セリエの気持ちを確かめる。
本当に家から追い出されたから、1時間ほど近くのチェーン系居酒屋で時間を潰した。
……せっかく帰ってきたのに、我が親ながらひどい扱いだ。
居酒屋は前と変わってなかった。威勢のいい店員さんの掛け声と焼き鳥の臭い。
久しぶりに食べる居酒屋メニューや日本のお酒はおいしかった。
定番の鳥の唐揚げも2年ぶりに食べるととてつもないご馳走に思える。
あと、タレで焼いた焼き鳥屋や刺身は流石に向こうでは食べられない。
2時間ほど潰して帰ると、
居間からは父さんたちとオルドネス公の楽し気な話し声が聞こえてくる。
居間に入ろうとしたけど
「あの、ご主人様……少しお話よろしいでしょうか」
セリエが声を掛けてきた。気付かなかったぞ。
◆
2階の客間に移動した。ローテーブルや本棚が置かれていてここも前と変わってない。
昔は僕の部屋だったけど、今は来客用の部屋になっている。
とは言っても、空き部屋独特のひんやりした空気を感じるから、あまり使われてないっぽいけど。
簡素なベッドには新しい布団が敷かれていた。今日はこの部屋がセリエ用ってことかな。
電灯をつけようかと思ったけど。
「あの……このままで」
セリエがそう言って、暗い部屋の中央に立って僕を見た。
外からの光だけの薄暗いなかでも、セリエが緊張しているのが伝わってくる。
「何を話してたの?」
「この世界には奴隷なんてものはいないから……言いたいことがあればなんでもいってもいいのよ、と」
セリエが小声で答えてくれる。
「そうだね……なら何を言ってもいいよ。確かにここはガルフブルグじゃないし」
セリエはいつも僕やユーカに遠慮している。というか、自分は仕えるものと言う意識が強くて、僕やユーカとの間には礼儀正しく線を引いている。
何度も気にしなくていいといったけど、頑なに態度を変えようとしなかった。でも、ここなら言えるだろうか。
セリエが俯いて目を逸らした。
「本当に……怒りませんか?」
「怒らない」
「……申し訳ありません……あの時、私はご主人様に嘘を申し上げました」
「あの時って?」
「解放されなかったのは……私自身のためです」
躊躇うようにセリエが続ける。あの制約の解除の時の話か。
「というと?」
「ご主人様はお優しい方です。奴隷のままであれば私を売り払うようなことはされないと思いました。
そうすれば……もし、ご主人様がサヴォア家を離れたとしても、ずっとお傍に居れると思いました」
セリエが小さな声で言う。
「ご主人様のお傍にいられることが……私にとってそれが一番大事なことなので」
そう言ってセリエが僕をおびえたように見つめた。
「……怒っておられませんか?」
「全く怒ってないよ……他にはなにかある?」
そう言うと、セリエが安心したように息を吐いた
「では、あの……このようなことを申し上げるのは、お仕えする身としては厚かましいのですが……」
「うん、何?」
「……時々でかまわないので、私が寝るまで手をつないでいただきたいです、寝るまで見守ってほしいです」
子供みたいなこと言うな、と思ったけど。
セリエの生い立ちを思い出した……そういう風に誰かに甘えたことが多分ないんだろうな。
「いいよ……というか、そんなことくらい前から言えばいいのに」
「……私はご主人様にお仕えする身です。これは、奴隷が主人に求めることではありません。それにそんなことをしてもしご機嫌を損ねたらと思うと……」
気にしなくてもいい、と僕は思っているけど……セリエにとってはかなり気にすることだったらしい。
もっとはっきり、気にしてないと言えばよかったか。
「そんなことで怒ったり、迷惑がったりしないよ。まだある?」
「あの……それでは」
ようやく安心したのか、ささやくような感じだったけど、少し口調がはっきりしてきた。
「……その時は……あの、お休みの口づけをしてほしいです」
セリエが消え入るような声で言った。
◆
言葉が途切れた。
下の階からはまだ小さく話し声と笑い声が聞こえる。
「ご主人様……もう一ついいですか?」
長い沈黙の後に、セリエが口を開いた。
「いいよ」
「本当でしょうか……あの」
「いいから、好きに言いなよ。さっきも言った通り、絶対に怒ったりはしないから」
そういうとセリエが俯いた。
「本当は……ご主人様の口づけは私だけにしてほしいです」
暫くの間があって、セリエが俯いたまま小声で言った。
「……他の誰にも……してほしくないです」
何を言いたいかは分かった。
セリエがどのくらいの覚悟でこれを言ったのかも。俯いたままのセリエを見た。
好意に気付かないほど僕も無神経じゃないけど。
それは好意なのか、それとも感謝の気持ちを取り違えているだけなのか。奴隷と主人という立場の違いは、こっちはこっちで色々と考えてしまう。
正直言うと主人の役得なんてことも思った時はある。でも、立場を嵩に着た無理強いはしたくない。自分がされたくないように。
セリエが答えを求めるように僕を見上げた
「いいよ、約束する」
「あの……本当でしょうか……その意味は、あの、つまり」
「分かってる。それに嘘はつかないよ」
そう言うと、セリエが遠慮がちに寄り添ってきた。
抱きしめてあげると、セリエも僕の体に手をまわしてぎゅっと抱き着いてきた……多分初めてな気がする。
なんども抱きしめたけど、いつもより柔らかい気がした。
「昔は……お嬢様をお守りする為ならどんなことにも耐えられました。でも……いまは自信ありません」
抱き合ったまましばらくして、セリエが静かにつぶやいた。
「ご主人様がいけないのです……あのような口づけをされるから」
上目遣いで僕を見上げて、咎めるような口調でセリエが言う。
「なに、僕のせいなの?」
「はい。ですから……バツとして今すぐ口づけしていただきます」
そう言ってセリエが目を瞑った。
次でラストです。




