僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。渋谷で探索者として生きていくことに決めた(挿絵あり)
翌日朝、タクシーを使って神岡に向かった。
籐司朗さんとの最後の約束、息子さんの墓に花を供えてほしい、というのを果たすためだ。
タクシーはお金はかなりかかったけど、オルドネス公が十分持っていたから助かった。
電車ではちょっと遠回りなのもあるけど、時間の問題の方が大きい。
日食の門を開いていられる時間はオルドネス公の体調や星の巡りにもよるようだけど、今回はかなり短いらしい。
万が一取り残されると色々と厄介なことになるんだそうだ。戻れなくなると色々と不味い。、
神岡町の細い路地を上った、小さな町を見下ろす小高い丘の上のお寺。
住職さんに言うとすぐにわかってくれて、籐司朗さんの筝天院家のお墓に案内してもらえた。
お墓は手入れが行き届いていて綺麗な花束が供えてあった。
「誰がこの花を供えているんです?」
「有名なバイクの選手の方……そう、衛人さん。彼が、定期的に供えてほしいと言ってね、寄進もしてくれておられるんですよ」
もう70歳くらいの痩せた住職さんが教えてくれた。
そういえば、花を供えてほしいとは言ったけど……本当に義理堅いな。
「君らは……籐司朗氏の身内かね?」
セリエとオルドネス公の方を見ながら、住職さんが怪訝そうな顔で聞いてきた。
確かに違和感ある組み合わせだよな。
「お世話になったんです」
「……そうですか」
流石にどう世話になったかは言えるはずもない。
省略にもほどがある返事だけど、住職さんが何かを察してくれたように頷いた。
「息子さんを亡くされて急に姿が見えなくなられたが……達者で生きておられたのですな……」
あの時のことを思い出した……人は何かを伝えるために生きている、だっただろうか。
何度も危ない目にあって、その都度運が味方してくれたり、誰かが助けてくれて生き残れた。
あの時も籐司朗さんが身を挺して僕等の命をつないでくれた。
手を合わせて礼をする。ようやく約束を果たせた。
そこに眠っている息子さんの事は僕は知らないけど……籐司朗さんのお陰で僕等はここにいることができている……そのことが伝わってほしい。
◆
墓参りを済ませてタクシーで府中の家にとんぼ返りして、即出発することになった。もう夕方になりつつある。
衛人君には何度か電話していたらつながったけど、今はアメリカ遠征中らしく今回は会えなかった。
次回は必ず事前に連絡するように言われたけど……どうやって連絡するんだろうか。
「じゃあ、父さん」
「結婚式の時はそのガルフブルグとやらに行きたいな。澄人。その時は案内を頼むぞ」
昨日の夜はオルドネス公と話し込んでいたらしく、色々とガルフブルグの話を聞いたんだろう。
オルドネス公としても普通の日本人と話す機会は殆どないらしく、結構楽しめたらしい。ただ相当遅くまで話していたのか、オルドネス公は車の中ではほとんど寝ていた。
「スロット能力とやらがあれば父さんや母さんも魔法とかが使えるというじゃないか」
「そうね、そんなことが出来たら楽しそうだわ。その時はよろしくね、セリエちゃん」
父さんと母さんが顔を見合わせて言う……どこまでも順応性が高いな。我が親ながら感心する。
まあそんなに簡単なものじゃないんだけど。
「じゃあ、また、父さん、母さん」
「昨日、そのエミリオさんとセリエさんに聞いたよ……ずいぶん立派にやってるようだな」
気楽なことを言っていた父さんが真剣な顔になった。
「まあ……成り行きでそうなった」
「お前の人生だ。好きに生きろ……ただ、何処に行くにしてもだ、父さんと母さんはお前のことを愛している。それは忘れるな」
「……ありがとう」
「それと……あまり無茶はするなよ、ずいぶん危ない橋を渡っているようだからな」
父さんが言って手を差し出してくる。握手すると父さんが強く握り返してきた。
「またな、澄人」
◆
昨日の渋谷のビルに戻ってきた。
殺風景な部屋の魔法陣の上には昨日と変わらずゲートが浮かんでいる。遠くから渋谷の喧騒の音が聞こえていた。
「いいのかい?次にまた来れるとは限らないよ」
オルドネス公が聞いてくる。
「日本でのんびり暮らした方が良いんじゃないかい、お兄さん」
意地悪そうな口調でオルドネス公が言う。
まあ確かに、日本にいれば命がけで魔獣と戦ったり戦争に巻き込まれたりすることは無い。
風呂に入ったり電気を付けたりするのに一々魔力を使う必要もない。快適な生活が待っているだろう。
未練はなくはない、でも。
「いいよ、もう決めた」
二つの道を同時に歩くことはできない。
なら、より大事だと思う道を行こう。今は門の向こうの方に僕の大事なものはある。
セリエの手を握った。セリエが嬉しそうに握り返してくる。
あの時、最初にオルドネス公に誘われたときは流されるだけだった。でも今は僕の決断で門をくぐろう。
◆
門をくぐると出発したときと同じQFRONTビルの広間に出た。
オルドネス公が疲れた顔で侍従さんから水を受け取って一杯飲む。
こういうのを見ると、簡単に連れて行ってくれとは言えないな。別の世界に行くってのは結構大変なんだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして。まだまだ東京は広いからね、探索に東京の知識の普及、やってほしいことはいくらでもある。今後もなお一層ガルフブルグのために励んでもらいたいな」
オルドネス公が言う。
「了解です。これからもよろしく」
頷き返してビルを出た。
◆
外はもう暗かった。
あの戦いが何もなかったかのように、スクランブル交差点の酒場はいつも通り探索者であふれている。ちょうど探索が終わってみんなが帰ってくる時間だ。
日本の渋谷スクランブル交差点も大した賑わいだったけど、此処だけならこっちも負けてないな。
同じ景色だけど、全てのビルに電気の明かりがついている日本とは違う。
僅か一日だけどずいぶん時間がたった気がする。
いつも座っている席の方に行くと、ユーカと都笠さん、それにアーロンさん達がいた。
すでにテーブルの上には料理が並んでいて、酒盛りが始まっていた。
「おお、スミト」
「あら、風戸君、意外に早いお帰りね。東京はどうだった?」
「お兄ちゃん!」
都笠さんとアーロンさんが僕を見て軽く手を上げてくれた。リチャードとレインさんが軽くグラスを掲げる
ユーカが安心したように笑って僕とセリエに抱き着いてきた。
「あの……ご主人様」
セリエが僕を見て、深々と頭を下げた。
「おかえりなさいませ……これからも、ずっとお傍にいますね」
セリエが柔らかく微笑む。都笠さんとユーカが何かを察したように顔を見合わせた。
あのアルドさんの店でのセリエに始めてあったときのことを思い出す。警戒心丸出しの目で睨まれてから随分経ったな。
この笑顔だけで僕があの時にしたことはきっと意味があったと思える。
「……ただいま」
僕は日本のサラリーマンだったけど……渋谷で探索者として生きていくことに決めた。
これにて完結。
なろうにあるまじき遅筆の長期連載にお付き合いいただきありがとうございました。
webで読んでくれた人、書籍から来てくれた人、全ての方々に百万の感謝を!
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書籍を購入後、ここに何らかの形で辿り着いて読んでくださった方へ。
本作はこのウェブ版のエンディングとは別に書籍用に書いた別バージョンがあります。
悲しいことですが、多分書籍は続きが出ないと思います。なので、2巻を買ってくださった方への僕個人の特典SSとしてそれを配信しようと思います。
つきましてはお手数ですが、何らかの形で(作者Twitterアカウントへの連絡、活報、本編への感想、なろうのメッセージ機能等)で購入をお知らせください。
別バージョンエンディングをお送りします。