此処に辿り着くまで・下
今日も朝更新。
おはようございます。
数日後、ロシュフォード家の人は退去していった。
バティストさんはもう一度都笠さんに大真面目な顔で求婚して、仰々しく跪いて手の甲にキスまでしていった
……とは言っても今一つぎこちない感じだったけど、
武人タイプっぽいし、ああいうのは多分慣れてないんだろうな。
ロシュフォード家のメイドさんや従者の人もいなくなった。
館は広い。調度品も結構残していってくれたけど、まだ整理まで時間かかりそうだ。
そして、それから数日して、小さな馬車がやってきた。バスキア公が派遣してくれた旗下の解呪使いだ。
さすがに正式に貴族の令嬢になった今、奴隷のままってわけにはいかないらしい
セリエとユーカやシェイラさん達、それに僕も呼ばれて大広間に行くと、部屋には魔法陣を描いた絨毯が広げられていた。
術者はパウロさんというらしい。
地味な灰色のローブ、長い白髪とこれまた長い顎髭に痩せた老人と言う、いかにも魔法使いっぽい感じの人だ。
「では、さっそく始めようかの」
全員そろったのを見て、パウロさんがまず僕の方を見た。
「カザマスミト殿。汝はこの奴隷の解放に同意するか?」
重々しい口調でパウロさんが言う。
「同意します」
そう言うとパウロさんが探るような眼で僕を見た。
「のう、竜殺し殿は塔の廃墟の出では分からんのかもしれんが……サヴォア家に買い取らせることもできるのじゃぞ……本当にいいんじゃな?」
口調が変わって、小声だけど念を押すようにパウロさんが言う。
「ええ」
「儂もこの術を何度も使ったがの、奴隷商が積立金を積んだ奴隷を解放する時に使ったことはあるが……奴隷の主がただ解放するなんて風に使ったことは一度も無いぞい……金が惜しくないのかの」
「まあお金が欲しくないわけじゃないですけど……それより大事なことがあるということで」
「ふん、噂通りの変わり者じゃな……」
損得をいうならそうするべきだとは思うけど、物のようにユーカを扱いたくはない。
パウロさんが呆れたように首を振った。
「……だが、それがいい。快なる若者よ」
そう言ってパウロさんがユーカの方を見た。
ユーカが何か言いたげに僕の方を見て、パウロさんの方を向きなおる。
ユーカが促されるように床に敷いた魔法陣を織り込んだ布の上に立った。
パウロさんが、何かつぶやきつつ魔法陣の周りにナイフのような刃物を等間隔で刺していって、ユーカの正面に立つ。
「【汝を縛る全てから汝を解き放とう。掛けられた枷から、巡らせられた檻から、道を遮る柵から。
望むところに征き思うことを成せる喜びと、荒れ野の茨を踏みしめ歩く気高き孤独。ともに携えて歩め。今より汝は自由なり】」
パウロさんが唱えるとユーカの手に刻まれていた黒い刺青のような文様が消えていった。ユーカが手の平を見て何かつぶやく。
シェイラさんとヴァレンさんが嬉しそうにユーカを抱きしめた。
パウロさんが今度はセリエの方を向く。
「では……次はそっちのお嬢ちゃんじゃの」
パウロさんが言う。
セリエが僕の方を見てきっぱりと答えた。
「いえ……私は必要ありません」
◆
夜になった。なんとなく寝つけてなくて部屋を出る。
少し歩いて見張り塔のようなバルコニーに出た。月が高く昇っていて結構明るい。
夜風はパレアより冷たいな。
パレアではなんだかんだで結構深夜まで人の気配があるけど、ここは夜は静かだ。
遠くからフクロウのような鳴き声が聞こえてくる。
「ご主人様」
ぼんやりと夜景を眺めていたら、後ろから声が掛かった。セリエか。
「お休みにならないのですか?」
「ああ、ちょっと目が覚めただけだよ。セリエは気にせず寝て。多分明日も忙しいし」
「……あの、ご主人様。ご一緒してよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ」
そう言うと、セリエが横に立った。
「そういえば……解放されなくてよかったの?」
結局あの後、僕とパウロさんとで何度も念を押したけど、セリエは頑として解放を拒んだ。
制約を解除できる解呪使いはあまりいないらしいから、改めて解放するという機会はあまりなさそうなんだけど。
「私は貴族ではありませんから、奴隷のままでも差支えはありません。
今後もご主人様にお仕えすることは変わらないのですから……解放の必要はありません」
セリエがきっぱりと言う。そういうものか。
街の方に目をやった。
月明かりに照らされた暗闇に、コアクリスタルの街灯が浮かぶように点々と着いている
パレアとは全然違う景色だ……思えば遠くまで来たもんだ。今までのことを少し思い出す。
「しかし……何度も危険な目に合わせたね」
ワイバーンと戦ったり、ヴァンパイアと戦ったり……色々と僕の都合に巻き込んでる気がする。
僕がそれこそバスキア公あたりに仕官していればもう少し安全だったかもしれない。
「私は魔法使いとしてお仕えしています。ですから何の問題もありません。
正直申し上げて、ご主人様が危険な目に合われるのは不安ですが……戦っている時が一番お傍に居られますから」
そう言ってセリエが言葉を切って、僕をまっすぐ見つめた。
「……少しお話させていただいて……よろしいでしょうか」
「いいよ、何?」
「あの時……私にあったのお嬢様を何としてもお守りしたいという気持ちと、少しづつ増えて行く解放までの積立金だけでした……希望なんていうものはありませんでした」
セリエが静かな口調で言った。
……あの時、というのは何かと思ったけど……僕と会う前のことか。
「お嬢様を開放するお金を貯めることだけを考えていました。おそらくそれ以上は……私の心が持たなかったと思います」
セリエがどういう扱いを受けていたか……詳しく聞いたことはない。ただ、色々と知ると概ね想像はつく。
所有者だったアルドさんが悪いというわけじゃなく、つまりここはそう言う世の中ってことなんだろう。
「奥様にお会いするなんてことは考えることもできませんでした……このお屋敷に戻れることも。
ご主人様が全てを変えてくれました。私の周りの世界の全てを」
セリエが横に目をやって、夜景を見ながら言った。
昔のことを思い出しているのかもしれない。
「ありがとうございます、ご主人様。いつまでもお傍でお仕えさせてください」
セリエが深々と頭を下げた。
「ただ……あの」
「どうかした?」
「私はご主人様をお支えしなければいけなかったのに……ご主人様にお仕えして幸せにして頂いてばかりです……これでは傍仕えとして勤めをはたせているのか」
セリエが俯き加減のままで小声で言う。
「ああ……そんなことは気にしないでいいよ」
僕は多分、誰かのために戦っていても……根っこの部分では全部自分のためにやってきた、そんな気がする。
こっちの世界に連れてこられた時に思った。
世界を少しでも良い方に変えたい。
世界を変えると言う事は、自分の意思で流れを変えること……竜を殺すとか、戦争に勝つとか、世界を救うとか、そういうのじゃない。
それが小さなものでも、当たり前の流れを変えること。それが世界を変えること。
少しはそれができたと思う。
もう一度、夜景を見た。
風が吹いて、バルコニーに掲げられた旗がふわりとたなびいた。サヴォア家の紋章を刺繍した真新しい旗。
そして、まだ街の方から小さく笑い声が聞こえた。今日も宴会は続いているらしい。
僕一人でここまでは来れなかった。
きっとセリエの行動も世界を変えてきた。どこかでセリエが力尽きていたら、僕らは此処にいなかっただろう。
都笠さん、ユーカ、セリエ、それに何度も助けてくれたオルミナさんやアーロンさん達。
僕ら一人一人の行動が少しづつ世界を変えて……今日、この景色に辿り着けた。
本章はこれで終わり。
このまま、最終章と言うかエピローグを一気に投稿します。