、あたしも例外じゃなかった。ただ、森の中で暮らしている分にはさほどスロット能力は必要にはならない。

 里には封緘シール使いがいて、常に封緘シールをはっている。だから森の中で魔獣に出くわすことはないし、人間が戦争や探索で使うような強力な攻撃魔法やスロット武装なんてものは必要にはならないのだ。弓と矢と短剣と少しの魔法があればそれで事足りた。

 

 あたしのスロット構成は少し変わっていて、普通のエルフなら魔法スロットが多いのに、あたしは特殊スロットと攻防スロットが多かった。特殊スロットでとれる能力のうちに鍵の支配者キーマスターがあったので、長老の勧めでそれを取ることにした。

 これはそれなりに便利な能力であるってことは長老から聞いて知っていたし、空間を操る能力であるからなのか、鍵の支配者キーマスターの使い手は封緘シールも使うことができる点も良かった。

 

 この選択は里を出たあとにいい方向に働いてくれた。

 封緘シールの使い手はどこに行っても必要とされた。だから、少なくとも、食べるものと住む場所には困らなかった。



 里を出てから大陸中を旅した。

 ただ、封緘シールを使えば生きていくことはできるけど、封緘シール使いは数が多くそこまで稼げる仕事じゃない。それに、ただただ封緘シールをはりながら生きていくのはあまりに退屈だった。

 しばらくして、なんの能力もセットしてなかった攻防スロットにも武装をセットして探索者をするようになった。


 探索者になって、何人もの人とともに戦った。

 封緘シールがつかえる魔法剣士、ということにして鍵の支配者キーマスターのことは教えないことも多かったけど。たまに、すべてを教えても構わないと思える人もいた。そういう人には、あたしの本当の能力を教えてともに戦った。


 でも、人間は本当に簡単に死んでしまう。短い寿命。そして、信念とやらに基づく死に急ぐような行動。

 たくさんの仲間が出来て、たくさんの仲間が死んでいった。生き残って探索者から足を洗った人もいる。彼らは今どうしているだろう。



 あちこちを渡り歩いて、ガルフブルグにたどり着いたのは10年ほど前。

 昔は探索者の仕事はいくらでもあったけど、100年もたつと大陸の遺跡はあらかた攻略されていて、探索者の仕事は減ってきていた。傭兵になるという選択もあったし、多くの探索者が傭兵になっていったけど、あたしはそのつもりはなかった。


 今更人を殺すのが嫌だ、なんてお綺麗なことを言うわけじゃないけど、ただなんとなく気が進まなかった。

 それに鍵の支配者キーマスターの能力は探索には便利だけど、大規模な戦争にはあまり向いていない。小さな村を渡り歩いて、封緘シールを張り続ける日々が続いた。


 状況が変わったのは塔の廃墟への門が開いたことだ。

 最初に門の向こうから持ち込まれたのは、美しい宝石や金銀細工、磨き上げられた鏡、インクにつけなくても書き続けられる奇妙な筆、驚くほど白い紙、信じられないほど滑らかな生地で作られた服、恐ろしく精密に描かれた風景画や人物の絵本、そんなものだった。

 ガルフブルグの王都パレアは沸き立った。


 それからさらに何月か流れて、次に持ち込まれたのは、銀の袋に入った奇妙な食べ物、髪や肌を綺麗にできる粘液のような薬、顔を彩るためのべになどの化粧品。

 特に奇妙な食べ物、なんでもレトルト食品というらしいけど、これは瞬く間に値段が上がって、とてもあたしたち探索者の口に入るものじゃなくなってしまった。


 塔の廃墟から不思議なものが持ち込まれるようになって、それらを好んで買うものも現れた。放浪願望者ワンダラー、と彼らは言われた。

 最初に言っておくけど、アタシは放浪願望者ワンダラーが嫌いだ。金に飽かせて塔の廃墟からもたらされたものを買って着飾り、見かけだけを変えて向こうで探索をした気分になる、貴族のバカ坊ちゃん。

 本当の探索ってものがどれほど残酷か、あの連中が知るわけはない。目の前でついさっきまで話していた仲間がいなくなるときもあるんだ。永遠に。


 そんなあたしでも、とある宝石店で見た指輪には目を奪われた。

 たまたま行ったオルドネス公が管理する市場、今は塔の廃墟からもたらされるものが売買されているその店で見かけた指輪。

 金と銀とプラチナの細いラインが絡み合うようなリング。波が跳ねるような装飾に青や緑の輝石が飾られている。それ以外にも目移りしそうなものばかりだった。


 少し迷ったけど、その一番最初に見たリングを買った。こういうのを身につけると放浪願望者ワンダラーの仲間のように見られそうで不本意だけど、魅力に勝てなかった。

 勿論安くはない買い物だったけど、あたしとしては価値がある。指輪はあつらえたように指にはまった。それも気に入った。


 エルフの女に大金が払えるのか、という目で見ていた店主も、割符をカウンターの上に並べると相好を崩して態度が変わった。


「大変お似合いですよ、お嬢さん」

「あら、お嬢さんなんて嬉しいわぁ。でも、あたし、あなたよりずっと年上よ」


 年のころは多分50歳くらいの店主が、しまった、という顔をする。


「これは、塔の廃墟のものなのよね?」

「ええ、そうです。しかも驚くなかれ、たった一人の探索者が取ってきたそうですよ。この部分全部」


 そういいながらカウンターの飾り棚を指さす。何十もの指輪や耳飾り、首飾り、これをたった一人でとってきたっていうのだろうか


「へぇ、それは凄いわね。名うての探索者なのかしら?」


 カウンターの上にかがみこんで体を預けるようにする、胸がよく見えるように。

 鼻の下が長くなる、というのをそのまま体現したような顔で、店主があたしの胸を見るのが分かった。


「名前までは分からないんです。無名の探索者だそうですよ」


 無名の探索者でも一夜にして英雄になることはある。そういう類の話だろうか。


「しかもですね、どうも貴族に身請けさせられる2人の奴隷を買い取るため、たった二日でやったんだそうですよ」

「へぇ……それはそれは」


「結果、その貴族様はその奴隷を買えず恥をかいたとか。

こういっちゃなんですが、痛快な話ですよね」

「そうね。面白い話だわ。ありがとう。じゃあまたね」


「またのお越しをお待ちしております」


 店主が店先まで出て丁寧に見送ってくれた。


 2人の奴隷の為に、わずか二日で。

 あれだけの宝石は相当の大金になったはずだ。余程その奴隷は強力なスロットを持っているのか、それとも余程その男の好みにあったのか。

 奴隷は持ち主にとっては資産だ。価値があるのならそれだけの対価を払うものもいる。それにしても……少し興味がわいてきた。



 ちょっとした伝手を辿ってあたしは塔の廃墟に来ることができた。

 最初は選ばれた探索者だけしかこれなかったらしいけど、探索が進むにつれてその辺は雑になってきていたから、難しいことじゃなかった。

 塔の廃墟でもう少し情報を集めると、その男はカザマスミトということが分かった。アーロンたちと仲良くしている、ってことらしい。

 あたしだってアーロンの噂は知っている。没落した騎士の家の出で、誇り高く礼節も確か。数々の戦争で手柄を立てた傭兵であり、探索者。オルドネス公の信頼も厚く、準騎士にもなれるらしいのに断っている、まあよくわからない男だ。


 スミトはどうやらギルドの依頼でシンジュクとやらにいって封緘シールを置くつもりらしい。

 あたしの経験上、戦いや追い詰められた瀬戸際が一番その人の本当の姿が見える。其れに同行することができれば彼のことがわかりそうだ。

 他にも封緘シールを使える魔法使いはいたけれど、ある者には金を掴ませ、あるものは一夜を共にしてお願いし、めでたくあたししか封緘シール使いはいない状況を作り、同行できることになった。

 準備はできた。お眼鏡にかなわない相手なら、あたしは鍵の支配者キーマスターの能力で一人で逃げることができるから問題は無い。


 ギルドで会ったカザマスミトは、若い男だった。ちょっと独特の顔立ちだ。東方の辺境に行ったときに見た顔立ちに似ている。

 なんというか、歴戦の探索者や傭兵にはある種の身にまとう雰囲気というか空気がある。しかしこの男からは何も感じられない。当てが外れただろうかと正直思った。

 後ろにはメイドのような白黒の衣装を着た犬の獣人と、12歳くらいの小さな少女。これが噂の二人の奴隷だろう。

 2人とも確かにまあ悪くない容姿だが、命がけで救うほどかといわれると疑問だ。ならば余程強力なスロット能力を持っているんだろうか。まあそれは明日以降にわかるだろう。



 思惑通りスミトと同行することになった夜、ガルダと名乗る貴族様がアタシのところにやってきた。黒みがかった肌と少し尖った耳、ダークエルフの血が入っている。ダークエルフの血が入った人間の貴族というのも珍しい。

 まあ色々とえらそうなことを言っていたけど、スミトにあの二人の件で恨みがあるから報復したいってことらしい。ついでにシンジュクに封緘シールを置いて手柄にしたい、ということを言っていた。


 確かにあたしの鍵の支配者キーマスターなら、彼らを危険をさほど冒すことなくスミトのもとに運ぶことができるけど。ただ、あたしの目的には関係ない。

 面倒だから断ろうかと思ったけど、騎士らしき男が斧を片手に脅してきた。切り倒してやろうかと思ったけど、2対1はさすがのあたしでも分が悪い。


「仕方ないわね。受けてもいいわ。でも前金くらい払ってくれるんでしょうね?」

「……ふん、下賤な探索者が。報酬を求めるなら相応に働いてから言うのだな」


 見下したような笑みを浮かべてそのガルダとやらがいって、一笑に付された

 ちょっとイラついたけど、これはこれでいいかもしれない。あたしは好きにしてやる。それに、こいつらを利用すればスミトの本当の姿が分かるかもしれない。



 翌朝、スミトの先導で奇妙な地下道を通り、魔獣とのちょっとした戦いをこなしながらシンジュクとやらまで辿り着いた。あたしに地下の場所がどこだか分からないけど、スミトにはわかっているようだ。


 そして、この短い間だけど、あたしには確信できた。

 この男は、この世界の住人だ。この塔の廃墟のことを知りすぎているのもそうだけど、奴隷への接し方もあまりに違いすぎるのだ。100年以上生きてきたけど、こんな風に考える人間はいなかった。

 本人は隠しているつもりらしいけど、全然隠せていない。それがなんかかわいい。

 


 打ち合わせ通り、スミトが最後の難敵であるアラクネを倒したところで門を開いた。

 ユーカを人質に取り、ガルダ達を呼ぶ。


 スミトがあたしを殺気に満ちた目でにらみつける。いい目だ。たまらない。ぽやっとしていた昨日とは別人だ。こんな目ができるなら見込みはある。

 建物の中で雨を降らせた理屈は分からないけど、何かを仕掛けてくるのは分かったから対処できた。門を開いて逃げる。槍の切っ先はあたしの喉を狙っていた。迷わず殺しに来るところもとてもいい。

 

一度、塔の5階に逃げて、そのままユーカの手を引いて階段を下りて4階におりる。


「……お姉ちゃん、嘘ついたの?仲間じゃなかったの?」


 ユーカが怯えた目であたしを見る。胸の奥に針を刺されたような気分になった。


「……大丈夫よ、ユーカ。あなたに危害は加えないわ。少しここに居ましょうね」


 レイピアを置いて手を広げる。ユーカがあたしの言葉をどう解釈したか分からないけど、少し安心したような顔をした。

 しばらくは身を潜めて、状況に応じて考えよう、と思っていたところで。 


「見つけたぞ、オルミナ」


 あの騎士だ。以外に早く見つけられた。なにかの能力をもっているのか。


「その小娘を渡してもらおう」

「いやよ。それにあたしたちは仲間でしょ?あたしが連れていても問題ないはずだわ」


「探索者風情が仲間とは笑わせるな。それにお前がそいつを連れてどこかに行かれては困るのだ」

「スミトに復讐して、ここに封緘をおくだけでしょ?」


「我が主はその娘もつれてくるように仰せなのだ」


 この時初めて、こいつらの目的がこのユーカでもあることが分かった。


「いいから黙って渡せ、馬鹿者め。こっちへ来い」

「やだっ、痛い!やめて」


 ユーカの長い髪を騎士が引っ張った。悲鳴が上がる。


「その手を離しなさい!」


 レイピアを抜いてからしまったと思った。が、もう遅い。

 子供に乱暴されると冷静でいられなくなる。自分の中にそんな感情があることを久しぶりに思い出した。


「魔法使い風情が私に剣を向けるのか?」

「いいから、その子から離れなさい」


「ふん。血迷ったらしい。

お前には封緘シールを敷いてもらわねばならんが……その前に少し身の程を教えてやろう」


 油断しきった感じで騎士が斧を振り上げる。柄の部分で殴りつけるつもりらしい。

 振り下ろされた斧をレイピアで捌いた。斧が床にめり込みバランスが崩れる。

 完全に隙をさらした騎士の手首を切り裂いた。手首を押さえて一歩下がった騎士の喉にレイピアの切っ先を突き立てる。

 封緘シール使い、というとひ弱な魔法使いと思い込む奴は多い。でもあたしのスロット構成はどちらかというと戦士寄りだ。そこらの剣士には負けない自信はある。


「馬鹿な……」


 呆然とした顔で騎士が倒れる。さて、こいつをどうしようか。適当なところに転がしておけば、アラクネに襲われたとでも思ってくれるだろうか。


「……なんで?」

「言ったでしょ、あなたに危害を加えさせはしない。さ、おいで」


 1度6階に戻り身を潜めていると、下の方から剣劇の音が聞こえてきた。スミトとガルダが戦っているんだろう。

ここで姿を現してユーカを解放してやれば、あの高慢ちきな貴族様はさぞかし驚くだろう。それはそれで面白い。あたしが手を貸せば勝てるかもしれないけど、趣旨には反する。

 ガルダが勝ったら……まあ二人で逃げればいい。ガルダにこの子を引き渡すよりはいいだろう。ユーカは嫌がるかもしれないけど。


 そんなことを考えてると、遠くからあたしを呼ぶ声が聞こえた。どうも大詰めらしい。

 5階に降りたら、もはや大勢は決していた。ガルダの肩から血が流れ剣を取り落としている。傷は深くもう戦えはしないだろう。おあつらえ向きの場面だ。

 スミトの目を見て聞く。


「どうするの?」


 あとはスミト次第だ。この状況ではすべては彼の行動次第。手を汚さず、武器を捨ててあきらめるか、それとも。

 ……人を殺せるか、殺せないかは重要じゃない。土壇場で覚悟を決められないやつは結局は長生きできない。

 彼がそのとき浮かべた表情は、迷いのようでもあり、決意の様でもあり。あたしにはよくわからなかった。そして彼はガルダを刺した。



 その後は色々と彼に聞かれた。

 嘘は余り入れていないんだけど、すべて話したとも彼は疑惑丸出しの目でアタシをみている。探索者の中では多少の嘘や裏切りは日常茶飯事なのだけど。よほどクリーンな世界で生きてきたんだろうか。


 ともあれ、すっかり信用は無くしてしまったけど、この子を見ているのは面白そうだ。

 門の向こう、塔の廃墟の価値観に従って、奴隷の為に命を張るこの子。その純粋さがいつまで持つのか。どこかで変わってしまうのか。それとも純粋なまま死んでしまうのか、それは分からない。




 でも、願わくば、長生きしてほしいと思う。そして、いつか来る別れの時に、別れを惜しむ相手であってほしい。







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