此処に辿り着くまで・上
今晩和。
今日は夜も更新しておきます。
CDはリピートモードにして放置しておいた。結構長いから、しばらくはこれで楽しめるだろう。
歌声と足踏みの音と手拍子ですっかり賑やかな雰囲気になった。
「こういうふうにするの?」
「違うよ、スズお姉さん、こうだよ」
ホールの真ん中では都笠さんが子供たちと踊っている。
すっかりなじんでいて、ステップを踏む姿も結構堂に入っている。さすがに運動神経がいい。
「ねえ、龍殺し殿……聞いてやってください」
エールをまたカップに注いでくれながらその人……ムスティエさんが言う。
どうやらこの人は、この街の顔役というか町内会長的なひとらしい。酒が回ってきたのか、口調も砕けてきている。
まあこの位の方が僕等も気を使わないくていい。それにかなり年上の人から敬語を使われるのは、逆に居心地が悪い。
「俺達はね、みんな喜んでるんですよ……サヴォアの奥様が戻ってきてくださってね。
旦那様は本当に勇敢でお優しい人だった。亡くなった時は皆が悲しんだんですよ」
ムスティエさんがしみじみした口調で言う。
「今の領主様が嫌ってわけじゃないんですよ……でもこの土地は昔からサヴォアの殿様の土地なんですよ。だから、今、どれだけ俺たちが貴方に感謝しているか、知ってほしいんですよ」
半分涙ぐみながらムスティエさんが言う。
ユーカのお父さんは本当に慕われていたんだな。
「塔の廃墟の英雄が、サヴォアのお嬢様を助けてくれて……そのお嬢様やお仕えしていたメイドの子も勇敢に戦ったって言うじゃないですか。さすが旦那様のお子様、サヴォアの郎党ですよ」
ムスティエさんがカップに入れたエールを一息に飲む。
「そしてサヴォア家が復興できたなんて……俺達は本当にうれしい。夢みたいですよ。
さあ飲んでください。これはパレアじゃなかなか飲めないんですよ、ここでしか飲めない」
そう言ってムスティエさんが女将さんに合図を送ると、蝋で封をされた小さめの瓶を持ってきてくれた。
蝋封を外して注いでくれる。
金色の酒だ。しゅわっと音がして炭酸の泡が綺麗に浮かんでくる。
口をつけると酸味のあるリンゴの炭酸ジュースみたいな感じだ。シードルに似ているな。
「林檎酒って言うんですよ、口に合いますか?」
「美味しいですよ。塔の廃墟にもこういうのはありました」
そういうと、ムスティエさんが嬉しそうに笑った。
「しかもですよ、塔の廃墟から持ち込まれた、舌がピリピリする水。
あれがパレアで人気が出たおかげでね、これをパレアで買ってくれる店が出てきたんですよ」
舌がピリピリする水、というのは多分炭酸水とかのことだろう。一部で人気があるらしい。
もともと地球でもガス入りの水は当たり前のようにあったわけだから、受け入れられる素地があったんだろうけど。
「これもあなたのおかげですよ、龍殺し殿」
ムスティエさんがカップにシードルをなみなみと満たしてくれながら言う。
僕のおかげではないと思うけど、こんなところまで東京の影響が出ているとは思わなかった。
◆
「龍殺し様……お声がけしてよろしいでしょうか?」
賑やかに音楽と手拍子と歌が流れる中。
戻ってきた都笠さんとシードルを飲んでいると、畏まった感じで声を掛けられた。
12歳くらいの男の子だ。ユーカより少し小さいって感じだな。
ぼさぼさの茶髪に土で汚れた真面目そうな顔には、黒い痣が着いていた。
殴られた……というか何かがぶつかった感じの痕だ。
「何かな?」
「俺は武器スロットを持ってます。魔法スロットも。だから15歳になったら、探索者になろうと思っています」
その子がはきはきした口調で言う。この子はスロット持ちか。
言われてみると、腰に粗末な木の剣を挿している。練習用かな。
「どうすれば、龍殺し様のように強くなれますか?」
都笠さんと顔を見合わせた。
正直言うとよくわからないけど……真剣な口調で聞かれると、よくわからない、とは答えづらい。
「しっかり訓練しなさい。練習は嘘をつかないわ。必ず強くなれる。
昨日の自分より良くなるように頑張ってね」
都笠さんが答える。その子が頷いて、今度は僕の方を見た。
何を言おうか、と思ったけど。一つ、僕が戦っていて分かったことがある
「戦いも、多分世の中も流れがある。強い流れにぶつかったら……そんな時は何か行動するんだ。
何もしないと、そのまま押し流されてしまう」
アーロンさん、ジェラールさん、ヴェロニカ、レオニダード、いろんな強い人と戦ったけど。
戦いは波のようなもの。何もしなければ、ただ流されてしまう。
逃げるのが悪いわけじゃない。でも流されるままでいてはいけないと思う。
「恐ろしくても、大変でも、少しづつでも、流れに逆らって行動するんだ……それがいつかきっと世界を変えてくれると思うよ」
「へえ、良い事言うじゃない、風戸君」
都笠さんが茶化すような口調で言う。
こっちに来てから、仕方ないと言いながら流されるままの道を選ぶ機会はいくらでもあった。
そっちを選べば、きっと今よりはるかに安全に過ごせたはずだ……でも今のようにはならなかっただろう。
「はい!お二人のような強い戦士になります。いつか……ともに戦わせてください!」
その子が元気よく言う。
さっき聞いた曲がまた流れた。CDがいつの間にか3周目に入っている。日は落ちて、窓の外は真っ暗になってた。
本章はあと一話。
明日の朝で区切りです。