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彼の消息を知る。

 ダイニングの見慣れたテーブルとイス、奇麗に整頓された部屋と片付いたキッチン。壁際にはテレビ。

 最後に来た時から2年以上経つけど、殆ど何も変わっていない。テレビだけは大型のに買い変わっていた。

 雛壇で芸人たちが話している、昔よく見たトーク番組だ。今となっては懐かしい。


 椅子に座ると、オルドネス公が当然って顔で隣の椅子に座る。セリエも促すと椅子に腰かけた。

 母さんが湯飲みにお茶を入れて、僕らの前に出してくれる。

 父さんが僕をもう一度まじまじと見た。


「まあ、よく帰って来たな……本物か?」

「本物だけど……」


 2年ぶりの再会なんだけど、殆ど驚いたとかそういう気配がない。

 なぜ?と聞く前にテーブルについた父さんがおもむろに話し始めた。 


「2年前だ、前の職場から電話がかかってきてな。お前が5日間も無断で欠勤している、どういうことだとか言われてな」


 父さんが何かを思い出すかのように言う。


「電話をかけても圏外だし、何処に行ったのかも分からない。家もそのままだったしな。方々を探したんだが見つからなくてな。

自殺なんてするタマじゃないとは思っていたが……さすがにしんどい時期だった」

「ごめん」


 あんな風になるとは思ってなかったとはいえ、突然何も言わず忽然と姿を消したんだから、とんでもない心配をかけたと思う。

 連絡が取れないことの不安はガルフブルグで散々思い知った。


「ああ、一応言っておくと、前の会社はクビになってるぞ。手続きはしておいた。退職金はないそうだ」

「……ありがとう」


 ロクでもない会社でいい思い出はあまり無いけど、いきなり居なくなったことだけは少し申し訳なかった。 


「いくら探しても手がかりがなくてな、途方に暮れていたんだが……1年ほど前にな、お前が異世界に行って生きている、という話を教えてくれた人がいてな」


 お茶を飲みながら父さんが言う。


「はじめは何をからかっているのか、と思っていたが……お前の手紙を持っていた上に、何度も来てくれてあまりにも真剣に言うから信じるようになった。それになんというか、嘘を言うタイプではなさそうだったんだ。

まあそういうことなら、便りがないのはよい便りと思うことにしたんだよ」


 そう言って、父さんが壁の方を指さす。

 壁には派手なライダースーツに身を包んで優勝カップらしきものを掲げる衛人君の大きな写真のパネルが貼ってあった。


「彼は去年と今年の……何と言ったか覚えてないが、国際的なバイク競技のチャンピオンだ。

レースで勝つたびに、彼は、自分の恩人、スミト、スズ、アデルハートの三人にこの勝利をささげる、とコメントしているんだよ」


 そうなのか……義理堅いな。

 元気にやっているようで良かった。バイク乗りとして栄光を掴みたい、と言って戻っていったけど、彼は夢をかなえたわけだ。


「世界的なライダーが家に来て、お前が生きている、自分が証人だ、お前に助けられた、信じてほしい、と言われたら……まあ信じてしまうもんだよ」


 そう言って父さんが湯飲みを置いて、話を促すように僕を見た。


「そう、僕は異世界に行ってた」


 バラエティー番組が流れる普通の居間でこんなこと言うのは何とも滑稽な気がするな。


「この人はオルドネス公。僕を異世界に連れて行った人」

「連れて行ったとは失礼だな、お兄さん。無理やりみたいじゃないか。君だって来たかっただろ?」


 ちょっと皮肉っぽい口調で言ってオルドネス公が父さんたちに頭を下げた。


「かわいい子ねぇ……でも見た目は普通の外人さんって感じね」


 母さんが言う。


「この子はセリエ。今の僕の仲間というか同僚というか、そんな感じ」


 セリエに促すと、セリエがフードを取ってニットキャップを脱いだ。キャップに抑えられていた茶色の獣耳が見えて父さんと母さんが息をのむ。

 二人があっけにとられたようにセリエを見つめた。セリエがちょっと恥ずかしそうに目を逸らす。


「へえ、凄いわねぇ……これ、本物なの?」


 母さんがセリエの獣耳に興味深そうに触れる。セリエが本物だとアピールするように耳を動かした。

 しばらくまじまじとセリエの獣耳を見た父さんがため息をついた。 


「こういうのを見せられると、信じるしかないな。百聞は一見に如かずだ」



「ところで、ねえ、お嬢さん。セリエちゃんよね。ちょっと聞いていいかしら?」


 ガルフブルグ側の話をひとしきり終えたところで、母さんとがニコニコ笑いながらセリエに声をかけた。


「はい、なんでしょうか?」

「あなたは……澄人のなんなのかしら?失礼ながらもしかして」

「わざわざこの子を連れてきたってことは、この子はお前の嫁さんか?それなら異世界に行った甲斐もあるってもんだが」

 

 父さんが直球で言って、お茶を吹き出しそうになった。


「いえ、あの、私はご主人様に救われた身です。今やご主人様は貴族であり私はただの奴隷ですし……いずれご主人様には身分もなにもかもふさわしい方が……」

「奴隷?奴隷って何なの?」


 母さんが一転して問い質すような鋭い目で僕を見る。


「それは話せば長くなる……多分」


 現代のモラル的にヤバいことははぐらかしたんだけど……この辺の経緯は話し始めるとキリがない気がする。


「どういうことなの?あんたね……」

「あの……申し上げますと……」


 母さんの言葉を遮るようにセリエが口をはさんだ。


「ご主人様はいつでも勇気があって、主人なのに奴隷である私たちを守ってくださいました。ですから、あの……いつまでもそばでお仕えしたいと思います。

もしこちらに残られるというなら、あの……私も……お傍においていただきたいと……望んでいます」


 セリエがあたふた答える。父さんと母さんがセリエと僕を代わる代わる見るけど……非常にいたたまれない。

 オルドネス公は隣で我関せずという顔でお茶を飲んでいた。

 静かな中で、テレビから流れてくるバカバカしいトークがまた気まずい。


「澄人……アンタはちょっと席を外しなさい。そうね……ちょっと、居酒屋にでも行ってなさい」


 母さんが言って僕に千円札を何枚か押し付けてきた。



 長くなったので分けましたので、あと2話です。

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