一度東京に戻ることにする
今日は昼更新
「唐突なんだけど、一度東京に行こうと思う」
大分家具の整理とかも終わってきたある日、サヴォア家の朝ごはんの時間に言ったら、そこにいた全員が固まった。
「絶対にヤダ!離れないもん、そんなのヤダ!」
椅子から立ち上がってユーカが言う……どうも誤解を与えたっぽいな。
というか、前にも見たような光景だ。
「いや、分かってるよ……そうじゃなくて、一度行って、親に挨拶はしておきたいんだよ」
そういうとユーカが安心したように息を吐いた。
今更日本に帰るにはこっちに大事なものを作りすぎた。
ただ、今後こっちで生きるとしても親にあいさつだけはしておきたい。
死んだとかならともかく、いきなりいなくなったわけだから、心配しているだろうし。
それに領地の移行も割とスムーズに進んでいて、僕は此処にいてもやることが無い。
毎日あちこちの村を回って挨拶して、歓迎されてはいるんだけど……あとは食べて寝ているだけだから、体が鈍ってしまう。
◆
とは言っても、東京に行くためには新幹線のチケットを買えばいいってわけじゃない。
これについてはオルドネス公に頼まないと絶対無理だろう。
ということで渋谷に戻ってオルドネス公に会わせてもらった。同じく暇になっていた都笠さんと、どうしてもついて行くと言ってユーカとセリエも一緒だ。
「なら……僕が次に東京に行くときに一緒に行こうか。2週間ほど待ってもらうけどね」
話をしてみたら、割とあっさりオルドネス公が言った。
もっと面倒なのかと思ったけど、そうでもないのだろうか。
「普段は一人で行って、スロット能力が高くてこっちに来てくれそうな人を物色するんだけど。
まあ今回の戦果は見事だったからね。僕と一緒に行けば戻れないなんてことにはならない」
オルドネス公が言うと、傍に居たユーカがようやく安心したようにため息をついた。
「だから、少し待っていてもらうけどいいかな?」
「あの……ご主人様」
オルドネス公が言うけど、セリエが躊躇いがちに口を挟んできた。
「どうかした?」
「私も……お供していいでしょうか」
セリエが真剣な顔で言った。
オルドネス公と顔を見合わせる……色んな意味でそれは可能なんだろうか。
「どこであってもご一緒したいです」
「まあ一人増える位はどうにかなると思うけどね」
オルドネス公の方に視線をやると、彼が大げさに肩をすくめた。
「ただ、向こうは……つまり東京には獣人はいないからね」
「そうなんだよね」
連れて行って正体がバレると間違いなくとんでもない大騒動になるだろう。ちょっと見られたくらいならコスプレとか言って押し切れるかもしれないけど。
セリエが僕を見上げる。その目が絶対に譲らない、と言っていた。どうしても行きたいらしい。
「まあ向こうはそろそろ冬だからね。ずっとフードかぶって、あとはコートで尻尾を隠せばなんとか行けるんじゃないかな?」
オルドネス公が苦笑いしながら言った。
まあ今回は長居することはないだろうしなんとかなるだろう……とはいえ、親に会わせることになってしまいそうなんだけど、いいんだろうか
◆
その後の2週間の間は渋谷で探索をして過ごした。
あの時の戦いで荒らされたギルドの受付やスクランブル交差点の食堂とかもきれいに立て直されている。
変わったのは交差点の近くに慰霊碑が建てられたくらいか。
そして予定通り二週間後に、明日行くよ、という連絡が来た。
都笠さんとユーカがQFRONTビルの前で見送ってくれた。
「お兄ちゃん、セリエ……帰ってきてね」
「大丈夫だよ」
そう返したけど、ユーカは不安そうだ。
「風戸君、お土産は忘れないでよ」
「お菓子とかでいい?」
「うーん。新型の小銃がいいな。自衛隊の装備刷新があるって話だったからさ。そろそろ89式の後継が配備されてると思うのよね」
「いや……無理でしょ、それ」
それは防衛庁に行けば売ってもらえるもんじゃないだろう。それとも自衛隊の基地にでも潜入すればいいのか。
オルドネス公のスロット能力なら侵入して一丁くすねてくるくらいはできそうだけど。
「冗談よ。久々の東京でしょ、楽しんできてね」
まるで旅行でも行くときのように都笠さんが言った。
「さて、じゃあ行こうか」
オルドネス公が声を掛けてきた。
オルドネス公とセリエは東京風の服に着替えている。
オルドネス公はブランド物っぽいこげ茶のシックなロングコートにベレー帽にブレザー姿。
美少年然とした顔も相まって、外国人の子役モデルにしか見えない。
セリエはフード付きのベージュのハーフコートにゆったり目の白のロングワンピース。
現代風のファッションは可愛いんだけど、尻尾の部分が膨らんでいてあからさまに不自然だ……気付かれないことを祈ろう。
本章はエピローグとなります。
あと3話で完結。